53 GW期間の平日
「おはよう。GWの真ん中なのに、どうしてこの授業だけあるんだろうね?」
「あ、結城さん。おはよう」
結城さんが隣に座ってきた。
「平日なんだけど・・・・他の講義が休みだから、この授業も休みになると思ってた。磯崎君からDMが来なかったら、完全に忘れてた」
早く来過ぎたのか、GWの週だからか、ほとんど人がいなかった。
「人工知能のための数学入門な。先生が来月、研究発表で1日休講になるから、仕方ないけどさ」
小さくあくびをする。
昨日、琴美は帰って行ったし、あとは残りのGWの土日を楽しむだけだ。
「妹さん来てたんでしょ?」
「あぁ、疲れたよ。りこたんから聞いたの?」
「うん。XOXOのライブも行ってきたって」
「そうだった。約5日間も琴美の面倒見てたから、初日がはるか昔のことのように思えるよ」
結城さんがくすくす笑っていた。
「お兄ちゃんって大変だね」
「そうだよ。結城さんも啓介さんを大事にしてよ」
「私はお兄ちゃんに優しいから大丈夫」
啓介さんの反応を見ると、あまりそうは見えなかったけど。
まぁ、啓介さんも結城さんに貢いで幸せそうだったからいいのか。
「そういえば、啓介さんってGWみたいな長期連休ってどこか行くの? なんか社会人になったら、旅行とか行くイメージだけど」
結城さんが眉をぴくっとさせる。
「・・・・なんかGW前々日くらいに、システム障害起こったみたいで・・・」
「うわっ・・・」
「本当、私なんて貰い事故で・・・。泣きながら、りこたんのグッズ持って家に来たんだよね。タペストリーもマグカップも持ってるやつだったし・・・受け取ったけど」
「・・・・・・」
受け取ったんだ。
「家で3時間仮眠取ってから会社に行く、で、変な時間に来て仮眠取って行くみたいな感じで・・・心底邪魔だったんだけど、泣かれるから・・・」
「・・・・・・・・」
ごくりと息を呑んだ。
可哀そうだろ。色々と。
妹が来て鬱陶しいなんて、生ぬるかったわ。
「全然GW満喫できなかった。本当、りこたんの配信もお兄ちゃんいたら全然集中できないし」
「はは・・・・そう・・・」
なんか自分が言われている気分になった。
俺も社会人になって、啓介さんみたいになってたらどうしよう。琴美にハルのグッズを貢いで・・・とかな。
パソコンを起動しながら、変な危機感を持っていた。
「お兄ちゃんに彼女でもできないかな。いつまで来るんだろう・・・まぁ、あの感じだと当分無理そうだけど。彼女にも迷惑かけそうだし」
「えっと・・・・」
話題を変えよう。
「そうそう。琴美の友達がね、Vtuber目指してるんだ。声優目指しててね、Dプロダクションのオーディションからスカウトされたんだって」
「え?」
結城さんが、メガネをくいっと触る。
「大人気Vtuberナナカツの、あの?」
「そう。まだ女子高生なのにすごいよな。配信機材は全て会社で貸与してくれるらしいし、イラストとかもプロが書いてくれて、本格的なVtuberとしてデビューするらしいよ」
「い・・・いつから配信なの?」
「あ、聞いてなかった」
上京して・・・となると、来年になっちゃうし・・・。
いつなんだろう。聞いた感じ直近でもなさそうだったけど。
「今度、聞いてみるよ」
「うん、Dプロダクションかぁ・・・なんかVtuberが身近ってすごいね。りこたんもそうなんだけど・・・『VDPプロジェクト』だって、結構浸透してきてるんだから。HPの閲覧数びっくりするくらい伸びてるよ」
「マジか、それは嬉しいな」
栄養ドリンク飲んで、頑張って作った甲斐があった。
もちろん4人の影響力があってのことなんだけど・・・結果が目に見えるって大事だよな。
「そういえば、最近上位になってるまほろんって知ってる?」
「あぁ、猫耳のVtuberだろ? 3人姉妹って設定だよな? 配信は見たことないけど」
「そうそう『けもけもランドのまほろん』ね・・・えっとね・・・」
アイパッドを出して、スクロールしていた。
ケースに付いたりこたんのステッカーが新しくなってる・・・ってことは啓介さんの貢ぎ物か。
「ほら・・・GW中の12時間配信でトレンド入りしたんだよ」
「12時間も!? な・・・なんの配信で?」
「ホラーゲーム配信。夜中の配信なのに多い時で1万人リアタイしてたんだよ」
「ま・・・マジか・・・そんなに楽しいの?」
「GWだから子供が多かったのかな。スパチャの額は少なかったけど、かなり話題になってたよ。今までVtuberに興味が無かった人も、興味を持ちだしたみたいで」
「へぇ・・・・・」
音は消して眺めていた。
ホラーゲーム自体はぞくぞくするけど、3人の表情がいちいち可愛い。
1人がいびきを掻いて寝てるところを、解説の子が驚いて起こしたりして面白かった。
もちろん、あいみんのほうが可愛いけど。
「Youtuberも、GWに配信増やしたりしてたし、『VDPプロジェクト』も何かすればよかったのかな? って思ったの」
「そうだな。まぁ、あの4人はみらーじゅ都市にいるし、GWって考えも持ってなさそうだったな」
「ツイッターのDMでりこたんに聞いてみよっか? GW企画配信するかどうか・・・。今、磯崎君と学校にいるんだけど・・・と」
「GWって、まぁ、あと土日しかないけどね・・・」
ちらほら人が来ていて、少し声を潜めた。
「あ、すぐ返信が・・・やりたいって」
「え・・・・・・」
結城さんと顔を見合わせる。
「やりたい・・・ってことは、多分だけど、今決めたんだよな?」
「そうゆうことかもしれないね・・・りこたんはともかく、ゆいちゃとあいみんが傍にいたら・・・」
「言うだろうな」
結城さんがアイパッドを畳んで、鞄に仕舞う。
スマホがブルっと鳴って、あいみんからDMが入っていた。
「GW企画配信ってどうゆうことすればいいの? ってきたんだけど」
「こっちからりこたんにまほろんの配信のURL送っておくね」
俺 →(DM) あいみん ⇔(会話) りこたん →(DM) 結城さん ⇔(会話) 俺
で、大学にいるときは、会話するのが当たり前になっていた。
ややこしいけど、仕方ない。
キーボードを避けて、ルーズリーフを出す。
「見ておくって」
教室が、しんとしていて、自然と口だけ動かして話していた。
時計を見ると、開始時刻になっていた。
「あとは、講義が終わってからで・・・・」
「了解・・・」
しばらくすると、ぼさぼさ頭の先生が、頭を掻きながら入ってきた。
授業が終わって、教室から誰もいなくなるのを待っていた。
女子と話しているのを見られると、リア充だと思われるんだよな。
この講義取ってるの、ほとんど男しかいないし。
「磯崎君、ノート取り終わった?」
「まぁ・・一応・・・・」
周囲を見て、ほとんど人がいなくなったのを確認してからノートを閉じた。
「すごく丁寧にノート取るよね」
「この講義、結構興味のあることだからさ。普段はこんなにちゃんと取らないよ」
結城さんがスマホを確認していた。
「りこたんから、私たちも夜中配信したいって、4人で」
「あいみんからも・・・・」
ハートマーク付きで来ていた。ちょっと、ドキッとした。
「でも、なんの企画で?」
結城さんと同時に言う。
4人とも人気Vtuberなんだけど、行き当たりばったり感が拭えない。
「・・・聞いてみよう」
10秒で返信が返ってきた。
「これから相談して決めるから、今からさとるくんと結城さんも来れないかな? ってあいみんが・・・・」
「りこたんも・・・りこたんが久しぶりに私に会いたいって言ってくれてる」
結城さんが顔を覆って、嬉しそうにしていた。
「はぁ・・・推しに会いたいって言われたら、会いに行っちゃうよね。私も、りこたんに会いたかった・・・って送るのは止めておくけど」
ふひひひと笑っている。
「・・・・・・」
それって、結城さんが俺の隣の家に行くってことだよな。
あいみんたちがいるから、2人きりなわけじゃないけどさ。
「・・・結城さんは・・・今日、空いてるの?」
「うん。全然、大丈夫だよ。すっごく暇だから」
パソコンを落として、普通に返事をしてきた。
まぁ、俺の家に来るわけじゃないし。
別になんてことない話だよな。変に意識して、考えてしまった。
折り畳みの鏡を出して、メガネを触っていた。
「あー、りこたんに会うならちゃんとコンタクトにしてくればよかった」
「いいんじゃない? 結城さんはメガネも可愛いよ」
「え?」
驚いたような表情でこちらを見る。
「あ・・・ありがとう。りこたん待たせちゃうから、早くいこう」
「うん・・・・」
鏡を閉じて、俯いていた。
照れているみたいだけど、気のせいか?
そりゃ、推しに会いたいって言われたら、誰だって舞い上がるか。
「12時間って結構長いよな」
「うん・・・・6時間配信とかにしないって提案してみよっか?」
「そうだな」
半日丸々推しの時間を見られるなんて最高だけど・・・。
あいみん、最近、歌も、配信もダンスもやって頑張りすぎてる気がするからな。
まほろんみたいなゲーム配信だと、頭を使うし。
あまり4人に負担をかけない、配信方法がないか、考えていた。




