60 結城家の兄妹関係
「あ、磯崎君、次授業ないの?」
大学の食堂でパンをかじっていると、結城さんが話しかけてきた。
さりげなく、リュックにりこたんのアクキーを付けている。
「今日はもう終わり。あとは帰って遅番のバイト」
「忙しいね」
「まぁ、GW全然シフト入れなかったから。これからは、あいみんの配信が無い日にガンガン入れていこうと思って。グッズももっと欲しいしな。勉強をおろそかにしない程度に」
「そっか。磯崎君ってなんのバイトしてるんだった?」
「居酒屋だよ。シフトも学生に配慮して組ませてくれるから、いいところなんだ。最初はメニュー覚えるの大変だけど、3回くらいで慣れてきたかな」
「へぇ、私もバイトしようかな? したことないんだよね」
結城さんが隣に座ってくる。
「なんかやってみたら? 社会人になれたって気分になれるよ。お金も稼げるし、推しのグッズだってたくさん買え・・・」
すっと、食堂の窓にスーツを着た男性が通っていくのが見えた。
啓介さんに見えたけど・・・平日だし、ここは大学だし、気のせいだろう。
就活生も多いし、スーツと言えば啓介さんみたいな思い込みが染みついてるのかもな。
こんなところまで来るわけないし。
目を擦って、何回か瞬きをする。
「ん? どうしたの?」
「いや、ちょっとGWの緩みが抜けないっていうか・・・」
「私もだよ。りこたんとあんなに楽しい時間を過ごせたんだもん。嬉しくて、はぁ、今思い出しても・・・はぁ」
結城さんがスマホのロック画面のりこたんを見ながらため息を付いていた。
「反響もよかったし、またできるといい・・・」
スーツの男性が真っすぐ近づいてくる。
どう見ても、啓介さんだ。間違いない。
「さっきから、どうしたの?」
「・・・ねぇ、今後ろから来てるの啓介さんだと思うんだけど」
「え?」
結城さんが振り返ると、ばっとこちらを向きなおした。
「見なかったことにしよ」
「・・・・無理でしょ」
啓介さんが早歩きになってきた。
「みいな、久しぶりだね。GWはどうだった?」
「・・・・・・・」
「みいな」
「え?」
結城さんが心底嫌そうな顔をして、啓介さんのほうを見上げた。
「何? 急に、てか、学校にいるの? 平日でしょ? 仕事は?」
「GW出たから代休ってやつだ。ここは母校だからな、昔のゼミの教授にあいさつに来たんだ」
メガネを上げて話す。
「じゃあ、用事は済んだでしょ。早く帰って」
「啓介さん、この大学・・・母校だったんですね」
「磯崎君」
肉食獣のような視線をこちらに向ける。
「そんなことどうでもいい。俺は見たぞ」
テーブルを叩いて、迫ってくる。
「みいなとお前、どうゆう関係なんだ?」
「お兄ちゃん、ここ食堂なんだから、声の音量下げて」
サークルの集まりらしき集団が、一斉にこちらを見た。
「金曜日、みいながお前の住んでいるアパートに入っていくのを見たぞ」
「はぁ? なんでそんなこと知ってるの」
「ゆ、結城さんも音量下げて」
一人でおにぎりを食べながら参考書を広げていた生徒もちらっと目が合った。
気まずい。
「後を付いていったからだ。GPSで追跡したら、学校から違うルートを通っているのを見て、慌てて追いかけたんだ」
「後を・・・」
堂々と言っていたが、やべーやつだ
「嘘、ちゃんとアプリ切っておいたのに、どうして?」
結城さんがスマホを確認していた。
「バッググラウンドで走ってるのがもう一つある」
「そんなのウイルスみたいじゃない」
「俺が18歳の妹が心配で心配で、入れたものだ。今、SNSを使った悪質な犯罪も多いからな、仕方ない」
「どうやって切るの?」
「俺しかパスワードを知らない」
「信じられない」
愕然とした表情でスマホを見ていた。
頭がいいってすごいな。
ウイルスも啓介さんの執念には逃げ出すだろ。
「ん? それで、家までは来なかったの?」
「もちろん、そこの一線はわきまえてるよ。あの日は『VDPプロジェクト』の配信があったし、もし妹が君の家でそんなことになってたら俺はもう・・・・」
メガネをずらして、目を拭っていた。
「いやいや、無いです。本当誤解なので」
「キモ・・・引くんだけど」
「可愛い妹のためだ。多少引かれても構わない」
「多少じゃない。ドン引きよ。ストーカーじゃん」
「・・・・・」
かなり傷つくことを言われても全くダメージを受けていない。
仁王立ちしてびくとも動かなかった。
「本当に誤解ですよ。あれは、俺の家の隣に行ったんです」
「なぜ、隣の家に行く必要がある?」
「それは・・・・」
すごんできた。
やばい。墓穴を掘ったか?
「磯崎君の隣の家にVtuberのおうちがあるの。誰かは機密情報だから言えないけど・・・」
「ふむふむ」
腕を組んで頷いていた。
結城さんが説き伏せるように話す。
「女子5人で、『VDPプロジェクト』の6時間配信を見てたの。わかった? 変なことは何もないでしょ?」
「その場に磯崎君はいなかったのか?」
「えっと、俺は・・・」
こうゆうときの嘘って本当に苦手なんだよな。
「磯崎君は買い出しを手伝ってくれたの。それだけ」
「なるほど」
「・・・・・・」
結城さんの話だとすぐに呑み込むんだよな。
「誤解していたようだ。ごめんね、磯崎君」
「はぁ・・・・」
ネクタイを直して、急に社会人っぽく接してきた。
いや、社会人なんだけど。
「みいなは俺に嘘つかないんだ。いきなり、こんなに疑って申し訳なかった。大人げなかったね」
「・・・いえ・・・・」
思いっきり、嘘言ってるけどな。
結城さんがスマホを触って聞いていないふりをしている。
「結城さん、啓介さんと同じ大学に入ったんだね」
「偶然ね。偶然」
ツンツンしながら話す。
「昔はこんなんじゃなかったのに・・・ブラコンって言われるほど、俺の後を付いてきて、勉強も俺が教えたほうがわかりやすいって言ってくれて。大学も同じところを目指すって聞いたときは、やっぱり妹ってかわいいなって・・」
「・・・・・・」
「その話前したし、もうしないで。あと、用が済んだら帰って。いちいち迷惑だから」
わかる。琴美もそうだった。
推しのおかげで、大分心の距離は近づいたけどな。
また、いつごみを見るような目でキモいって言われるかわからない。
そうだ。推しといえば・・・。
「啓介さんも配信見たんですか?」
「もちろん、りこたんのためにリアタイした」
空いてる椅子を持ってきて座り出した。
「じゃ・・・じゃあ、ツイッターも?」
「もちろんスパチャも投げたぞ。りこたんにコメントを読んでもらえたんだ」
「え・・・?」
結城さんの表情が徐々に和らいでいく。
「スパチャ投げたの? お兄ちゃんすごいね」
「そんな大した額じゃないけどね」
「でも、すごいよ。りこたんにコメント読んでもらえたなんて・・・きっと喜ぶから、りこたんにも言っておくね。お兄ちゃんだって気づいたかな? 気が付かなかったかも」
霧が晴れたように明るくなった。
「いつも完璧なりこたんが、ババ抜きで悩んでたり・・・あ、なんといっても配信者への愛の告白・・・」
「はぁ・・・私も、そこはびっくりしちゃって」
啓介さんが素早くアイパッドを出して、配信のアーカイブを映していた。
りこたんの告白のところで止める。
『今日は・・・こんな遅くまで付き合ってくれてありがとう。大好き。あー恥ずかしいっ』
頬を手で隠しながら、部屋を二週周っていた。
確かに可愛いな。これは・・・。
「はぁ・・・・・」
結城さんと啓介さんが同時にため息を付く。
「推しって尊いな」
「うん。尊いのが推しなんだよ」
「同感だ」
噛みしめるように頷いていた。
「あとね、あとね、りこたんのここの部分も・・・」
「わかるわかる。この失敗したときの表情と仕草ね。可愛いのに品があって何ともいいというか・・・」
「さすがお兄ちゃん。よくわかってるね」
結城さんのテンションが上がってきて、啓介さんと盛り上がっていた。
りこたんの名前を連呼するたびに周囲の視線が痛いんだけど・・・。
2人は全く気にしていないようだ。
似たもの兄妹だよな。本当・・・。




