78 密かな恋心②
「え・・・と・・俺は・・・・」
「ま、待ってください。い・・・今すぐ返事が欲しいわけじゃないんです」
声を遮ってきた。
舞花ちゃんが首を振って立ち上がった。
「上京して、デビューするまでに、私、すごくすごく頑張ります。きっとVtuber好きなお兄さんのこと振り向かせてみせます。だから、その時に返事を聞かせてください」
「・・・・・・」
顔を真っ赤にしていた。
「えっと・・・どうして、俺のことを?」
「それは・・・・」
マジで、自分が好かれる要素が思いつかなかった。
そんなに話したこともなかったし、琴美の近くにずっといたことは覚えているけど。
こんなアイドルみたいな子が自分を好きだとか・・・。
正直、信じられなかった。
「お兄さんは琴美のことしか見ていなかったかもしれないんですけど、私、ずっと琴美の傍にいてお兄さんのことも見てきたんです」
「え・・・・・・」
「家に遊びに行ったときも、私たちにさりげなくゲームを置いていってくれたり、お菓子置いていってくれたり、顔を合わせないのに優しくして・・・その・・ですから・・・」
「あぁ・・・・」
よく、琴美の機嫌取りしてたな。
当の本人からは、ありがとうと言われた記憶もなかったが。
「たくさんお兄さんの素敵な姿を見てきたんです。だから、お兄さんは私を見たことなかったと思いますけど、好きになるのは自然なことで・・・」
「・・・そう・・・?」
「そうです。だから、お兄さんはあいみんさん推しかもしれないのですが、きっと私推しにしてみせます。これからは、わ、私のこともちゃんと見てください」
「ん・・・と・・・」
声から緊張が伝わってきた。
「わかった。舞花ちゃん、隣に座って」
「えぇっ!?」
「いやいや、何かするわけじゃなくて、それ飲んだら送っていくよ」
はっと我に返って、隣に腰を下ろしてくる。
遠くに船が通っていくのが見えた。
「・・・すみません、一方的に話しちゃって。迷惑でしたか・・・?」
「ううん。ありがとう」
舞花ちゃんがこくんと頷いた。
「琴美には内緒にしてくださいね」
「わかってる。俺が今日号泣してたことも琴美に内緒にしておいてね。この黒歴史、墓場まで持っていくつもりだから」
「ふふ、そうでしたね」
ちょっと力を抜いてほほ笑んだ。
「また、連絡していいですか? あの、と、東京に来ることも多くなるので・・・その、デートとかそうゆうんじゃなくて・・・Vtuberの界隈のことも聞きたいんです」
「あぁ、いいよ。舞花ちゃんは舞花ちゃんだしな」
「安心しました。気まずくならなくて・・・避けられちゃったらどうしようかって」
「まさか・・・」
ベンチの背もたれに寄り掛かる。
Vtuberの話を少しした後、遅くならないうちに送っていった。
「・・・というわけなんだよ」
「・・・・・・・」
ゆいちゃが口を開けていた。
「聞いてた?」
「えー!?」
一通り説明すると(号泣事件を省いて)、ゆいちゃがソファーにひっくり返るほど驚いていた。
誕生日の三角帽子を押さえて、細い足を硬直させている。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
ちょっと間が空いて、こちらを見つめてきた。
「うっそー。えー!?」
「・・・・・・・」
「えーっ」
ゆいちゃが語彙力を失っていた。そこまで驚くか。
MV配信リアタイできなかったと、怒りながら家に単独で乗り込んできたゆいちゃに話して、この反応だ。
まぁ、もっともなんだが・・・。
みゅうみゅうのことも聞いてきたけど、舞花ちゃんの話をすると全て吹っ飛んでいた。
「だから、ごめん。MVはリアタイできなかった。配信はアーカイブ見るよ・・・」
頭を掻いて、絨毯に座った。
「えっ、さとるくんそれで、なんて返事したんですか?」
「だから、返事は保留だって。今すぐじゃなくていいって」
ゆいちゃがソファーから滑り降りて、迫ってくる。
「ほ、ホテルまで送っていったんですよね。何もしなかったんですか?」
「しないって。んなわけないだろ」
「だって、だって、この時間です。終電じゃないですか」
「電車乗り換えしてたらそれくらいになるって」
「こ、こんな時間に男女がホテルになんて・・・」
ゆいちゃがスマホの時計を突き付けてくる。
「さとるくんが、あんなことやこんなことを・・・あぅっ」
「いちいち妄想が過ぎるんだよ」
「あぁー、だって、ホテルまで送っていったって・・・」
「普通のビジネスホテルだって。遅かったし、一人で歩かせるの危ないから送っていったんだよ。ゆいちゃと同い年なんだから」
「・・・・・・」
両目を押さえて、前髪をふわふわ揺らしていた。
めちゃくちゃえっっっろいんだよな。ゆいちゃって・・・。
「そうゆうところですよ」
「何がだよ」
「いいですけど」
声を低くした。
「なんか誤解されてるみたいだけど・・・」
舞花ちゃんって、俺の中ではまだ小さい頃のままなんだよな。
実際、小さいのもあるのかもしれないけど。
「あくまで妹の友達だって。今はそれ以上の感情はないよ」
「今は・・・ですよね?」
「今は・・・だ」
ちょっとたじろぐ。
「ふうん・・・」
好きがどうとか関係なく、今はあいみんを推したかった。
ただ、あんなに真剣な気持ちをぶつけられるとな・・・。
舞花ちゃんが俺を・・・とか、戸惑いしかない。
「・・・・なんだよ」
ゆいちゃがこちらをじとーっと見てくる。
「舞花ちゃんのこと好きになっちゃったら、私たちのことは推さなくなってしまいますか?」
「んなことないって・・・あまりに急すぎて、こっちも混乱してるし。ゆいちゃにしか話してないんだから、他のみんなには言うなよ」
「わかってます。私、こう見えて大変口が堅いのです」
「あぁ・・・」
あいみんには相談できないよな。のんのんも一応・・・。
結城さんもなんとなく・・・りこたんは鈍そうだし・・・。
「でも、あくまで同い年の女の子としての意見ですが、18歳も19歳もそんなに変わらないのですよ。さとるくんは子ども扱いしすぎです」
「しょうがないだろ。琴美と同い年なら、子供に見えるって」
ゆいちゃがすすすーっと近づいてきた。
「私も? ですか? さとるくん」
「そりゃそうだ。妹って感じだしな」
右頬をちょっと膨らませる。
「今、私とさとるくんは真夜中に二人きりです。みんな寝ちゃってここには来ません。私がさとるくん襲っちゃうかもしれないんですよ」
「さすがにそれはないって・・・」
「ふふん、本当ですか? だって、私力強いですから、弱弱しいさとるくんなんてすぐなのです。ほらほら・・・」
寄ってきて、腕を触ったりしてきた。
「何やってるんだよ」
「大人の真似です」
「・・・・・・・」
うーん・・・ゆいちゃってマジで何考えてるんだろうな。
完全に、からかってきてるんだろうが・・・。
「あわっ」
手首をつかんで、ソファーに押し付ける。
「俺のほうが力が強いに決まってるだろ」
「あっ・・・・・」
三角帽子がぽろっと落ちる。
ブラウスの胸のボタンが弾けそうになって、隙間から下着が・・・。
「さ・・・・さとるくん・・・・」
「ご・・ごめん」
手を離して、体を後ろにやる。何やってるんだ、俺。
頬を火照らせながら、三角帽子を拾っていた。
「い、今のは襲おうとしたわけじゃなくて、売り言葉に買い言葉っていうか・・・勢いで、ごめん・・・マジで」
「わかってます、わかってます。事故だって、すみません、ちょっとびっくりしちゃっただけで」
手首をさすりながら俯いていた。
「今日は、もう帰ります。なんだか誕生日終わって、テンション上がっちゃったみたいです」
「あぁ・・・」
「おやすみなさいっ・・・」
三角帽子をぐちゃぐちゃに触りながら立ち上がった。
「あっ」
「ん?」
「今のもみんなに内緒にしておきますね。事故だったからいう必要ないですけど。じゃあ・・・・」
一方的に言って走って出ていってしまった。
ドアがばたんと閉まる。
「ゆ・・・・・」
あー・・・・。
女って、マジで何考えてるのかよくわからん。




