71 原宿撮影で間接キス? セーフ?
「渋谷のスクランブル交差点ってあんなに人が多いんだね。上から見ると、こう、こうなっててすごかった」
「私なんて取り残されそうになっちゃいましたよ」
帽子で顔を隠したあいみんとゆいちゃを連れて原宿まで来ていた。
結城さんが、角度や明るさにこだわって何回も撮りなおしになって時間が押してしまい、残り2人ずつ撮る撮影はあいみん・ゆいちゃ組、りこたん・のんのん組に分かれていた。
俺があいみん・ゆいちゃ組担当になったのはいいんだけど、上手く撮れるかな。
スマホの動画撮影でいいって言われたんだけど・・・。
向こうは、結城さんに言われるがまま動く無言のカメラマン、啓介さんが付いてるし。
なんか、やっぱり付いてきたって感じだったけど。
もう・・・なんだかジョジョで言うところのスタンドみたいになっていた。
結城さんがスタンド使いに見えてしまった。
「さとるくん、さっきからどうしたの? 悩んでる顔してる」
「うーん。上手く撮れるかなって思ってさ」
「大丈夫ですよ」
スマホを動画撮影にして、歩きながら近くを映してみる。
一応、上京したとき買ったばかりだから画質はいいんだけどな。
「ばぁっ」
「わっ」
あいみんが急に映り込んできた。
「へへへ、さとるくん、驚きすぎだよ」
「そりゃびっくりするって」
動画になると、画面越しのあいみんになって、外すと実物がいるんだから。
混乱する・・・けど、今ので画質自体に問題はないことは確認できたな。
色白で、目がぱっちりして、可愛さの安定した推しが映っていた。
今日はのんのんが決めた撮影用のコーデだから、あいみんはミニスカートに薄い黒タイツを履いていて、ゆいちゃはショートパンツに黄色のスニーカーを履いている。
あいみんの黒タイツは、正直、性癖にぶっ刺さってるんだよな。
のんのんはマジでセンスがいい。俺らファンのニーズをわかってる。
「あっ・・・クレープの匂いがします」
ゆいちゃが鼻をひくひくさせる。
「お腹すいちゃいました」
「そうだ。原宿と言ったら、やっぱりクレープだよね。どこにあるのかな?」
「さぁ、俺も原宿なんて来たことないからな・・・」
周りもクレープを食べているし、近くにあるんだろうけど。
女子高生や女子大生らしき子たちが、クレープやジュースを飲みながら歩いていた。
「あれ? ゆいちゃは?」
「ん?」
「こっちでーす。あいみさん、さとるくん、クレープ屋さん見つけました」
ゆいちゃがいつの間にか遠くにいて、跳ねながら両手を振ってきた。
「ゆ、ゆいちゃっ」
「げっ、やっべ」
焦って走り出す。
一瞬、周りがゆいちゃのほうを見ていたけど・・・幸いそのまま通り過ぎていった。
「さとるくん、急にどうしました?」
「はぁ・・・目立つんだから。Vtuberがここにいるってばれたら大変だろ」
全力疾走して、息切れしていた。
「あはは、そうでした。すみません」
ひやっとした。
原宿女子男子だってVtuber好きがいないとは限らないからな。
「ん、あいみん、遅いな」
「可愛い雑貨屋さんの近くで止まってしまっているのかもしれません」
人混みで見えなくなってしまっていた。
「迎えに行ってくるから、ゆいちゃはここで帽子を深くかぶって待ってて」
「はい。了解です。静かにしながら待ってます」
帽子を深く被らせてから、クレープ屋の前を離れる。
人をかき分けてあいみんを探していると、ゆいちゃの言う通り雑貨屋の前で止まっていた。
インスタ映えしそうな、マネキンとバッグをじっと見ていた。
「あいみ・・・」
成人男性が寄ってきて、あいみんに声をかけていた。
「・・・・・・・」
あいみんがびくっとしていた。
「可愛いね。どこかの芸能事務所に所属してるの? もししてなかったら、うち、アイドルグループとかやってて、君みたいな可愛い子集めてるんだけ・・・」
「あの、すみません、この子、俺といるんで」
「あっ・・・・・」
男性とあいみんの間に入って、あいみんの手を引いた。
「ハハ、彼氏持ちか」
「行こ」
ぐいっと引っ張って、離れていった。
よく見ると、サングラスをかけて、ブランド物のスーツを着た、胡散臭そうな男だったな。
原宿にはこうゆう奴らがいるって聞いたけど、本当にいるんだ。
ナンパだか、芸能事務所にいるのか知らないけど、こうゆうのを聞くから原宿って苦手なんだよ。
「さとるくんっ・・・手が」
「ごっごめん」
ぱっと手を放す。
「あっ・・て、手を繋ぐのが、嫌だったわけじゃなくて、その、力が強かったから、ちょっとだけ痛いって言おうと・・・」
「っ・・・ごめん・・・・」
無意識にかなり力を入れて握り締めていた。
あいみんが少し照れながら、自分の手をさすっていた。
「ううん・・・助けてくれてありがとう。へへ、さとるくん、頼もしいね」
「いや・・・全然そんなことないんだけど」
「私、びっくりして固まっちゃった」
俺があいみん置いていったのがいけなかったんだよな。
「お礼に、クレープおごってあげるよ」
「うん・・・・・」
あいみんが嬉しそうにしながら、ゆいちゃを見つけて駆け寄っていった。
「美味しいですぅ、チョコたっぷり。ふわぁ」
「みらーじゅ都市にもできればいいのにね」
人の通りから少しだけ離れた、電柱の傍で食べていた。
「さとるくんも美味しい? って、もう食べ終わったの?」
「クリームチーズも甘さ控えめで美味しかったよ。俺、食べるの早いからさ。それより、この場面を動画にしたいと思うんだけど」
紙を丸めてポケットに入れる。スマホを動画撮影に切り替えていた。
結城さんに言われたのはショーウィンドウだったけど、クレープを食べている二人の様子もかなりいいな。
素材として撮っておいて、損はないだろう。
「はい。二人ともこっち見て」
「動画動画、こっちで撮影ってなると急に緊張する」
「さっき、散々撮ったじゃん。歩道橋で、ゆいちゃの帽子が吹っ飛びそうになったのはびっくりしたけど」
「そうでしたね。啓介さんが、キャッチしてくれて助かりました」
あいみんとゆいちゃがこっちを見て、ピースをしたりしながら話していた。
「何かリクエストありますか?」
「自然にしてていいよ」
2人の表情をアップにする。
「はい、ゆいちゃ。あーん」
「あーん」
ゆいちゃが大きな口を開けて、あいみんのスプーンを舐めていた。
「はむ・・・ストロベリーも美味しいですね」
「でしょ? でしょ? この、ベリーの部分が特に美味しくて、ゆいちゃのもちょうだい」
「はい、私のもこのサクサクしたクッキーの部分が美味しいんですよ」
スマホで撮った動画を確認する。
これはかなりいいものが撮れた気がするな。
あいみんが唇にクリームを付けたまま、近づいてくる。
「はい、さとるくんも。あーん」
スプーンにクリームとベリーを乗せて、口に運んできた。
上目づかいで、小さな口を開けている。
「・・・・・・・」
少し口を開けると、冷たいのが舌にあたった。
「どう? 美味しいでしょ?」
「うん・・・美味しい・・・」
正直、全く味がしなかった。だって、これって間接キスってやつだよな。
「あー、あいみさん、今のじゃ私もさとるくんと間接キスしたことになっちゃうじゃないですか。いいんですか? あいみさん」
ゆいちゃが少し顔を赤くしていた。
「へへへ、だって撮影中だったし、ほら、クリームすくいながら食べてるからセーフだもん」
「クリーム? セーフ・・・? そうなんですか?」
「そうそう。クリームに入れるとリセットなの」
「・・・・・・・」
謎理論が展開されてる。
「本当ですか? 怪しいです。今、あいみさんが考えたんじゃないですか?」
「じゃあ、じゃあ・・・ほら、こうして私が食べると、私とさとるくんが間接キスしたことになるよ?」
「確かに・・・・・」
あいみんがクレープを食べながら、こっちを見てくる。
思わず、視線を逸らしてしまった。
「私とあいみさんが間接キスして? 私とさとるくんが間接キスして? でも、さとるくんがあいみさんと間接キスしたから・・・えぇっ・・・」
ゆいちゃが混乱しながら、紙を畳んでいた。
「わかりました。間接キスは、キスじゃないです」
そ・・・そうなの!? いや、キスではないけど。
ゆいちゃがすんとなっていた。思考停止が速すぎる。
動揺してるのが俺だけになってしまった。
「そうだよね、ゆいちゃ。はぁ、美味しかった、お腹いっぱいになっちゃったね。あ、さとるくんのゴミも捨ててきてあげる」
「ありがとう」
ポケットからゴミを出して、あいみんに渡した。
間接キスから、脳が処理オーバーでエラーを出している。
あいみんとゆいちゃが紙とスプーンをゴミ箱に捨てて、ウキウキしながら戻っていた。
「原宿って楽しいね」
「うん。さとるくん、次はどこに行きますか?」
「えっと、さっきの動画を先に確認してから・・・」
「そうそう。上手く撮れた?」
スマホで動画を再生する。
「はっ・・・私、唇にクリームついてた。ほら、ここ・・・」
あいみんが咄嗟に画面を指さした。
「ふふふ。実は気づいたんですけど、あいみさん可愛いのでそっとしておきました。今はちゃんと取れてますよ」
「意地悪いんだから」
「ちょっと抜けてるあいみさんもいいのです」
あいみんとゆいちゃが動画を見ながらきゃっきゃしていた。
間接キスは、キスかキスじゃないか。キスじゃないんだけど。うーん・・・。
間接キスはキスじゃないの余韻が響いて、動画の2人を見るたびに思い出しそうだ。




