72 山下公園で撮影
「はい、結城さんの分」
「ありがとう」
ペットボトルのお茶を渡す。
ベンチに座って、お茶を飲みながら、ひと休みしていた。
横浜の山下公園に来ている、結城さんが選んだ海や船の見える撮影場所だ。
芝生のところで、あいみんたちがストレッチしたり寝転がったりしている。
潮風が気持ちよかった。
「磯崎君、今日3,4限とってなかった?」
「3限は出席取らないし、予習はしてるから、次の授業のときなんとか頑張るよ。マジで友達いないから、ノートとか大変なんだけどな」
「私もだよ。4限はたまたま休講でよかったけどね。こんなに天気いい日に撮らないわけにいかないよ」
ふぅっと息を付いていた。
昨日の日曜日撮影する予定だったけど、曇りと雨になってしまい、急遽日程をずらしていた。
でも、平日のほうが人通りが少なくて、撮影しやすそうだな。
「今日は、配信の日だから、早めに撮り終われるといいんだけど」
「うん」
のんのんがゆいちゃに背中を押されてストレッチしていた。
あいみんとりこたんが軽く振りのチェックをしている。
「音は小さく流して、後で音を被せるから」
「そうね。あ、そういえば、磯崎君が撮ったクレープの動画すごくよかったね。ショーウィンドウよりもそっち使ったほうが2人の自然な笑顔が出ていてよかったんじゃないかな?」
「そう? あいみんは、口にクリームついてるから気にしてたんだけど・・・」
「そこが可愛いじゃん」
結城さんが強く言ってきた。
だよな、だよな。心の中でガッツポーズを取っていた。
「結城さんもりこたんとのんのんの動画すごくいいじゃん。風が吹いて髪が靡いてるところとか、アニメみたいに見えたよ」
「よかった。ありがとう」
嬉しそうに微笑んだ。
「大変だったでしょ。あんな程よい風とかなかなか起きないし、カメラワークもいいし」
「あ、風はお兄ちゃんのTシャツで起こしてたんだけどね。ビルの屋上意外と風が無いの想定外で、うちわとか全然用意してなくて・・・。でも、カメラワークは私だよ」
茶を噴きそうになった。
「・・・・・・・」
さらっと言ったが、すごい光景しか浮かばない。
え? あの人、上裸になってTシャツ振り回してたってこと?
ちょっと意味わからないけど、多分撮影現場はカオスだな。
「け・・・啓介さん、いいお兄ちゃんだね」
「いいかどうかはわからないけど、こうゆうときだけはいてよかったと思ってるよ。だけはね。普段は、面倒だからいい」
結城さんが”だけ”を強調していたけど、照れ隠しだろうな。
俺も琴美にまんまと乗せられたら、迷いなく同じ行動しそうだし。
「なーに話してるの? さとるくん」
あいみんが後ろから顔を出してきた。
「ほら、あいみ。ちゃんと草払わないと」
「わっ、こんなに付いてた」
のんのんがあいみんの服の背中に付いた草を払っていた。
「体も温まったし。とりあえず、軽く踊ってみましょうか。ここがセンターでバミリの石置いておきますね」
ゆいちゃがかがんで小石を置いていた。
「MVはラスサビからダンスになるんですよね?」
「うん。そのつもりだよ」
「わかりました。ここで~の少し前のところからかけましょうか。あ、でも、フォーメーションとか見たことありませんよね?」
「・・・うん」
「じゃあ、きっと一度見たほうがいいですね。フルでいきましょう」
珍しくてきぱき動いていた。
そっか・・・。
武道館ライブをしたいって、最初はゆいちゃだけの夢だったもんな。
「皆さん、準備はいいですか」
「はーい」
あいみんが大きく手を上げる。4人が位置に付いていた。
「さとるくん、音出しお願いします」
「あ・・・あぁ」
さっき送られてきた、4人で『三原色』をカバーした音源をかける。
あいみんを中心にみんなの表情が変わった。
小さく口ずさみながら、歌詞によって、表現を変えて踊っている。
4人の声にぴったりだ。ハモリも音程が取れているし、ダンスも手の高さまで揃ってる。
「これは、定点のダンスバージョンとMVバージョンを作ったほうがいいかもね」
結城さんが小さく呟いていた。何回も頷いて同意する。
「あんなに配信で忙しかったのに、練習してたんだな」
「うん・・・」
楽しそうに踊る4人を正面から眺めていた。
「どうだった? どうだった?」
音が終わるとすぐに、あいみんが駆け寄ってきた。
「本当に良かったよ」
「やったー。外で踊るの初めてだから緊張したけど、なんか楽しくなっちゃって」
嬉しそうに微笑んで、両手を上げていた。
「うん。定点とMVバージョン撮りたいんだけどいいかな? 今のを見て、MVだけだともったいないなって」
結城さんが立ち上がった。
「もちろん。ねぇ、みんな、次、定点で、MVバージョンと別々に撮るって」
「私も踊れてたかしら? 鏡が無いとフォーメーション間違いそうになっちゃって」
りこたんが不安そうにしながら結城さんに聞いていた。
「大丈夫。みんな揃ってたよ」
「そう・・・? よかった」
定点撮りの準備してくると言って、結城さんがカバンから三脚を出していた。
「結城さん体固いですね」
「ははは・・・運動、苦手で」
「大丈夫です。私がこうやって押せば・・・」
「ゆ、ゆいちゃ・・・いたた」
結城さんがゆいちゃに誘われて、芝生でストレッチをしていた。
りこたんが隣でクスクス笑っている。
MV撮影のときのあいみんの動画を何度も見直していた。
素直で、キラキラしていて、歌もダンスも上手い、人気Vtuberの理由が凝縮されていた。
この、動画2本を出したら、もっともっと『VDPプロジェクト』を見る人が出てくるだろうな。
「さとるくん、何してるの?」
隣に座ってきた。スマホを覗き込んでくる。
「ほら、さっき撮った動画見返してたんだよ。どこをどう編集しようかなって」
「さとるくんが作るなら何でも大丈夫」
「確かにな。こんなに素材がいいんだもん、いいものができるに決まってるよな」
「違うよ。さとるくんが作るからいいものになるんだよ」
あいみんがにこにこしながら言っていた。
こんなに可愛くて一生懸命で人気者なんだから、いつか遠くに行っちゃうんじゃないかって思うよな。
「・・・・・・・」
「さとるくん?」
「あぁ・・・えっと・・・ここの部分とか特によくて・・」
「これ貰っていい? のど乾いちゃった」
あいみんが横に置いていたペットボトルを取った。
「あ、それ俺の・・・」
「私のなくなっちゃったの。一口頂戴」
ペットボトルの蓋を取って、一気に飲んでいた。
「ふはぁ・・・ありがとう。はい」
「うん・・・・・・」
戸惑いながら受けとると、あいみんが立ち上がった。
「今のは完全に間接キスだね。他の人としちゃだめだよ」
「っ・・・・・」
手を後ろにやって、からかうような笑みを浮かべる。
ドキッとする。ほんっと、可愛いよな。
「あー疲れたね。ねぇ、今日は甘いもの食べたい。パフェ食べて帰ろうよ」
「いいわね。私、ここ行きたかったの」
「りこたんは情報が速いですね。あ、結城さん、さっきよりも少し柔らかくなってますよ」
「本当?」
結城さんがゆいちゃにストレッチ方法を習っていた。
「さとるくん、こうして2人で座ってるとデートみたいね」
「えっ?」
「海がきれい、あ、あの船どこにいくのかしら。ねぇ、夏になったら2人で海でも行かない? 新しい水着買ったの」
のんのんが隣に座って、腕を組んできた。
「だめだめだめー。のんのんは油断も隙も無いんだから」
「あいみっ・・・」
あいみんがのんのんを避けて、強引に間に座ってくる。
ミツバチみたいにお尻をきゅきゅっとさせていた。
「2人で夏の計画立てようと思ってたのに・・・」
「さとるくんは私推しなの」
「付き合ってるわけじゃないでしょ? おっぱいは無い癖にお尻だけは大きいんだから」
「いいもん。おっぱいだって、前より少しずつ少しずつ大きくなってるんだもん」
のんのんが頬を膨らませて、あいみんの脇腹を突く。
体がびくんとして、こちらに倒れそうになってきた。
「ひゃあっ」
「あいみん」
真っ先に人目を気にしてしまったけど・・・。
なんかカップルの多い場所だな、ここ・・・。
両脇共に、鬱陶しいほどイチャイチャしていて、誰もこっちを見ている人なんていなかった。
「のんのん、もう、そこ弱いんだから止めてってば」
「さっきの、お返しよ」
「ほらほら、喧嘩しないで早くパフェ食べて帰るよ。今日は配信があるんだから」
りこたんが言うと、2人がしぶしぶ立ち上がった。
「・・・・・・・」
遠くに行ってしまったと思っていたけど・・・。
いつの間にか、いつもの4人に戻っていた。




