7 推しは勉強に良い
『あれ? もうこんな時間になっちゃった? え、と、じゃあ何話そうかな』
あいみんの配信終了まであと1分。
『えと、次の配信のリクエストも待ってるよ。ツイッターを見てね』
コメント欄のあいみんありがとうスパチャに、ナイスパと文字を打つ。
HP作成のことを考えていた。
プログラム開発には通常、開発環境と本番環境があるらしい。
開発環境のURLとログインID、パスワードを聞こうと思っていた。
『ごめん。もう時間だー。また、たくさんお話ししようね。ばいばーい』
あいみんが画面いっぱいに映って、手を振っている。
家の鍵はわざと開けておいた。
前みたいにあいみんが感想を聞きに入ってくるんじゃないかと思っていたからだ。
この考え自体、頭がおかしいのはわかっているけど、実際来るんだから仕方ない。
「おっじゃましまーす。あいみんだよー」
配信で着ていた服のまま、堂々と家に入ってきた。
コンビニの袋を持っている。
画面越しで見るより、実物のほうが断然可愛いんだよな。
「鍵掛かってなかったよー」
「そう、今、あいみんのHP直してるんだけど」
「おぉ、うんうん。どう? できた?」
プログラム開発の参考書を見せる。
「いや、その、開発環境ってわかる?」
「あーそうだったね。パソコン貸して」
座っていた椅子を明け渡すと、あいみんがちょこんと座った。
「低いんだね、椅子」
「下のレバーで高くしていいよ」
「ふむふむ。私にはこれくらいがちょうどいいな」
一番上まで上げて、足をばたばたさせていた。
推しが俺の椅子に・・・。
「どれどれー? Webdavを開いて、コネクション追加、プロパティを・・・・」
ブツブツ唱えながら、設定を変えていた。
なるほど・・・言うだけあって、手際が良かった。
当たり前だよな、ネットの中にいる、Vtuberなんだから。
「あいみんはどうして、こっちの世界に来たの?」
「ん?」
集中しながら、話していた。
「みらーじゅプロジェクトのみんなって未来都市から来たVtuberなんでしょ?」
「そう。こっちへは勉強しに来たの」
「勉強?」
頷きながら、接続確認をしている。
「私たちの世界からこっちの世界を覗くとね、コロコロ表情を変える人もいれば、無表情の人もいるし、コスプレしてたりして、みんながどんなことを考えているのか、よくわからないの。だから、いっそのことこっちに来ちゃえって・・・」
「え? 向こうからこっちの世界って見えるの?」
「たまにね、WEBカメラがあるお家かスマホで許可を貰えると、覗いたりしてるよ。不思議な世界だなーって思ってたんだ。だって、富士山から東京スカイツリーまですごく遠いんだもん」
「・・・・・・」
「ネットワークだったらすぐなのに」
「・・・確かにな」
わざわざカメラ許可出す人なんているのか?
もしかして、SNSで配信している人のことを言っているのだろうか?
「あれ? てことは、あいみん以外のVtuberもこっちの世界に来てたりするの?」
「もちろんだよ。ねぇ、接続が上手くいかないみたいなんだけど」
接続失敗の文字を見て、悩んでいた。
「ping通る?」
「ぴんぐ?」
「ちょっといい?」
あいみんの横からキーボードを操作して、コマンドプロンプトを表示した。
pingと、メモ帳に書いてあったIPアドレスを入力する。
ネットワークには接続できているな。
多分、IDかパスワードの許可の問題だ。
「ネットワークの問題じゃないみたい。パスワードとか合ってる?」
「ちゃんと入れたつもりなんだけど・・・あ、通った」
あいみんが驚いたような顔でこちらを見上げる。
髪がふわっふわだった。
「できたー、今入っているのが開発環境のソースだよ」
「うん・・・」
「ここの階層を見てね」
カーソルをくるくる回しながら言う。
「このフォルダごとコピーしてローカルにバックアップ取っておいて。いつでもリカバリできるようにしたほうが安全だから」
「うん」
「あとは・・・・まぁ、開発環境だから自由に使っていいよ。よろしくね」
あいみんがふうっと席を立つ。
「ありがとう。やっぱり、あいみんってすごいね」
「え? 本当? すごい?」
大きく頷く。
ダサいHPだと思ったけど、こうやって環境の設定とかスムーズだから、知識はあるんだよな。
あいみんがこうやって試行錯誤しながら一生懸命作ったんだなと思うと、なんだか感動してきた。
俺、知らないことだらけだよな。
「へへへ、褒められちゃった。プリン食べよ」
あいみんがコンビニの袋からプリンを出している間に、パソコンを確認する。
「ん? フォルダ分けされてるんだ」
「そうそう、階層一段上がると、他のみらーじゅプロジェクトのみんなの開発環境になっちゃうから気を付けて。ま、パスワードかかってて入れないけどね」
「へぇ・・・・・・・・・」
腕を組む。
「・・・・・もしかして、みらーじゅプロジェクトのみんなって、HPそれぞれ自分で作ってたりするの?」
「もちろんだよ。ネットの中で生きる者として当然のこと」
プリンにスプーンを入れながら、自信満々に言う。
「じゃあさ、Vtuberの神楽耶りこも、こっちの世界にいたりするの・・・・?」
「そうそう。りこたんは頭がいいからねー。今のやり方、全部りこたんから聞いたんだー。一つ一つ書き起こしてくれたんだよ」
満面の笑みで食べていた。
なるほど。納得していた。
きっと、りこたんがあいみんに丁寧に手順を説明したのだろう。
手順を追えばスムーズに反映される喜びから、何でもゴテゴテ取り込んでしまったのかもしれない。
「りこたんは、別のアパートに住んでるよ。でも、ネットワーク内では一緒だから、たまに行き来するの」
「仲いいの?」
「当然、りこたん優しいんだもん。あいみん推しとりこたん推しは仲が悪いらしいけど、私たちも仲がいいから仲良くしてほしいなって思ってるよ」
「そうなんだ」
結城さん、りこたんとこうやって会話できたらどうなるんだろう?
俺だって、目の前にあいみんがいる状況でハイテンションになって、なんだかHP作る流れになってるんだから。
きっと、衝撃が半端ないだろうな・・・。
「はい、さとるくんにもプリンあげる」
「え・・? あ、ありがとう」
プリンとスプーンをセットで差し出してきた。
「今日は満足したから帰るよ」
プリンを受け取って、キーボードの横に置く。
「いつもみたいに配信のこと聞いてこないの?」
「本日、さとるくんのあいみんへの推しポイントは10点満点中10点でした。だから聞かなくても大丈夫」
「へ・・・・・・?」
可愛すぎるんだが。
「じゃあ、また来るね。HP作成頑張って」
コンビニの袋を持って、家から出て行く。
ふっと力が抜けてベッドに寝そべった。
推しって勉強にいいよな。このままあいみんがいたら、俺、何でもできるんじゃないだろうか。
付箋の張られたプログラム開発関連の参考書を見つめる。
あいみんの応援があるだけで、世界が全然違った。