47 推しか、妹か
「琴美、ちょっとそのスカート短すぎるんじゃないか?」
「は? うっさい。お兄ちゃんはダサいから口出さないで」
母親にそっくりな目で睨まれる。
「はいはい・・・・・・」
机に頬杖を付いた。
琴美がアイドルグループXOXOのライブに行く準備をしていた。
朝から、マニキュアの匂いが臭いし、5時間前から準備してるし、服を合わせたり、バタバタしていて、せっかくのGWなのに全く休みを感じない。
「この服でいいと思う? 渋谷とか原宿歩けると思う?」
「いいんじゃない?」
派手だと思うけど、いいって言う以外の選択肢無いんだろうが。
今日1日いないだけで、ありがたいことだけどな。
琴美が出た瞬間、思いっきり推し事をしてやろうと思っていた。
「で? 何時に迎えに行けばいいの?」
「えー、友達とご飯食べて帰りたいんだけど」
「お前未成年だろ。親父からも、迎えに行けって言われてるんだからな」
「・・・・わかったわよ。19時に終わる予定」
不服そうに、化粧品を出しながら言う。
俺だって、妹のお迎えなんて行きたくないって。
今日は『VDPプロジェクト』4人のコラボ配信があるんだからな。
「じゃあ、その時間になったら迎えに行くよ・・・会場どこだっけ?」
「ZEPP TOKYOだよ。東京テレポートから・・・」
「ZEPP!?」
「ん? そんな驚くこと?」
XOXOがコラボカフェやるほどの人気があることは知っていたが、ZEPPでライブするところまでいってるのかよ。
『VDPプロジェクト』が武道館前に目指してる場所じゃないか。
わかってたけど、悔しいな。
「場所は知ってるよ。時間になったら、LINEしてくれ」
「了解」
ファンデーションのようなものを塗っていた。
別に高校生なんだから派手なメイクなんてする必要ないと思うんだけど・・・。
って言ったら、罵声浴びせられるから何も言わないけどさ。
「友達なんてこっちにいるの?」
「ツイッターで知り合った子たち2人が東京にいるの。原宿行ってから、お台場に向かう予定」
「へぇ・・・・・ちなみに、女?」
「当たり前でしょ」
「・・・・・・・」
親父が俺に迎えを頼むのもわかる。
琴美はなんか危なっかしいんだよ。
SNSを悪用した事件もあるし、変な男とかいないとも限らないからな。
それにしても、妹に甘すぎるだろ。
俺がガールズドールの佐倉みいなを追いかけていたときなんて、散々反対してたくせに。
琴美が家からいなくなると、嵐が去った後のようだった。
これが、後3日も続くのか・・・。気が重い。
GWなんて稼ぎ時なのに、バイトも入れられないし。
本当、店長が家庭事情と学生に理解のある人で良かった。
とりあえず、琴美がいない時間だけでも推しを愛でよう。
1日1回あいみんを見ないと寂しくなるんだよな。
クローゼットに隠していた、あいみんのクッションをベッドに出して・・・と。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん」
パソコンの電源を入れたとき、ピンポーンと鳴って琴美の声が聞こえた。
ん? 忘れ物か?
「どうした?」
「ねぇ、1人風邪ひいて来れなくなっちゃったの。ライブだけ来てくれない?」
スマホでLINEを開いていた。
息を切らして、こちらを見上げる。
「は?」
「だって、せっかくのXOXOのライブ、空席にしたくないんだもん。お願い」
「・・・・・・・」
目をキラキラさせて訴えてきた。
もしあいみんのライブがあって、空席ができたりしたら辛いから、気持ちはものすごくわかるんだけど・・・。
時間の無駄だよな。勉強してたほうが、ずっとマシだ。
なんで俺がXOXOのライブなんか・・・・。
「・・・・いいよ。チケット代は立て替えておいて」
「ありがとう、お兄ちゃん。ライブの時間近くになったら来てね」
「・・・・うん」
返事を聞くと、すぐに階段を下りて行った。
意思、よっわ。あれだけ文句言われたのに、ほいほいと聞いてしまう。
なんでお願いするときだけあんなに可愛く見えるんだよ。
妹の願いとなれば、悔しいが断れないんだよな。
「あ、さとるくん」
「あいみん」
隣の家のドアから、帽子を深々と被ったあいみんが出てきた。
「おはようございます。さとるくん」
ゆいちゃが後ろからひょこっと顔を出す。
珍しく、ゆいちゃがメイクをしていた。
「りこたんこっちに来るまで、遊びに行ってもいい?」
「いいよ。汚いけどな」
「わーい」
あいみんとゆいちゃがはしゃぎながら家に上がってきた。
「みんな今日はどこかに出かけるの?」
「この前テレビでやってた原宿の美味しいスイーツのお店に行くんです」
「え・・・大丈夫なの?」
あいみんが鏡の前で帽子を合わせたりしていた。
「これにこうしてサングラスをかけるから大丈夫」
首にかけたサングラスを付けたり外したりしていた。
確かに、あいみんのイメージとは程遠いな。
「気を付けてね。変な奴もいるかもしれないから」
「さっと行って、さっと帰ってくるから大丈夫です。あいみんさんもりこたんさんも変装してますし、私はそもそもゴリラの被り物を被ってますし」
ゆいちゃが小さな頬を押さえた。
「原宿までの乗り換えは大丈夫なの? JRって結構複雑だけど」
「ふふん。さとるくんと結城さんに、大学に会いに行ったりしてるからルートは覚えてるの」
「そういや、確かに、通り道だったな」
あいみんが自慢げに言った。
ゆいちゃが琴美が置いていった服や化粧道具に目を向ける。
「あれ? これ、琴美ちゃんの?」
「今日XOXOのライブなんだってな。張り切ってメイクしてこの状態だ。俺が片づけたりするとぶちぎれるからそのままにしてるんだよ」
「そうなの? すごく素直で優しそうな子なのに」
「外面だけはいいんだよ。あいつ」
あいみんとゆいちゃが顔を見合わせて、首を傾げていた。
「琴美の友達が一人行けなくなったらしくて、俺も行くことになったんだよね」
「そうなの?」
「確か、ZEPPでしたっけ?」
「そ。だから、ライブ前になったら、お台場に行ってくるよ」
「いいなー。私も行きたい」
あいみんがソファーに座って肩を揺らした。
ゆいちゃも隣に座る。
「私も行きたいです。行きたいです」
「ねー」
二人で左右に揺れている。
動画に取りたいくらい、可愛いが溢れている。
・・・じゃなくて。
「二人とも今日は4人のコラボ配信の日じゃん」
「そう!」
あいみんが腕を組んで立ち上がった。
「そんな日に限って、さとるくんリアタイしてくれないってどうゆうこと?」
ぷくっと右頬を膨らませる。
「だって・・・そりゃ、俺だってリアタイで見たかったよ。でも、琴美が心配だから仕方ない」
「んー・・・・まぁ、お兄ちゃんしてるさとるくんも悪くないから、よしとしよう」
「そうですね。妹さん思いのさとるくん、かっこいいです」
「ねー。意外な一面見れて、なんていうかくすぐったい感じ。だってさとるくん琴美ちゃんの話、全然しないんだもん」
あいみんがひまわりのような笑みをこちらに向ける。
推しに褒められると照れるな。
ドアが開いた。
「あ、やっぱりここにいた」
りこたんが、スポーティーな服装で入ってきた。
一瞬、誰かと思ったけど、声でわかった。
「りこたん、遅いんだもん」
「ごめんごめん。ちょっとこうゆう服装、着慣れなくて」
帽子のつばを直していた。
「でも似合ってますよ」
「そうかしら?」
りこたんがぎこちなく、黒髪を撫でていた。
「じゃあ、行ってくるね。ゆいちゃいこ」
「はーい。じゃあ、おじゃましましたー」
あいみんがゆいちゃと腕を組む。
「さとるくん、アーカイブ絶対に確認するんだよ。ツイッターもチェックしておいてね」
「わかってるって」
「いってきまーす」
あいみんとゆいちゃが、手を振って出て行った。
ふぅ・・・・。
やっと、一人の時間ができた。あいみんに癒されて、琴美に対する不満は浄化されていた。
待ち合わせの時間まで、ゆっくりしておくか。
ベッドのほうを見ると、ちらっとあいみんのクッションが出ていた。
さっと、血の気が引いていく。
み・・・見られてはいないよな・・・・?




