77 密かな恋心①
ライブ会場は子供から大人、男性も女性も色んなファンがいた。それぞれの推しがいるんだろうな。
くるんとした髪を触りながら、舞花ちゃんが走ってくる。
小っちゃくて、人混みに紛れると見失っちゃいそうだ。
近くまで来て、見つけられないのか、背伸びをしてきょろきょろしていた。
「こっちこっちー」
「はい」
大きく手を振ると、真っ先に駆け寄ってきた。
「物販で、ペンライト買ってきちゃいました。はい、お兄さんの分です」
「ありがとう」
女性アイドルグループの音楽ライブだからか、ピンクのハートがたくさんついたペンライトだった。
やっぱり、ライブに来たら振らないわけにいかないよな。
横にちょこんと座る。
ずっと知らないアイドルの音楽が流れていた。
こうゆうところで佐倉みいなもライブしてたんだって、ふとよぎった。
「こちらこそ今日はありがとうございます。私、一人だと東京はやっぱり心配で」
「慣れるよ。俺だってたまに乗り換えミスするし」
ペンライトの電源を入れたり消したりしていた。
「・・・あの、お兄さん覚えていますか? 私、琴美と遊んでたときに迷子になって・・・」
「あぁ、んなこともあったな。小学2年生の頃だろ。神社のお祭りに行った帰りに、寄った公園で帰り道がわからなくなってって」
正面を横切って、カップルが隣に座ってきた。
「私、心細くて、泣いちゃって。でも、琴美がずっと泣きながら大丈夫だよって言ってくれて」
「ははは、今と全然違って、あの頃は可愛かったんだけど。行動範囲も大体読めたし。つか、今んなこと言ったらキモいとか言われそうだけど・・・」
「ふふふ、そんなことないですよ」
「・・・・・」
あるんだよな。舞花ちゃんが妹だったらよかったんだけどさ。
日も暮れてきた頃、琴美と舞花ちゃんがブランコの近くで泣いているのを発見したことがあった。
琴美は抱きついてきて、遅いって言って怒っていたけどな。
手を引いてる間も、ずっと遅いだのとろいだの、役ただずだの、文句ばっか・・・・って。
なんか、思い返してみると、8歳でもう当たりがきつかった気がする。
ぶっちゃけこれだけじゃない。
なんか、学校で弁当取り違えたときも、俺が怒られたし、怪我して迎えに行ったときも機嫌が悪くて、ホームセンターで迷子になった時も服引っ張って泣かれて・・・って。
妹に対して、思い出補正っていうものがかからない。
なにかはあるはずだ。綺麗な思い出が。
でも、なにかが全然思い出せない。振り回されてる記憶しかないんだが。
「今だって、琴美、変わらないですよ。お兄さんは覚えてないかもしれないですけど、もっと、もっとたくさんあって・・・」
大きな瞳でこちらを見つめる。
ちょっと、大人っぽくなったな。
「あ、んっと・・・その・・・何が言いたいかというと・・・あのっ」
「え・・・? ごめん・・・聞こえない・・・」
周囲から歓声が上がっていた。司会者のお笑い芸人は、よくテレビで見る人だ。
舞花ちゃんが水色のブラウスを握り締めて、こちらを見上げた。
にこっと笑ってから、立ち上がって、小さな体で目いっぱい背伸びをしていた。
舞花ちゃん、Vtuberだけじゃなくて、アイドルにもなれそうなのにな。
どうしてVtuberがよかったんだろう。
『今日は、私たちから2曲歌わせていただきまーす』
ライトがステージを照らす。客席のライトがいろんな色になっていた。
はっとする。
ガールズドールのライブを見に行ったとき・・・。
元最推しの佐倉みいなに向かってペンライトを振っていた感覚が蘇る。
こんなふうに応援してたんだ。
次々、アイドルが出てくるたびに歓声を上げるファンを見ながら、過去の自分を思い出していた。
『みなさん、オーのときはこうやって手で輪を作って、思いっきりジャンプしてくださいね』
『オーみたいな感じで、せーの』
佐倉みいなは歌も上手かったし、どこにいても目立つほど輝いていた。
最前列は取れないし、握手会も長蛇の列、推しが自分のことを見ることはないって当然のことだし・・・。
もちろん、近づけると思っていなかったけど。
もしかしたら、ものすごく目が良くて、ライブ中、俺のところまで見えてるんじゃないかって・・・・認知してくれるんじゃないかって。
勘違いもしたくなるよな。
佐倉みいなは、ライブでも、握手会でも、画面でも、いつでもファンに優しかった。
推しが卒業して、普通の家庭を持って、推せなくなってしまってから気づくことが多い。
正直、自分でもここまで引きずるとは思わなかった。
俺は、推しに恋をしてたんだ。
馬鹿にされるかもしれないけど、本気だった。急に、力が抜けて、椅子に座り込む。
「お兄さん?」
「ご・・・・ごめん・・・・」
パーカーの袖で目を拭う。視界がぼやけると、収まらなかった。
妹の友達が見てるってのに、どう誤魔化せばいいか・・・。
すぐに、舞花ちゃんが視線を逸らして、アイドルのファンに合わせてペンライトの色を変えていた。
堰き止めていたものがわっと溢れ出したみたいだった。
しばらく座ったまま、立ち上がれなかった。
ゴロンゴロン
ため息をついて、ペットボトルを取る。
みゅうみゅうのライブとか、ほとんど見られなかったな。
3曲も歌って、ペンライトを振っていたが、どうしても力が入らなくて。
マジで、黒歴史の1日になってしまった。
みんなのモチベーションが・・・とか、余裕ぶっこいてた時間の自分を殴りにいきたい。
「はぁ・・・・」
ライブ会場から少し歩いた、お台場のレインボーブリッジの見えるベンチで、舞花ちゃんが待っていた。
「はい」
「ありがとうございます。ここまで連れてきてもらっちゃって、すみません」
「いや、こっちこそごめん。なんか、本当、マジで・・・」
「いえいえ」
情けない姿を存分に見せてしまったな。
客観的に見て、推しでもないアイドルのライブを見て号泣する男ってどうよ。血が繋がっていてもドン引きするわ。
「・・・・・・」
「あ、今日お兄さんが泣いてたことは琴美には言わないから安心してください」
「あ・・・ありがとう・・・」
恥ずかしすぎて、早く帰りたかったが・・・仕方ない。
ここで帰ったら、何のために来たんだかわからんからな。
舞花ちゃんはちゃんとホテルまで送り届けないと。
「アイドルグループ、ガールズドールの佐倉みいなを思い出したんですか?」
「っ・・・・」
どストーレートを突いてくる。
「琴美か・・・・」
「はい。琴美、よくお兄さんの話してたので。チェキとかブロマイドとかたくさん持ってるって、かなり推してたんですよね」
「ま・・・まぁ、全部捨てたけどな」
よく舞花ちゃんが、俺とライブ行くって口に出したな。
そんなオタク躊躇するものだと思うんだが・・・まぁ、Vtuberのライブだもんな。
自分の夢のほうが大事か。
「でも、そうやって一生懸命推したり、誰かを好きになれるって素敵だなって思います。ショックを受けて当然だし、お兄さんって本当に純粋な人なんだなって」
「純粋かどうかは別として、まぁショックだったな」
「そうですよね。好きだったんですね」
優しく微笑んで、足を伸ばしていた。
「どうしてここに来たかったんだ?」
「ここからずーっといったところの、テレビ局の歌番組に、Vtuberとして呼ばれることが私の夢の一つなんです」
「へぇ、いいな」
舞花ちゃんが腕をぴんと伸ばして、ビル群を指していた。
「あっ、やべっ・・・・」
MVプレミアム配信も見ていないし、ゆいちゃの誕生日配信も・・・。
もう終わってる。ツイッターが『VDPプロジェクト』の配信で盛り上がっていた。
「大丈夫でしたか? 私なんかに付き合ってもらっちゃって」
「いや、全然いいよ。話の途中でごめん」
「・・・今日、『VDPプロジェクト』のMV配信されましたもんね。ゆいちゃさんの誕生日配信でしたし・・・」
「えっ・・・うん・・・」
「MVのプレミアム配信、見なくてよかったんですか?」
舞花ちゃんがちょっと身を乗り出して、心配そうにしてきた。
「あの動画俺が編集したんだ」
「えっ!?」
「だから、いいんだよ。作ってるときに、たくさん見たし。今日は舞花ちゃんに付き合うって約束したんだから」
「MVを・・・すごいですね・・・」
「まぁ、俺だけじゃないけどな」
ペットボトルの蓋を開けながら言う。
なんか、もうぐだぐだだな。
すべては、女々しく佐倉みいなを引き摺ってることがいけないんだが・・・。
「ホテル、どこだっけ?」
「品川のほうの格安ホテルです。オーディションのときから、泊ってるので」
「送ってくよ。それ飲んだら」
舞花ちゃんが俯きながら、ペットボトルのラベルをいじっていた。
「えっと・・・琴美のお兄さん・・・に話したいことがあって」
「ん? まぁ、こんな俺じゃ相談に乗れないかもしれないけど、あ、勉強のことなら・・・」
「その・・・」
川を挟んで向こう側に見える明かりが煌々としていた。
涼しい風が吹き抜ける。
「好きです」
ペットボトルを落とした。
主語が聞こえなかったんだが・・・・。
「この景色が?」
「お兄さんのことが、です」
「は?」
否、ありえないだろ。聞き間違いか? 舞花ちゃんが・・・。
好きとか言った気がしたけど・・・なんか傷心すぎて、ついに幻聴まで聞こえたとか・・・。
何かの罰ゲームにはめられてるとかな。琴美ならやりかねない。
「そんなことに騙されないって。また、琴美か?」
「・・・・・・・」
瞳を少しウルウルさせながらこちらを見てくる。
「えっと・・・・」
嘘だろ・・・。
まさかが過ぎて、言葉がでなかった。
「ずっと好きでした」




