54 健全なオタク
「結城さんは大学のサークル、どこに入るか考えてるの?」
「ううん。りこたん推しの活動して、勉強してサークルも入るってなると難しいなって思って。他大の友達はみんなサークル入ったみたいなんだけどね。磯崎君もそうでしょ?」
「まぁな。俺も両立はさすがにきついよ。あいみんを推すだけで充実してるし、別にサークルはいいかなって」
結城さんと俺の家に向かっていた。
・・・じゃなくて、俺の隣のあいみんの家に向かっている。
「りこたん推しツイッターアカウントのフォロワーも、ここ最近で一気に増えたの。配信ライブのリアタイもコメントが早くて追いつけないくらい」
「あいみんもそうだな。すごい人気。昔はコメント見つけてくれたんだけど、今じゃ全然見つけられないって」
「りこたんも同じこと言ってた」
結城さんが楽しそうにしていた。
「ね。私たちって、みんなの役に立ててるのかな? ほんの小さなことしかしていないけど、少しでもりこたんの力になれたら嬉しいな」
横断歩道を渡る。
結城さんは週1回ペースでDBから抜いてきたデータを集計して、グラフを作成していた。
『VDPプロジェクト』のモチベーション維持になれば、と話していた。
他のVtuberもチェックしているみたいだし、どうすればりこたんの良さが広まるか、いつも真剣に考えている。
本当に、りこたんのために時間を費やしてるんだよな。
努力のオタクだと思う。
「ところで、磯崎君っていつもあいみんが家に来たりしてるんでしょ?」
「まぁ、隣同士だから、何かと来ることが多いよ」
「ふうん・・・」
結城さんがちょっと歩くペースを緩める。
「二人って付き合ってるの?」
「え!?」
何もないところで躓くところだった。
「どうして急に? つ、付き合うとかないよ」
「別に、私は秘密で付き合ってたとしても口外したりしないけど。だって、いつも男女が部屋を行き来してるし、実は付き合ってるのかな? って思ってた」
「違うって。ゆいちゃもりこたんも来ることあるし、あいみんだけじゃないって」
あいみんの来る頻度は一番高いけど。
「でも、磯崎君が推してるのはあいみんなんでしょ?」
「そりゃ・・・そうだけど」
「あいみんも20歳でしょ? 子供じゃないんだし・・・お兄ちゃんが夜中に推しが家に来たら、もうそれは付き合ってるってことだって言ってた」
啓介さんか・・・。
どおりで、嫉妬も入ってるような言い方だと思った。
「本当に違うって、俺は健全に推してるだけだから」
「そっか・・・磯崎君がそういうなら信じてあげるよ。りこたんと付き合ってるわけじゃないもんね」
「結城さん、りこたんと誰かが付き合ってたら嫌なの?」
「えっと・・・なんかもやっとしちゃうかな。りこたんが幸せならいいんだけど、でも、りこたんが遠くに行っちゃったような感じで」
「へぇ・・・じゃあ、例えば、啓介さんとりこたんが付き合ったりしたら? お兄さんとかなら別にいいんじゃない? 別に遠くなるわけじゃないし」
「うわっ・・・」
あからさまに嫌そうな顔をする。
「お兄ちゃんが? 無理無理、想像するだけで鳥肌立つ。絶っっっっっ対、ありえない。お兄ちゃんと絶縁する」
「・・・・・・・」
少し怒ったような口調になっていた。
たとえ話なのに・・・絶縁って言われたら、啓介さん泣くだろ。
同性でも嫌なものなのか。
まぁ、俺の場合はあいみんが他の男と話してる想像するだけで嫌な気分になるな。
XOXOのハルとか。ハルとかハルとかな。
「ここがあいみんの家なの?」
「そうなんだけど・・・あれ?」
呼び鈴を鳴らしても誰も出てこなかった。
ドアをノックしても反応がない。
「おかしいな、いつもならすぐに出てくるのに・・・」
「連絡してみよっか? あ、ごめん。りこたんからDMが入ってた、えっと・・・」
結城さんがスマホをスクロールしながら言う。
「AIロボットくんが体調壊しちゃったから、2時間くらい遅れるって」
「え? AIロボットくんが体調壊すって・・・大丈夫なの?」
「・・・・ロボットだしね。どうゆうことだろ・・・」
ウイルスかバグとかじゃねぇの?
人間じゃないし・・・。
「・・・一応、大丈夫だって書いてあるよ。りこたんが大丈夫って言うなら大丈夫なんだよ。だってりこたんだもん」
結城さんが自信を持って言う。
「2時間か・・・ここに突っ立ってるわけにはいかないし。俺んち来る?」
隣の家を指さす。
「あ、嫌だったら、ファミレスとか結構離れたところにあるけど」
「・・・・2時間くらいだもんね。じゃあ、お言葉に甘えようかな」
「・・・・・・・」
まさか、自分の家に大学の女子を連れてくることになるとはな。
女子を家に呼ぶ奴はリア充とばかり思っていたけど・・・。
「おじゃまします・・・」
結城さんがそっと入ってくる。
「あれ?」
「ん?」
「磯崎君って綺麗好きなんだね? もっと、あいみんグッズで埋め尽くされてるのかと思った」
驚いたような表情で壁を見ていた。
「私のりこたんグッズのほうがすごいかも・・・」
「推しが来るのに、推しグッズを並べられないだろ。ほら、グッズならここに全部収納してある」
「え・・・・」
ちょっと、競争心に火がついていた。
クローゼットを開く。
飛び出てきそうになった、あいみんのクッションを押し込んだ。
貧乏学生だから、本当に少しずつ集めるしかないんだけどな。
結城さんもかなりディープなりこたんグッズを持っていたし、どれだけ推しているか証明するような気持だった。
「集められるだけ、集めてる。今後はバイトもしてるし、もっと増える予定だけど」
「磯崎君・・・こ・・・これは・・・・」
結城さんの足元に、あいみんの同人のタペストリーが転がった。
下着姿のあいみんが、目を逸らしながら右胸を見せているやつだ。
「違っ」
俺が持っているグッズの中で一番エロいやつだった。
慌てて拾い上げる。
「これは・・・違うんだよ。ほら、まだあいみんが来る前で、あいみんのグッズをなんでも買ってた時期があって・・・見つけたらなんでもクリックしてて・・・たまたまで・・・」
「・・・・・・・・・」
動揺しすぎて、自分でも何言ってるのかわからない。
タペストリーを雑に置いて、クローゼットを勢いよく閉めた。
「んっと・・・私もりこたんの同人で、ここまでじゃないけど、似たようなの持ってるから大丈夫だよ・・・」
「その・・・あいみんには」
「もちろん黙っておくよ。ただ、磯崎君もやっぱりそうゆうの好きなんだなってちょっと驚いただけで」
結城さん目を丸くしていた。
ぎこちなくなりながら、絨毯に座る。
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・えっと・・・・」
気まずくなってしまった。
健全な推し側だということをアピールしただけ余計にな。
「そ、そうそう。XOXOのライブどうだったの? 妹さんと行ったんだよね?」
「よかったよ。3Dホログラムとか使ってて、技術もすごくてさ。琴美なんて号泣しちゃって」
「いいな。私もりこたんのライブ見たら号泣しちゃうだろうな・・・」
結城さんがペットボトルのお茶に口を付けていた。
「今度、結城さんもXOXOのライブ行ってみたら? 意外とはまるかもよ?」
「私はいいのっ。りこたんがいるから」
「同性と異性じゃ別だろ? 行ってみたら案外そっちにも、はまるかもしれないし」
「ふうん。じゃあ・・・そんなに勧めるなら、あいみん誘って行っちゃおうかな」
「っ・・・・・」
咽そうになった。
「冗談だってば。そんなことしたら、磯崎君、簡単に傷ついちゃいそうだし」
「・・・・・・・」
「りこたんの動画見て待ってようかな」
アイパッドを出して、りこたんの動画を開く。
なぜか、結城さんが不機嫌だ。
まぁ、あいみんのあんな姿のタペストリー見たら、普通に引くよな。
同性ならなおさら・・・。
「おっじゃましまーす」
あいみんが元気よく家に上がり込んできた。
結城さんが、そっとアイパッドを閉じる。
「はっ・・・結城さんとさとるくんが二人っきりで?」
あいみんがわざとらしく言う。
「待ってたんだよ。あいみんの家開いてないから」
「そうだったね。ごめんごめん」
笑いながら、ころころ表情を変えていた。
やっぱり、実物が一番だな。
「結城さん、来てくれてありがとう。隣の家にみんな集まってるから、あのね、『VDPプロジェクト』のロゴの案も持ってきたの」
「・・・ロゴ?」
「そうそう、さとるくんも早く」
「あ、俺、ちょっとパソコンいじってから行くよ。先、行ってて」
立ち上がって、パソコンの電源を入れる。
「了解。そうなの。ロゴがあったほうがいいんじゃないかって。それで、結城さんの意見も聞きたいなってりこたんが」
「りこたんが? 私もあまりセンスがいいほうが無いから・・・」
「いいからいいから」
あいみんが結城さんの手を引いて、先に家を出ていく。
完全にいなくなったことを確認してから、クローゼットを開けた。
あいみんのタペストリーを見返す。
バレるかもしれない嘘ついちゃったな。これは、ついこの間、買ったものだ。
毎日あいみんが可愛すぎるから、たまらなくて購入したというか・・・。
ある意味、健全をアピールしたいくらいだった。
多分、啓介さんならわかってくれる。
でも、描かれている表情とか下着の種類とか・・・性癖全開だったな。
丁寧に巻きなおしながら、もう二度と誰かの前でクローゼットを開けないと決心していた。
 




