68 推しは存在するって伝えたい
「磯崎君、聞いて聞いて。りこたんからDMが返って来たの」
「ごほっ・・・ごほっ・・・・」
びくっとして、むせてしまった。
食堂でパン食べながらスマホいじっていたら、結城さんが大声で話しかけてきた。
「ごめんごめん、大丈夫?」
「うん・・・」
水で押し流す。
結城さん、りこたんの話になると周囲を気にしないんだよな。
周囲の視線(特に男)を集めてしまっていた。
「あ・・・・」
気づいたっぽい。
やってしまったというような顔をして口を押えていた。
「えっと・・・・友達の、りこちゃん。ごめん間違ってりこたんって言っちゃった」
「あぁ・・・そっか、りこちゃんね」
「りこちゃんとケンカしちゃってたから、相談乗ってくれてありがとう」
結城さんが棒読みで話しながら、メガネを直して隣に座る。
ちょっと、白々しい感じはしたけど・・・まぁ、Vtuberのりこたんだってバレなければいいや。
「りこたんに会えた?」
「うん、やっぱり打ち上げのこと気にして出てこれなかったみたいで・・・」
「そうだよね。まぁ、そうゆうりこたんの真面目さも推しポイントなんだけど。もう、容姿もいいし、性格もいいし、女神だよね。そんなりこたんとDMでやり取りしてるなんて・・・」
野菜ジュースを飲みながら小声で言う。
ふひひひ、と笑っていた。
やばい、結城さんがディープなオタクモードに入ってしまう。
「一昨日あいみんとりこたんと話したんだけど、『VDPプロジェクト』のロゴが決まったんだよ。ほら・・・投票の結果、これになったんだって」
「え・・・・」
アイパッドを起動して、ロゴを表示する。
「あいみんのロゴだよね? そっか・・・りこたんに入れたんだけどなぁ」
「まだ内緒な。俺たちだけしか言ってないらしいから」
「もちろん。絶対誰にも言わない」
結城さんが食い入るように見ている。
「それぞれのモチーフを入れて、輪で囲むってあいみんらしいね。『Vちゅーばー異世界から愛を届けるプロジェクト』って名前にぴったり」
「だよな、あいみんのVtuberになった、みんなを元気にしたいって尊い理由がロゴになったっていうのがさ。感慨深いし・・・本当、日々可愛いだけじゃなく天然で素直で性格までいいなんて・・・」
危ねー、俺までオタクスイッチが入ってしまった。
家ならまだしも、ここ大学の食堂なんだよな。
オタクとして見られるのは百歩譲って構わないけど、SNSアカウント特定までされたら厄介だ。
「えっと・・・そうじゃなくて、『VDPプロジェクト』のロゴ発表と歌とダンスの動画作るんだって」
「あっ・・・そういえば、『VDPプロジェクト』って紹介の定点撮り一つとあとは配信アーカイブしかなかったもんね」
「そうそう」
「私もちゃんと作ったほうがいいんじゃないかって思ってたの」
結城さんが、カバンからアイパッドを取り出す。
「この前話したみゅうみゅうは、歌とダンスの動画も頻繁に上げてたんだけどね。6月にVtuberとしてZEPPで行うライブにゲスト出演するんだって・・・」
「えっ? そうなの?」
「うん。バズってからライブまであっという間でびっくりした。ほら、ツイッターフォローしてるんだけど、昨日発表されたの」
スマホのツイッター画面を開いて見せてくれた。
「マジか。ボカロのカバーで出るの?」
「何を歌うかはまだ公表していないらしいよ。こうやってVtuberがどんどん進出していくと、嬉しいね。あいみんが地上波で歌ったってのも関係してるかもよ」
「あぁ」
XOXOみたいに単独ライブはできないとしても、ライブのゲストとして呼ばれることだってあるんだ。
ファンの前で歌えるってだけで、武道館ライブへ一歩前進だよな。
「動画はみらーじゅ都市で撮るのかな? アップされるの楽しみだね」
「それが、俺と結城さんに監督お願いしたいって」
「わ・・・私も?」
結城さんが野菜ジュースを落としかけていた。
「うん、りこたんが女性視点も入れたほうがいいんじゃないかって」
「りりりりり、りこたんが・・・」
顔を包んで、肘を付いていた。
「が、が、頑張らなきゃね」
「なんか、今のみゅうみゅうの話聞いてたら、責任重大だな」
「うん・・・とりあえず、動画編集にも素材が必要だよね。ロゴ発表はともかく、歌とダンスってどこで撮るかも任されてるの?」
「あぁ。考えたんだけどさ、みらーじゅ都市でもこっちの世界でもいいって言ってたけど。やっぱりみらーじゅ都市がいいよな・・・いつも4人がいる場所だし」
みらーじゅ都市のHPを開いた。
「ううん。私は、こっちの世界で撮ったほうがいいと思う」
結城さんが強く主張してきた。
「見て、花ふちゃんっていうんだけど。このVtuberはビル群の背景と合わせてるの。私、この光景がすごく好きで・・・」
アイパッドでミュートにして動画を流す。
確かに、映像が綺麗だな。
「渋谷とか秋葉原とか、東京とか、そうゆうビルがたくさん並ぶ場所にVtuberがいるって不思議な感じがしない? 私にとってりこたんって身近で友達って言ってくれるのに、異世界の推しで、でも確かに存在してて・・・なんだか不思議な感じで・・・って、この感覚わかるかな?」
「うん・・・・」
難しいけど、なんとなく言いたいことは伝わった。
「だから、そうゆう場所で撮って、背景をちょっと修正したりして、みんなの良さを現したいなって。こう、画面の中だけじゃない、機械じゃない、ちゃんといるんだよって」
結城さんが両手を握り締めて、前のめりになった。
「・・・・なんか、俺よりも結城さんのほうがずっと監督に向いてそうだな」
「えっ・・・そうかな・・・私の勝手な意見だけど」
「俺も共感するよ。推しがちゃんと存在するってこと表現したいよな」
結城さんが俯いて、少し照れていた。
「じゃあ、先にロゴマークを出してから、数秒後にMVが映るようにしよう。最初は、いつもみたいに4人でロゴ決まったって和気あいあいとする発表動画撮ろうと思ってたんだけど・・・今の話聞いたら、いきなりMVにしたほうがインパクトがあるかなって」
「うんうん。今までと違うし、目立つと思う。きっと、視聴者の目を引くよ」
あいみんの動画を見まくって、どう切り抜こうか行き詰まってたけど、結城さんの言う通りだな。
客観的に、4人の良さを伝えられるような動画を作らないと。
「どこで撮るかは結城さんに任せるよ。俺、動画編集頑張るから」
「わかった。そう、どんな曲歌うのか聞いてなかった。何歌うの?」
「あ、俺も聞いてないや」
「へ?」
結城さんが拍子抜けしたような顔をして、笑っていた。
「もしかしたら、少し歌やダンスを見せるだけだと思って、4人も決めてないんじゃない? うちら、急ぎすぎちゃったかな」
「でも、今の話をあいみんたちに伝えたらすっごく喜ぶと思うよ」
「そうかな? そうだよね。私も後でりこたんにDMしようっと」
楽しそうに話す。
あいみんの張り切る顔が目に浮かぶようだな。
「みゅうみゅうに先越されちゃったけど、Vtuberがライブに出るのも夢じゃないってわかったから」
「まぁ、XOXOは単独ライブやってるけどな」
「あれは別だよ。教育系Vtuberってのは仮の姿で、元々、謎に包まれたアイドルグループとして出てるんだから、りこたんたちとは全然別なのっ」
「・・・・・・・」
結城さん、XOXOには全然興味ないんだよな。
女子ってイケメンに群がるものじゃないのか・・・結城さんが特殊なのかわからないけど・・・。
「動画編集でわからないことがあったら、お兄ちゃんに聞けばいいかも」
「啓介さんに?」
「そう、パソコン系詳しいから知ってると思うよ。りこたんが関わってるっていうと食いついてくると思うし。説明長いかもしれないけど、はりきって教えてくれるよ」
「・・・あ、ありがとう・・・・・」
もはや、何でも屋だ。
邪険にされてるとはいえ、ここまで妹に信頼されてると、羨ましいくらいだな。
まぁ、琴美が俺に対してこうゆう風になることは、一生無いだろうけど。
「磯崎君、頑張ろうね。私たちも仲間って言ってくれたんだから」
「あぁ、社会人みたいにスパチャできない分、できることで応援しないとな」
「うん」
結城さんが大きく頷く。
アイパッドでGoogle Mapを開いて、4人の動画を照らし合わせて眺めていた。
 




