74 どきどき?
花澤さんにYoutuber『もちもちサークル』に入部しますって返信したものの・・・。
1週間、全く連絡がない。既読が付いただけだ。
学校でも会うわけないし、どこで活動しているのかもわからない。
ただ、なんとなく話しかけただけだったのかな。自分たちのチャンネル宣伝しただけだったのかも。真面目に聞いていただけ恥ずかしすぎるし、これだから陰キャはって思われるかもしれない。
あいみんにまで宣言しちゃったから、もう意地でも入部したいんだけどな・・・。
「あれ? さとるくん、上手く再生できない?」
りこたんが近づいてくる。
「あ、ごめん。ちょっと、寝不足でぼうっとしてた。ほら、再生するよ」
「き・・・緊張してきた」
「もう撮ったんだから、緊張する必要ないでしょ?」
「といいながら、のんのんも固くなってますよ。深呼吸、深呼吸です」
「あ、ゆい、もう押さないでよ」
あいみんとゆいちゃとのんのんがぎゅうぎゅうになりながら覗き込んできた。
そこまで食いついてくると、こっちまで緊張してくるな。
再生ボタンを押す。
イントロの音楽がかかって、空やビルのカット割りが流れる。
さわやかな声とハモリが気持ちいい。ダンスも揃っていて、完璧な作品だと思った。
結城さんには昨日見せて、反応よかったから自信はあった。
俺は言われるがまま編集しただけなんだけどな。
続けて、ダンス定点撮りの動画も再生していた。
「・・・どう?」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
さっきまでわちゃわちゃしていた4人が沈黙していた。
な、なんか想像と違ったのか?
間がすごく長く感じる。
「さすがさとる・・・」
「ダーリン、ありがとう。やっぱり素敵。こんなすごいのささっと作っちゃうなんて」
「うわっ、のんのん」
のんのんが、勢いよく後ろから抱きついてきた。
「もう、私が一番にありがとうって言おうと思ったのに。それに、さとるくんにくっつくの禁止だってば。離れて」
「好きな人にありがとうって自然と出るものでしょ。一番とか関係ないんだから」
「うっ・・・珍しく正論を・・・と、とにかく、こっちこっち」
あいみんがのんのんを引っ張って、一緒にソファーに座っていた。
「本当にすごいわ。出来が良すぎて、私たちがこんな風に映るなんて・・・」
「すごいのはみんなと結城さんだよ。俺は言われたとおりに編集しただけで」
「そんなことないわ。音と合わせるの大変だったでしょ」
りこたんが、マウスをクリックして、もう1度再生している。
「なんか、感動しちゃいました。私たち、本当にライブできるかもしれないですね」
「うんうん、できるって信じてたけど、こうふわっとしたものが形になったみたいで・・・」
「努力が無駄じゃなかったのね」
ゆいちゃがしみじみ話して、2人の間に座った。
「ふぅ・・・真ん中が一番落ち着きます。ぎゅうぎゅうで」
「ゆい、いつものお返しでくすぐっちゃうわよ」
「ひゃは、止めてください」
のんのんにいじられて、じゃれあっていた。
「動画送っておくね。さとるくん、ファイルはどこかに上がってる?」
「あぁ、この前ホームページで使った素材ファイルの中にフォルダ切って入れておいた」
りこたんがリモートにつないで、サーバーにアクセスしていた。
椅子を譲って、カラフルな絨毯に座る。
「結城さんも、4人のダンスも歌も上手いって。これは絶対伸びるって言ってたよ。またトレンド入りしちゃうかもって」
「トレンド入り・・・もし、したらGW配信以来ね」
「うんうん、ファンのみんなも喜んでくれるかな? 楽しみだね」
スマホで、もう一度、さっきの動画を再生していた。
これは・・・最近、のんのん推しになったバイト先の安月さんにも共有したいくらいだけど・・・。
配信予定日まで待ってもらうか。あいみんの黒タイツの良さとか、男にしかわからないだろうから、結城さんには話せないのが辛い。
「じゃあ、ナツにも送っちゃいましょうか。のんのん推しなので、特別ってことで」
「いいわよ。また付きまとわれるじゃない」
「嬉しいくせに」
のんのんがツンとしていた。ナツのんってフラグが立ってる気がするんだよな。
「りこたん、いつ配信したいとかあるの?」
「特に決めてないんだけど・・・せっかくだからプレミアム配信したいなって。ほら、コメント読めるでしょ? ユーザーの反応が見たいなって」
「はいはーい、私の誕生日。6月19日がいいです」
ゆいちゃが両手を上げてきた。
「そういえば、ゆいちゃ、来週誕生日だったわね。お祝いは、何の料理作ろうかしら」
「そうです。そうなのです。みなさん、ちゃんとお祝いしてくださいね」
「もちろんだよー。ゆいちゃ、いつもありがとう」
あいみんが頭を撫でると、ゆいちゃがへへっと笑っていた。
「あっ、みんな、今日はみらーじゅ都市の会長さんのお話がある日よ」
りこたんが、はっとして立ち上がった。
「そんなのあんの?」
「毎月1回、みらーじゅ都市のみんながホールみたいなところに集まって、SNS活用状況とか、サイバーアタックがあったかとか・・・みらーじゅ都市の現状と今後について話があるの。投票もあるわ」
「へぇ・・・・」
意外と、自分たちの都市にについて関心を持ってるんだな。
「何よりも、そのあとのお料理が美味しいのです」
「うんうん。AIロボットくんたちが、SNSの情報を駆使して選りすぐりのメニューを取り揃えてくれる日でもあるもんね」
目的はそっちか。美味しい料理が食べれるなら、反応するよな。
選挙か・・・。
こっちの世界でもそうやってくれれば、全然政治に興味のない俺でさえ、行くだろうな。
「のんのんが中国人Vtuberのリンリンと会ったのも、会長さんのお話だもんね」
「そうね。新しい出会いがあるのは嬉しいわ。どんな子がいるのかわからなかったりするから」
「終わった。モニターを切り替えて・・・と」
りこたんがダウンロード完了していた。
新しい出会い。新しい出会いってワードが気になってしかない。
あいみんに・・・いや、あいみんに限ってそんなことはない。
「じゃあ、早く帰りましょう。さとるくん、ごめんね。バタバタしちゃって」
「全然だよ。また、連絡する」
「ゆいちゃ、早く・・・て、寝そうになってるし」
ゆいちゃがのんのんの肩に凭れ掛かっていた。
「この子、会長の話で寝て、食事のときだけ起きるつもりね。ほら、帰るわよ」
のんのんがゆいちゃを起こして、手を引っ張っていく。
「さとるくん、今日はありがとう。夜の配信もちゃんと見てね」
「うん」
ウィンクをしてきた。
目を擦っているゆいちゃを無理やり、モニターの中に突っ込んで、自分も入っていった。
「あいみんも行くでしょ?」
「うん、すぐに行く」
りこたんが軽く手を振って、モニターの中に戻っていく。
何度見ても、この光景にはビビる。画面の中にするっと入っちゃうんだもんな。
「さとるくんっ」
あいみんが突然、後ろから抱きついてきた。
「あいみん!?」
「のんのんがこうしてたから。みんなが帰った後してみようと思って」
ストロベリーの甘い香りがするし。
何より、胸がちょっと・・・・推しの前で不純な気持ちを抱きそうだ。
「ドキドキする?」
「えっ・・・まぁ・・・・」
「のんのんよりも?」
「・・・うん・・・・」
「・・・・・・」
こくんと頷くと、しばらくぎゅっと力を入れていた。
口を開こうとしたとき、あいみんがぱっと離れた。
「・・・・よかった。私も今、すごくドキドキしてたの。伝わっちゃった?」
「いや・・・えっ・・・・」
あいみんが俯いて、恥ずかしそうにしている。
「・・・ドキドキしちゃった・・・・」
「そ・・・・それってどうゆう」
前のめりになると、あいみんがすすっと机に上っていた。
「じゃあ、さとるくん、またね。配信ちゃんと見るんだよ。家の鍵は開けっ放しでいいから。すぐ戻って戸締りしに来る」
「あっ・・・・」
あいみんがピンクの頬をぽんと叩いてから、逃げるようにモニターの中に入っていった。
「どうゆう意味だったんだろう・・・あれ・・・・」
背中を触ってみる。
あいみんって柔らかくて、いい匂いがして・・・。
「っ・・・・・」
やばい。口を塞ぐ。
これは、家に戻って・・・。
勢いで買ってしまったあいみんの、ちょっとエッチな等身大抱き枕に抱きつくしかない。
同人だし、ものすごい罪悪感とかで奥深くに置いてしまったけど・・・。
今日は一緒に寝てしまおうと思う。仕方ない。健全な反応だ。
「あいみんが戻ってくる前に、出ないとな・・・・でも・・・・」
後ろからあいみんに抱きつかれた感覚が残って、しばらくその場から立ち上がれなかった。




