58 配信終了オフモード
『みんなのおかげでトレンド入りできました。すごいね、3位だって。ありがとう、夜の背景さんありがとう、クラリさん、え、こんな時間まで友達と見てたの? いいね、ありがとう』
あいみんがコメントを読み上げていた。
『焼き芋さんもありがとうございます。あ、スパチャも、ありがとうございます』
『ゆい、寝ちゃ駄目よ。ほら、挨拶だから起きて』
『むぅ・・・起きてますよぉ』
のんのんが座ったままうとうとしているゆいちゃを揺さぶった。
目がほとんど開いていない。
『改めてみなさん、ありがとうございました。せーの』
『今後も私たちをよろしくお願いします』
りこたんの掛け声で、4人が配信が頭を下げて手を振っていた。
カーテンの隙間から朝日が漏れている。
6時間配信、すごいな。
お疲れ、とコメント欄に打っていく。すぐに流れてしまったけど、見えたかな?
配信はもちろん、ツイッターも応援するコメントで溢れていた。
面白いツッコミする人とかもいて、すぐに拡散されてトレンドにも上がっていた。
アイパッドの配信が途切れて、モニターに終わった後のみんなが映る。
『わぁ・・・疲れた。けど、楽しかったね』
『そうね。こうゆう突発的なの、これからも企画してもいいかも』
『のんのんが珍しく乗り気だ』
『もちろん徹夜は肌に悪いから避けたいところだけど、でもこんなに応援してもらって、嬉しいなって』
『相変わらずツンデレだなぁ』
あいみんがにやにやすると、のんのんが照れながらツンとしていた。
『みんな頑張ったね。日本のトレンド3位なんて、すごいし、同時接続だって1万のときあったもんね。ふぁあ、さすがに眠いけど』
りこたんがあくびをしながら嬉しそうにしている。
4人を眺めながら、ペットボトルのお茶を飲む。
全然、眠くならなかったな。
あいみんがAIロボットくんにいじられたり、りこたんの配信者への告白、ゆいちゃのアニメのモノマネもあって、終始楽しかった。
ずっと仲良くわちゃわちゃしているだけなのに、4人のいいところが詰まった配信だった。
コメントもたくさん読み上げていたし。
こんな配信できるVtuberは『VDPプロジェクト』の4人しかいないだろうと思って眺めていた。
「結城さん?」
「すぅ・・・すぅ・・・」
後ろを振り返ると、結城さんが熟睡していた。
ずっと寝ている。
まぁ、緊張と疲れもあったんだろう。
そろそろ結城さんを起こして、俺も部屋に・・・。
『あっ・・・・ゆいちゃ、もう・・・』
『あいみんさんの、おっぱい柔らかいです。ふかふか』
「!」
秒でモニターの前に座り直す。
ゆいちゃが寝ぼけながら、あいみんに抱きついて胸を揉んでいた。
『ん? あいみん、胸大きくなった?』
りこたんがまじまじと見つめていた。
『へへへ、そうかな? あっ、ゆいちゃ揉むのは駄目だってば。反応しちゃうから』
『え、あいみんって黒の下着付けてるの? 肩ひもが見えちゃったんだけど・・・意外かも・・・』
『紺色だもん。紺色の下着をつけると、スタイルが良くなるって、なんかの掲示板で見たの』
『そうゆう変なこと信じるんだから』
『あいみんさんのおっぱい・・・』
あいみんのささやかな胸がゆいちゃの手で揉まれている。
「・・・・・・・」
やばい。すごい状況だ。
もう完全にみんなオフモードだ。
みんな眠いのか、俺が見ていることに気づいていない。
『もう、ゆいちゃってば、完全に寝ぼけてるし』
『これは覚えてないやつね』
『んっ・・・ゆいちゃ、なんか今日いつもより力が強いんだけど』
『疲れていると人っておっぱいを強く求めるらしいわ』
りこたんが真剣に話していた。
『ゆいちゃに揉まれれば、あいみの胸だって大きくなるかもよ?』
『のんのんまで、意地悪言うんだから。ゆいちゃ、自分のおっぱいで我慢しなさい』
「・・・・・・・」
バグってるだろ。こんなの・・・。
今、見ちゃったし、てか、目が離せないし。
もうここまで見たら、話しかけられないんだけど・・・どうしよう。
隣の家に帰るにも、結城さんをここに置いて? ってなるし。
『あっ、もしかしてさとるくん見てるんじゃない?』
「!?」
『!?』
咄嗟にモニターから離れる。
やばい。りこたんに気づかれた。
って、俺は何も悪いことしていないんだけど。
見ちゃいけなかったよな。
推しが胸揉まれるとか・・・紳士的な推し事を掲げているのに、誘惑に負けてしまった。
とりあえず、床に寝ておこう。
自然に自然に・・・何も自然じゃないけど。
『むむ・・・ちょっと、確認してくる。りこたん、ゆいちゃをよろしく』
ゴソゴソ ゴトン
あいみんがモニターから出てくる音がした。
「結城さん・・・あれ? さとるくん?」
「・・・・・・・」
全力で寝たふりをしていた。
「わぁ・・・寝ちゃったのか・・・ん? さっきコメントでお疲れって見かけたような気がしたんだけどな」
「っ・・・・」
こんなときに、お疲れコメントが裏目になるとは・・・。
「さては、お疲れも半分寝ぼけて打ってたな?」
「・・・・・・」
「へへへ。なんだかんだ強がってたけど、さとるくんも疲れてたんだね。起きてたら、ちょっと私のレアなオフを見られたかもしれないのに、残念残念」
ほっとしたように話していた。
・・・・・ばっちり見たんだけどな。
あいみんがプラス思考でよかった。
「あっ・・・さとるくん大丈夫?」
のんのんの声がする。
「寝ちゃったみたい。さとるくん、起きて。風邪ひいちゃうよ」
「ん? あぁ・・・」
目を擦りながら体を起こす。
全力で、寝起きの演技をしていた。
「ごめん、寝ちゃって。でも配信は見てたから」
「わかってる。さとるくん、いつも私を応援してくれてるもんね」
「私たちを応援してるのよ」
のんのんが腕を組んでこようとすると、あいみんがぐいっと間に入ってきた。
「はっ・・・配信は?」
結城さんがバッと起きてきょろきょろしていた。
「ふふふ、結城さん寝ちゃったのね?」
「り、りこたん」
りこたんがモニターから出てきた。
静電気でぐちゃっとなった髪を、整えている。
「おはよう、結城さん。よく眠れた?」
「ごめん、途中まで起きて応援してて、あれ・・・いつから寝ちゃったんだろう?」
「全然気にしないで。だって、授業終わった後に、夜通し配信だなんて、リアタイできなくて当然だもの。応援してくれてる気持ちだけで十分」
「あ・・・・ありがとう、りこたん」
りこたんが微笑むと、結城さんがメガネを直していた。
「りこたん、さとるくんも寝ちゃったんだよー」
あいみんがりこたんの服を引っ張っていた。
「そうだったの? 珍しい」
「リアタイしてたんだけど、途中で眠くなったりしてて・・・さっき、寝てたみたいで・・・」
頭を掻く。
全然、眠くなったりしてないけど。
むしろ、さっきが一番冴えてた。
「寝てないアピールとかするもん、男子ってやっぱり子供だね」
「あはは・・・・」
あいみんがにんまりしていた。
紺色のブラジャーって・・・駄目だ。忘れよう。
何も聞いてない。何も見なかったんだ。
「ん? さとるくん、本当に寝てたのかな?」
「えっ」
「だって、まだ椅子が温・・・」
りこたんが言いかけてハッとした。
パソコンの椅子の背もたれに手を置いている。
そっか。さっきまで座ってたから、体温が残って・・・。
「ん? どうゆうこと? まさか、さとるくん寝たふりしてたんじゃ・・・」
「い、いや、違・・・・」
「見てたの? さっきのやり取り」
あいみんの頬が少しずつ赤くなっていく。
「ふふ、冗談よ。ごめんごめん。疲れが溜まってたもんね」
りこたんが、椅子からぱっと手を離す。
「あぁ・・・うん・・・・」
ギクシャクしながら返事をする。
「はぁ・・・よかった」
「え?」
「な、なんでもない。もっかい寝ていいよ。配信終わったから」
背中をとんと叩かれた。
りこたんがくすくす笑っている。
全部わかってて、楽しんでるな?
「結城さん、眠かったら、まだ寝ていってもいいよ?」
「じゃあ、お言葉に甘えて、少しだけ配信のアーカイブ見てまったりしていこうかな? あいみんの部屋、なんかリラックスできて」
「そう? そう? 嬉しいな」
左右に揺れていた。
「ゆいちゃは寝ちゃったけど、私はまだ眠くないし、結城さんとここで配信のアーカイブ見ようかな?」
「私もそうする。さっきまで眠かったのに、目が覚めちゃった」
あいみんがソファーに座っていた結城さんに近づいていった。
結城さんがアイパッドを開いて、配信のアーカイブを映す。
「そうそう、ここですぐ負けると思わなかったの。あいみんがジョーカーのほうに目をやっちゃうから」
「え、そうだったかな? あーここ、こんな感じで映ってたんだ」
「コメントにもあった通り、りこたん顔に出すぎ」
「そう? んー、ちゃんと誤魔化せたと思ったのに・・・」
きゃっきゃしながら、3人が結城さんを囲んで話していた。
なんとか、つっこまれずに済んだ。
あいみん・・・紺色のブラジャー・・・。
徹夜明けの朝なんだけど、全然眠くないな。
 




