80 テスト勉強中の癒し(耳かき)
びっくりして、スマホを落としそうになった。
「えっ? そうなんですか?」
「そうだよ。当り前じゃん。湘南なんて、ナンパだらけだよ」
「・・・・・・・」
あいみんたちを湘南に連れて行くなんて、考えが甘すぎた。
危なすぎる。盗撮だってあり得る。
「か・・・考え直します・・・」
「そうしとけ。サーファーならいいけどな」
『もちもちサークル』の部室には花澤さんとがんじんさんしかいなかった。
テスト期間に入るから、みんな必死に勉強しているらしい。
まぁ、俺もかなり遅くまで勉強する日々が続いてるんだけど・・・推しがいるから乗り切れてる。
「海か。いいよな」
がんじんさんが筋トレしながら答えた。
「で、お前はなんで筋トレしとるん? 別に海行く予定もないやん」
「夏休み入る前に女子からの誘いがあるかもしれないだろ」
「そんなイベント起こるの、ほぼ女子の居ない俺たちの学部では天文学的数値や。動画編集でもしとけ」
花澤さんがパソコンの画面でPythonちゃんを動かしていた。
フットワークの軽い元気いっぱいの女の子という設定らしい。
「夏休み動画一本取りたいなー。海行くか海、海企画考えようぜ」
「はい・・・」
「んなことより、磯崎、湘南行くつもりだったって、まさか女の子と行くわけじゃないだろうな?」
がんじんさんが首にタオルをかけながら睨んできた。
「いや・・・えっと・・・・」
「怪しいぞ、お前。いきなり海デートなんてハードル高いんだからな。しかも湘南」
「せや。湘南はマッチョな陽キャしか行けんのや」
完全に個人の見解な気がするんだけど。
でも、俺も上京してきたばかりで知らないことばかりだ。
あいみんたちを連れて行くのは無しだな。別の方法を考えないと。
「あ・・・・すみません」
舞花ちゃんからラインが来ていた。
『琴美ちゃんと海に行くのですが、お兄さんも一緒に行きませんか?』
ドキッとする。舞花ちゃんから・・・。
まぁ、琴美が行きたいとか騒ぎ出したんだろうけどな。
「ん? どうした? バイトか?」
「妹と海に行くことになりました・・・」
すぐに返信をして、スマホを置く。
「妹いるの?」
「まぁ・・・・」
「そんなん仲ええん? 羨ましいわ、うちも兄妹欲しかったな」
「そんないいものじゃないですよ。いいように使われてますし」
琴美の話をしながら、舞花ちゃんのことを考えていた。
琴美たちとどこか行くって、面倒に思っていたくらいだったけど。
舞花ちゃんの気持ちを聞いてから、意識するようになってしまったな。
「こんばんはーさとるくん」
あいみんとゆいちゃが、配信で着ていたもこもこの部屋着で家に入ってきた。
甘いお菓子の匂いがする。
「勉強中ですか?」
「テスト前だからな。そろそろマジでやらないと単位落としそう。今日、サークルの先輩にも色々聞いてさ」
ノートにペンを置く。
花澤さんとがんじんさん、めちゃくちゃ頭がよかった。
俺がずっと悩んでいたアルゴリズムの質問とか、学部違うのにすらすら答えられるし。
勉強しないと、留年してしまう。推しの水着に浮かれてる場合じゃなかった。
「そっか・・・今日配信無いからゆっくりしようと思ったんだけど、邪魔しちゃ悪いかな。今日はクッキー焼いたから、この差し入れ置いたら帰るね」
あいみんがそっと机に手作りクッキーを置いてきた。
「ありがとう。ちょうど休憩しようと思ってたからいいよ」
椅子を回して伸びをする。
「わかった、じゃあ、今日はいつも頑張ってるさとるくんを癒そう。頑張れって言うと、頑張り過ぎちゃうから」
「いいですね。そうしましょう」
「えっ」
天使だな。俺を癒すってどうゆう・・・・?
「ふわぁ・・・あいみさんの膝枕、気持ちいいのです」
「ゆいちゃ、頭を動かすと、耳かきできないから」
「はーい・・・ふふふ、くすぐったい」
タオルを敷いたあいみんの膝枕で、ゆいちゃが耳かきをしてもらっていた。
「ゆいちゃ・・・・この状況は?」
「耳かきは人を癒すそうです。リラックス効果があります。このように楽しいのです」
「・・・・・・」
それはやってもらうほうだった場合だろうが。
ゆいちゃ、狙って言ってるな。ちょっと、意地の悪い顔でこちらを見てくる。
「さとるくんも、あいみさんにやってもらいたいのですか?」
「そっかそっか、さとるくんもやってほしいよね?」
「・・・・・・」
あいみんが、ゆいちゃの頭をぽんぽんと撫でながら言う。
ヘドバンする勢いで頷きたかった。
ゆいちゃの位置が、死ぬほど羨ましい。
「しょうがないな。じゃあ、ゆいちゃの次はさとるくんね」
「え・・・うん」
マジか。あいみんの膝枕とか、いいの? 俺、明日死にそうなんだけど。
メールがきているふりをして椅子を回した。
心を平静に保つのに、軽く瞑想(自己流)していた。
「こうでいい? さとるくん、首痛くない?」
「全然大丈夫、ありがとう・・・」
あいみんの太ももが柔らかくて、ちょっとぎこちないけど、一生懸命で、ひたすら可愛い。
「こうかな? 痛い?」
「くすぐったいけど、全然いいよ」
「よかった。リラックスできるでしょ。私こうゆうの得意なの」
自信ありげに言う。最上の癒しだな。
耳かき自体はあまり気持ちよくなかったけど、あいみんが膝枕してくれただけで嬉しい。
「さとるくん、緊張してる?」
「いや・・・」
「へへ、さとるくんが緊張しちゃうと、こっちまで緊張しちゃうよ」
緊張するなってほうが無理あるんだよな。
あいみんがくすくす笑いながら、耳掃除をしてくれた。
「あっ・・・」
しばらくすると、急にあいみんが手を止めた。
「もう19時だ。今日、配信無いからって、みらーじゅ都市の取材入れてたんだった」
「そっか」
腹筋に力を入れて体を起こす。
ほんの数分だったのに、数時間やってもらったような価値があった。
あいみんが耳かきをティッシュにくるんで仕舞う。
「ごめん、さとるくん、ばたばたしちゃって。また来るね」
「うん、じゃあ」
「勉強、無理しないようにね。ちゃんと寝るんだよ」
ぱたぱたして帰るあいみんを見送っていた。
レッドブルなくても、翼を授けられた感じがする。
テスト勉強、気合入れなきゃな。久しぶりに徹夜するか。
「・・・ゆいちゃ、何してるの?」
すっかり忘れてた。ゆいちゃがベッドにごろごろ転がっていた。
「2人でいちゃいちゃし始めるから、居場所がなかったんじゃないですか。ここで、身を隠していたのです」
「いちゃいちゃって・・・ゆいちゃが言ったからだろ」
「本当にすると思わなかったんです」
もぞもぞ動きながら話す。なんとなく不機嫌だ。
「とりあえず起きろって」
「眠くなっちゃいました。いちゃいちゃを見過ぎて」
ちょっと膨れながら言ってくる。無理やり両手を引っ張った。
「ほら、起きろって」
「むむむ・・・」
手を無理やり引っ張ったら、ものすごく抵抗してきた。
「嫌です」
「じゃあ・・・・」
「ひゃっ・・・・」
手首を抑えつけて、ゆいちゃの上に覆いかぶさる。
小さくてすっぽり収まるくらいのサイズだった。
「んなことしてると、マジで犯すぞ」
「・・・ぁ・・・・・」
赤面しながらこちらを見上げる。小さな口をちょっと震わせていた。
まぁ、可愛い・・・けどな。
深く息を吐いてから、手をどけて、座り直す。
「あんまり無防備にしてると、こうゆう男もいるってことだ。気を付けろよ」
「はい・・・・気を付けます・・・」
ゆいちゃが、顔を赤くしたまま、ゆっくりと起き上がった。
やりすぎたか。まぁ、これくらいしてやらないと・・・な。
「・・・次耳かきしてほしくなったら言ってくださいね。私もしてあげます」
「いいって。ゆいちゃの耳かきはなんか怖いから・・・」
「遠慮しないでください。あっ、さとるくん、えっと・・・・」
「ん?」
っっっっっっっっっ!?
すごいことを、耳元でささやいてから立ち上がった。
「・・・ってことです」
ちろっと舌を出した。
「・・・ゆいちゃ・・・・?」
「内緒ですよ。この話はここで終わりです」
ぐちゃぐちゃになった髪を軽く直してから、少し体を伸ばしていた。
勝ち誇ったように、にこにこしながら、こちらを見てくる。
「じゃあ、今日も練習頑張ってきますね。さとるくんも勉強頑張ってください」
「う・・・うん」
跳ねるように、鼻歌を歌いながら家を出ていった。
ゆいちゃは・・・まぁ、すごいことを言ってきたけど、置いておこう。
今は勉強に集中しなきゃな。




