63 アルコールは怖い!
「その、相談してきたさとるくんのバイト先の先輩? 安月君ってどんな人なの?」
「そうだなぁ。ちょっとしか話したことないけど、明るくて友達も多くて、気が利いて・・・」
「じゃあ、きっと大丈夫よ。私は喜多さんも安月君のこと好きだと思うー。もう、告白までしちゃえしちゃえ」
りこたんが満面の笑みで手を上げる。
真面目なりこたんが完全に酔っぱらって、ハイテンションになっていた。
「私は喜多さんには他に好きな人がいると思うわ。バイト先に迷惑が掛からないように隠してるのよ」
のんのんも結構酔っている。
あいみんは寝たままだし・・・。
まともなのは、俺と結城さんとゆいちゃだけだ。
「だって、さとるくんの話を聞く限り、安月君と喜多さんは仲がいいんでしょ?」
「うん。気軽に話してるの見かけるよ」
「好きだったら素直になれないのが普通じゃない? そんなにすぐ仲良くなんてなれないのよ」
のんのんがオレンジサワーの缶をぐいっと飲み干していた。
ゆいちゃがのんのんににじり寄っていく。
「ふむふむ、のんのんはどうしてそう思うのですか?」
「そうゆうものだからよ」
「実体験ですか?」
「どうなのかしら。自分でもよくわからない・・・って、ゆいちゃ、私に何言わせようとしてるの? 私はさとるくんが好きなんだからねっ・・・」
「うぃぃ、ごめんなさい」
のんのんがゆいちゃの両頬をつまんでいた。
ぷにぷにして、ハムスターみたいになっている。
「悩みといえば、私たち、登録者数も伸びてるし、コメントだって多いのに、どうしてまだワンマンライブができないのかしら? どうしよう、このまま人気が無くなっちゃったら」
りこたんが俯きながら言う。
「大丈夫だよ。りこたんはいつも可愛いから! りこたんの可愛さは不滅、絶対ずっとファンでいる」
「ありがとう。結城さん」
「わっ」
りこたんが結城さんに抱きついて、頭を撫でていた。
「結城さん、酔っぱらってるりこたんって結構面倒なので、簡単に絡まないほうがいいですよ。テンション高くなったり、ネガティブになったり繰り返すんです」
「はは・・・了解」
「だって、悩みが尽きないんだもん。私だけダンスも歌も遅れちゃって、空回りしちゃうし、何にも器用にできないし」
「そんなことないって、りこたんの一生懸命はちゃんと伝わるから」
「でも・・・でも・・・・」
「大丈夫。りこたんは努力家で頭がよくて・・・えっと、好きになる要素しかない」
「そうかな・・・ちゃんとできてると思えなくて」
りこたんがネガティブモードに堕ちてしまった。
結城さんが戸惑いながら、必死に慰めている。
「いつもこんな感じなんですよ」
「なるほど・・・ゆいちゃだけ、いつもシラフなら大変じゃない? 自分もお酒飲みたいって思わないの?」
「3人見てたら、全然思いません」
ゆいちゃが堂々と言っていた。
「・・・・・・・・」
確かにな・・・。
唯一、ゆいちゃが一番まともな状況になるとは。
「すぴーすぴー・・・ぐが・・・すぴー」
あいみんはいびきかいてるし。可愛いけど。
「ゆいちゃも、本当は好きな人がいて隠してるのよ」
「ええっ? いないですって」
「顔にそう書いてある」
のんのんの目が座っていた。
「私に恋愛はまだ早いです。大好きなのはゴリラですから」
「ゆいちゃってゴリラ好きだったの?」
「あれ? 言ってませんでした? 上原動物園のゴリラのウッホくんが好きなのです。とっても強そうでかっこいいじゃないですか。だからゴリラの被り物つけてるんですよ。ミニゴリラになりたくて」
胸を張って言う。
「えっ」
辻褄が合うけど、初耳だった。
「ゴリラみたいな王子様が現れたら、すぐに恋に落ちる予定です」
手を組んでウットリする。
「へぇ・・・頑張って、見つかるといいね」
「はい。きっと、ライブ会場に颯爽と現れるんです。それで、私の推しになってくれて、あとはあとは、ツーショも撮って・・・・」
「・・・・・・・・」
あいみん爆睡、りこたんはネガティブ、のんのんもうとうとしている。
ツッコミ不在ってきついな。
「とにかく、かっこいいゴリラの王子様と出会うのです」
ゆいちゃがおとぎ話のような理想の出会いを語っていた。
ゴリラの王子様ってワードが強くて、何も入ってこない。
結城さんと目が合った。
無言で頷く。
そうだよな。この空間、インシデント発生してるような状態だよな。
決定的なバグがなくて、なんとなく動いてるシステムって感じだ。
「そういえば、磯崎君がバイトの話をするって、なんだか新鮮だね」
「まぁ、入ったばかりだったし、あんま話すこともなかったっていうか」
「いい練習になったんじゃない?」
「練習っていうか・・・安月さんがこんな風になったらどうにもできないけどね」
あいみんが目をこすりながらむくっと起きた。
「今、私のコイバナセンサーが反応しました」
あいみんが酔った目できょろきょろしていた。
そのセンサー、若干タイミングずれてる。
今、結城さんとインシデント解消して通常の流れに戻そうとしてたのに。
「すべてはちゃんと聞いてたの。のんのんが、ゴリラの王子様と、幸せな告白をして、りこたんが悲しむ話でしょ?」
「全然違う違う。いろんなの混ざってる」
「むぅ・・・・」
あいみんがぷくっと頬を膨らませて、こちらを見上げてきた。
「さとるくん、私が寝ている間に何かあったの?」
「あったっていうか、部屋が混沌としていたっていうか・・・」
ぐぐっと前のめりになってきた。
「楽しかったってことだ。私が寝てる間に・・・もうっ・・・・何かしてたんでしょ」
ふらふらしている。
「誤解だって。みんな酔っちゃったんだよ」
「じゃあ、ちゅーしてくれたら許してあげる」
「は!?」
「えっ!?」
結城さんと同時に声を出した。
「り、りこたん、止めなくていいの?」
「あいみん、悪酔いするとキス魔になっちゃうのよね。ふふふふ」
「私が被害者にならなくてよかった。だって、面倒なんだもの」
「えっ・・・・・・・」
りこたんとのんのんまで、ずれてる。
「ちゅうするまで許さないからね。女性がたくさーんいるバイト先にの飲み会に行っちゃうし・・・酔っぱらって、誰かとちゅうしてくるかもしれないじゃない」
「そんなにいないし・・・てか、俺未成年でお酒飲めないから」
「いいの。ちゅうー」
とろんとした目でちゅうっと口を窄めてくる。
お、俺だってしたいけど・・・。
でも、こんなところで・・・キスとかそんな簡単にできるもんじゃないし。
ゆいちゃがすっと近づいてきて、手でキツネの形を作る。
「はい、ちゅうですよー」
「ちゅう」
あいみんが、ゆいちゃの手にキスをしていた。
「ふぅ・・・満足した。おやすみなさい」
また、くたーっとじゅうたんに寝ころんでいた。
口が半開きのまますやすや眠っている。
ゆいちゃがあいみんの枕を直してから、料理の前に座っていた。
手際がいい。
「あいみさん、こうなっても全然記憶にないんですよ。というか、りこさんものんのんも記憶が無いです」
りこたんが機嫌がよくなって、結城さんに絡んでいた。
のんのんはソファーに寄り掛かりながら鼻歌を歌っている。
「そうなの?」
「はい。明日になれば、ぱぁっと忘れてますから」
思いっきり動揺してしまった。
心臓がバクバクして、破裂するかと思った。
「もちろん、こうなったあいみさんも可愛いんですけどね」
ゆいちゃが手のキツネをパクパクさせた。
「さとるくんとあいみんがキスするのはまだ早いです」
「そんなつもりないってば」
「フフ、それはどうかな?」
「・・・・・・」
じとーっとした目で見てから、笑われた。
結城さんと目が合って、ぱっと逸らされる。
勢いでキスしなくてよかったな・・・自制心が無きゃ危なかった。
軽蔑されるところだった。
ゆいちゃがいなくて、自分にアルコールが入っていたら、キスしてしまっていたかもしれない・・・。
だって、可愛いんだから仕方ないって。
うーん・・・アルコール、恐るべし・・・。




