66 のんのんのお料理配信
「えー、じゃあ安月さん失恋しちゃったんですかー?」
「でも、喜多さんに大切な人がいたなら仕方ないよ」
「そうですけど、1年も片思いしていたのに、可哀そうです・・・」
「うん・・・きっと、辛いよね」
ゆいちゃとあいみんがソファーに座ってくつろいでいる。
二人でにこにこしながら揺れていた。
癒されるな・・・。
二人とも自分たちの配信は終わって、のんのんの配信を待っていた。
「結婚は素敵だけどね。いいなぁ・・・電撃結婚だね」
あいみんが手を組んでうっとりしている。
「でも、安月さんからしたらショックですよ」
「うんうん。さとるくんちゃんとフォローした? 安月さんは大丈夫? 酔って潰れたりしなかった?」
「ふふふ。酔って潰れたのは、この前のあいみさんじゃないですか」
ゆいちゃがちょっと意地悪く言う。
「可愛かったですよー。くたーって眠っちゃって」
「へっ・・・?」
「起きたら、ちゅうってしてこようとするし・・・」
「わわわ・・・」
顔がみるみる赤くなっていく。
「忘れてってば、ゆいちゃ。記憶にないんだから」
「ふへへへへ」
あいみんがゆいちゃの両頬を突いていた。
「ちゅうってさとるくんも見たの?」
「まぁ・・・その場にいたから・・・」
「忘れて・・・今すぐ忘れて・・・・私、いつもそんなんじゃないんだから」
むきになって指をさしてきた。
「わかったよ・・・・」
「じゃあよし」
すごく可愛かったんだけどな・・・キスしようとしてきたあいみん。
申し訳ないけど、一生忘れないと思う。
「ふふふ、楽しかったな。みんなの酔ってる姿」
ゆいちゃが楽しそうにする。
りこたんものんのんも記憶にないらしい。
後から打ち上げの様子を聞いたりこたんは、恥ずかしがって、5日経ってもモニターから出てこなかった。
結城さんと啓介さんが、ものすごく気にしていた。
「ごほん、今はさとるくんに安月さんの恋の行方を聞いてるんだからいいの。打ち上げの話はここまで」
「そうでした。脱線しましたけど、大丈夫でした?」
ゆいちゃが身を乗り出してくる。
「一応・・・」
会ったこともない人なのに、コイバナとなるとすごい食いつくんだよな。
「安月さん、『VDPプロジェクト』のこと知っててさ。ほら、ツイッターアカウントものんのん推しで・・・」
「本当だ・・・・」
安月さんのツイッターアカウントを見せる。
「しばらく現実の女性は怖いから、『VDPプロジェクト』とのんのんの配信に癒してもらうって」
あいみんとゆいちゃが顔を見合わせて、嬉しそうにしていた。
「やったー」
「うんうん。なんだか身近で認知してもらえて、ファンになってもらえるって嬉しいですね。のんのんもきっと喜びます」
「戻ったら、のんのんにも教えてあげようっと」
バン
チャイムなしでドアが開いた。
「おじゃましまーす」
「ナツ!? どうして?」
「おう・・さとるくん、久しぶりー」
「え? 急に、どうしたの?」
びくっとする。気軽に家に来るような仲だっけ?
んなわけないよな・・・。
「なんか、のんのんの話になっているような気がして」
「まぁ・・・そうだけど・・・」
「のんのんの話には、俺がいなきゃでしょ」
こえーよ。
ストーカー超えて、もう、能力者じゃねーか。
「えっ、待って。それより、さとるくんとナツ、いつの間にこんなに仲良くなったの?」
「いや、別に・・・」
「俺たち、なんでも相談しあえる仲だよな。あー、のんのんの配信が始まる」
ナツが絨毯の上に座って、パソコンの画面を眺めていた。
「・・・・・」
なんでも相談しあえる仲になった覚えはないし、そもそもそんなに話したことが無い。
コミュ力化け物かよ。
「さとるくんの、バイト先の先輩の安月さんがのんのん推しになったんですよ」
「ど、どんな人?」
「まだ、あまり深く関わったことないけど、かっこいいし、気が利くし、明るくて優しい、いい先輩だよ」
ナツがちょっと動揺していた。
「へ・・・へぇ、のんのんの魅力なら、推しが増えてもしょうがないけどな。むしろ、のんのんが喜ぶなら、もっともっと増えてほしいし」
ちょっと無理してるな。
まぁ、気持ちはかなりわかるけど・・・。
『では、今日の配信はのんのんクッキングでお送りしたいと思います。みんな、深夜なのに来てくれてありがとう』
レースのエプロンを着たのんのんがキッチンの前に立っていた。
『お料理面倒だなって思ってる人います? あ、皆さんコメントありがとうございます。そうですよね、グルコサミンさん、仕事から帰ってきたら疲れちゃいますよね』
のんのんがコメントを読み上げていた。
多分この、ずっきーっていうの、多分、安月さんだな。リアタイしてるのか。
「可愛いなぁ、のんのん、普段も可愛いけどエプロンも可愛い。さとるくん、もうちょっとモニターの位置寄せてもらえる?」
「はいはい・・・」
キーボードを避けて、位置を寄せる。
「さんきゅ」
「この前のんのんが作ってくれたスペアリブ美味しかったですよね。また、リクエストしようっと」
「確かに、あれは美味しかったな。お店のより美味しいんじゃないか?」
「うんうん」
肉が柔らかくて、ソースも味に深みがあって美味しかった。
あいみんに振舞う機会があるかもしれないし、レシピを教えてほしいくらいだ。
「のんのんの料理は一番です」
「私も、私も料理上手くなるからね。さとるくん」
あいみんが足をぱたぱたさせながら主張してきた。
楽しそうに話していると、ナツが信じられないといった表情で、こちらを見ていた。
「・・・さとるくん・・・また、のんのんの手料理を・・・?」
「そうそう、この前6時間配信の打ち上げしたんだよ」
「どうして俺、呼ばれなかったの?」
「ナツは関係ないでしょ」
あいみんがぴしゃりと言う。
「俺だってのんのんを応援してたのに・・・」
「私たち、信頼してる人とじゃなきゃ、打ち上げしないんです。だって、みんな結構酔っちゃうから仕方ないですよ」
「さとるくんはいいのに?」
「さとるくんは特別だもん。私にとって・・・あっ、のんのんにとってもだよ」
あいみんが慌てて付け加える。
特別って言われて、ちょっとドキッとしていまった。
「のんのんにとって・・・と・・・特別・・・?」
「そ、そうなの。のんのんにとっても特別なの」
「・・・・・・・・・」
ナツがしゅんとしてしまった。
「お腹が痛いから・・・帰る・・・またね、さとるくん」
のんのんの配信の途中なのに、立ち上がってふらふら歩いていく。
お腹を押さえて、ドアから出ていった。
「えっと・・・ナツは大丈夫なの?」
「はぁ・・・面倒ですけど、ほんの少しだけ罪悪感があるので、フォローしてきますね。ポジティブだから明日には忘れてそうですけど」
ゆいちゃがナツを追いかけていった。
『ずっきーさんも作ったことあるんですね。これは肉の厚みと焼き加減の調整が難しいんですよ。でも、わかったらすごく簡単で美味しいので、ちゃんと、見ててくださいね』
あ、安月さんが名前を呼ばれてる。
喜んでるだろうな。
思わず、画面とコメント欄に釘付けになってしまった。
「さとるくんっ」
「え?」
急にあいみんが大きな声を出した。
小さな手をぎゅっと握り締めて、ぶんぶん振っていた。
「私も料理してくる。のんのんの配信見ながら」
「えっ・・・・あまり無理しないように、夜遅いし・・・」
「大丈夫。すっごく美味しい料理作れるようになるからね。さとるくんが美味しいって思うような料理」
さっきまでまったりしていたあいみんまで出ていってしまった。
「・・・・・・」
気持ちは嬉しいけど、あいみんにはゆっくり休んでほしいんだけどな。
一生懸命すぎて心配になってしまう。
のんのんの配信に、打つコメントを慎重に考えていた。




