75 忘れられない最推し
「ハーレム系主人公のいけないところは、はっきりしないところだ。可愛い女の子に囲まれて、誰が好きって言えないこと。そうゆう男は見ていて気分が悪い。わかるか?」
「はぁ・・・・」
「そりゃ、魅力的な女の子に囲まれたら、曖昧な態度をとりたくなる気持ちもわかる。だけど、お前の好きってなんだよって問いたくなる」
「・・・・・・・」
「そんな男に魅力はないから、むしろ自分の推しは主人公に選ばれるなって思う」
俺は今、会ったばかりの名前も知らない大学の先輩から、説教を受けている。
状況を整理すると・・・・。
花澤さんからYoutuber『もちもちサークル』に誘われて2週間後、連絡があって、部室へ案内図が添付されていた。
木金以外の放課後だったら、いつでもいるらしい。
でも、いざ、来てみると肝心の本人はいなくて、黒縁眼鏡をかけた先輩1人しかいなかった。
声をかけると、急に今見ているアニメの主人公の優柔不断さについて熱弁し出した。
ちゃんと過去の動画とか予習してたのに、何も聞いてこない。
というか、ちゃんと自己紹介すらしていない。
「そ・・・そうなんですか・・・」
「ん? 反応が薄い。まさか、磯崎君、何人もの女の子から言い寄られる経験があるわけじゃないだろうな?」
「いえいえ・・・まさか」
大学生になってから周りに女子が多くなったが・・・別にハーレムってわけじゃないよな。
先輩がレンズの奥からじっとこちらを見てくる。
「まぁ、彼女もちだもんな。リア充が・・・」
「へ?」
一度もそんなことは話していない。
俺に彼女がいるなら、誰なのかこっちが聞きたい。
「マジでいません。誰かと勘違いしてるんじゃ?」
「ほら、いつも学食で話してる眼鏡をかけた可愛い子いるだろ? 少し地味目の服を着た」
「結城さんのことですか? 全然、彼女とかそうゆうんじゃないですよ」
「そうなの?」
「はい。Vtuberの趣味が合うんです・・・と、友達ですよ」
疑いの目でこちらに圧をかけてくる。
「へぇ、あの子、しょっちゅう食堂で見かけるけど、毎回きょろきょろして誰かを探してるんだよね。君以外話してる人いないから、君しかいないと思うんだけど」
結城さんが? まぁ、いつも用事があるからな。
てか、よく見てるな。この人。
「向こうはどう見ても好きじゃね? 付き合ったら? 可愛いんだし」
「いや・・・俺、今、Vtuberに推しがいるんで・・・・」
「ふうん。推しと・・・」
「え、何々? 磯崎君、Vtuber好きなんや」
花澤さんが会話を割って、入ってきた。髪の色が明るくなっている。
「花澤さん・・・お疲れ様です」
「お疲れー。蟹田、お前自己紹介したん?」
「忘れてた。俺、大学3年の蟹田雄二、がんじんって名前でやってる。絵が得意なアニメオタで推しは『6等分の花嫁』の二女。嫁は同じ、よろしく」
「・・・よろしくお願いします」
よかった。同じ世界の人間だ。
「あ、もしかして、『プログラム言語を萌え系アニメ絵で擬人化してみた』企画で声やってた方ですか?」
「それそれ。絵も俺が描いたんだ」
すごく食いついてきた。
COBOL、VB.net、VBA、Javascript、Pythonなどの言語を可愛らしい女の子のキャラクターにした動画で、視聴回数が80万回になっていた。
「大学に受からなかったら、アニメーターになりたいと思ってたんだよね」
動画そのままの、変わった人だな。
「磯崎君はVtuberの誰が好きなん?」
「浅水あいみって知ってますか? あいみん」
「ごめん、知らんなぁ。ちょっと待って」
花澤さんがノートパソコンを開いて、検索していた。
あいみん知らない人なんているのか。なんか、ちょっと悔しいな。
「おっ、めっちゃ可愛いやん」
「どれどれ?」
『みんなー。こんにちわわわー。あいみんだよ』
あいみんがくるっと回ってピースする紹介動画が流れた。
だぼっとした水色のパーカーと、袖が可愛いんだよな。
「これは・・・可愛いな・・・」
「ですよね」
心の底から同意した。
「こっちの子もええやん」
『こんばんは。みなさん今日もお疲れ様です。りこたんです』
『見てくれてありがとうございます。今日も明日もご機嫌なゆいちゃです』
『来てくれてありがと。のんのんよ。貴重な時間を貰えたからには頑張るわ』
りこたん、ゆいちゃ、のんのんの動画を次々クリックしていた。
めちゃくちゃ反応がいい。
「Vtuberって今、こんなに進化してるん? もう人間やん、こんなん」
「マジか、俺もはまりそう。特にこのゆいちゃって子」
「ロリコンかい」
「だって、この動きは反則でしょ。おっぱいもでかいし、別の動画も無い?」
花澤さんとがんじんさんが画面に見入っていた。
2人に『VDPプロジェクト』の説明をしていると、あっという間に時間が経っていた。
部員は幽霊部員含め6人で、俺を入れて7人になるということだった。
Youtube動画は何か企画を思いついたら上げるらしい。
ゆるーいもので、今日は、ただ推しについて熱く語っただけで終わってしまった。
かなり楽しかったな。
Youtuberって敷居が高いように思えていたけど、こうやって話していると自然と企画がでてくるのだという。
空のペットボトルを駅のホームのゴミ箱に入れた。
俺の好き・・・か。
がんじんさんが言っていた言葉が耳に残っていた。
このときくらいからだと思う。
俺が、ちゃんと誰かを好きになる・・・ということを意識しだしたのは。
俺にとっての高校3年間は、どこを切り取っても佐倉みいなが中心だった。
リアコだったんだ。
別に推しができようと、勉強に打ち込もうと、友達ができようと、そう簡単に忘れられない。
このときまでは、正直、どこかでまだ佐倉みいなを引き摺っていて・・・でも、必死に、必死に、意識を逸らそうとしていた。
誰にも言えない傷を、癒してくれるものを探してたんだと思う。
このときまでは・・・だ。
ブルルルルルル
スマホが振動していた。琴美から着信だ。
改札を出てから、電話を取る。
「もしもし?」
『あ、お兄ちゃん。今、何かしてたの?』
「改札出たんだよ。なんかあった?」
『6月19日どうしても空けておいてほしいんだけど・・・』
「なんで? その日は・・・」
ちょうどゆいちゃの誕生会の日、MVプレミアム配信の日だ。
『VtuberみゅうみゅうのZEPPライブ、Japan アイドル音楽ライブのゲストだけど、舞花が絶対見に行きたいんだって』
「あぁ・・・そっか、確かに被ってたな」
『舞花と一緒に行く約束してたんだけどね、私、その日模試があって・・・行けなくなっちゃった。会社からもらったチケットなんだって』
琴美が焦った口調で言う。
『お兄ちゃん、どうせ暇でしょ? 一緒に行ってきて』
「なんで俺なんだよ。他にいないの?」
『みんな模試だし・・・舞花もお兄ちゃんなら安心だって言ってるし。舞花、まだ東京慣れてないから、ちゃんと行けるかわからないんだって』
舞花ちゃんの声が、電話越しにちょくちょく聞こえていた。
『舞花、ごめんね。お願い、お兄ちゃん。いいでしょ?』
ため息をつく。こうゆうときだけ猫なで声出してくるんだよな。
うちの妹。
ゆいちゃには申し訳ないけど・・・仕方ないか。
「・・・わかったよ。でも、15時までバイトだから」
『よかった。ありがとう。うん、舞花、お兄ちゃん暇だからいいって。後でLINEするから、じゃあ・・・』
「・・・・・・」
プツン
一方的に切られてしまった。納得がいかないんだが・・・。
まぁ・・・Vtuberみゅうみゅうのライブは興味あるし、ちょうどいいか。
バズりから、ゲストライブに呼ばれるまで早かったし、夢があるよな。
みんなは行けないし、俺がどんなライブだったのか伝えられればモチベーションアップにも繋げられるかもしれない。
 




