46 兄妹の欠点
「ごちそうさま。美味しかったよ」
「・・・・・・」
食べ終わった皿を水につける。
何事もなかったようにやり過ごそうとした。
「え・・・お兄ちゃん、どうゆうことなの? さっきの子との関係は? 彼女・・・なわけないでしょ?」
まぁ、無理だよな。
「・・・隣の家に、Vtuberのあいみんがいるんだよ」
「はぁ? 子供だましみたいな冗談止めてくれない?」
全然、信じてくれない。猫のしっぽでも踏んだような反応で、ものすごい睨まれた。
こうなるから嫌なんだよ。
「あいみんの動画開いてみればわかるから」
パソコンの前に座ってマウスをクリックしていく。
「ちょっと話が途中なんだけど」
あいみんのLIVE配信動画を開いて、琴美が見えるように椅子を移動する。
『今日は、じゃーん。ゲームしようと思って。こちらのホラーゲーム、一人だと怖いけど、みんなと一緒なら怖くないかな? って』
あいみんが画面内にゲームを映しながら話している。
ちょっとした物音でもびくっとしていた。
可愛らしくて見惚れるな・・・。
って、背中から感じる琴美の圧がすごくて、そんな気分になれないんだけど。
「ほら、あいみん。さっき来た子と同じだろ?」
「言われてみれば、うーん・・・声も見た目も、なんとなく似てると言えば似てるけど・・・でも、現実的にお兄ちゃんの最推しVtuberが隣の家にいるなんてありえないでしょ」
「・・・・・・・・」
まだ、納得いかないようだ。
それはそうなんだけどな。
「あ、もしかして私が来るからって、レンタル彼女でも呼んだの?」
「んなわけじゃん」
「じゃあ、もう一度あの子を連れてきて。お兄ちゃんの言う通り、隣の家にいるならすぐでしょ。なんか変な勘違いくらいは解いておきたいのよね」
爪のネイルを見ながら言う。
「・・・配信が終わったらな」
「そこまで推しのリアタイに執着するの? 私もXOXOが好きだからあまり責めたりするつもりないけど、そんなにがっついてると控えめに言ってキモいから」
「・・・・・・・・」
どこも、控えめなところないじゃねぇか。
今、あいみんはこのモニターで配信してるんだけどな・・・。
琴美がごちそうさまと言って、皿を洗っていた。
布巾で拭いて、きちんと並べていく。
会話しなければ可愛いさでカバーできるんだが、つくづく面倒な妹だ。
配信が終わったら、あいみんにDMを送ってみるか。
ベッドに寝転がりながら、XOXOのハルの動画を見ていた。
微分積分をわかりやすく説明してるらしい。
途中で笑い声が漏れていた。ノートを取っているわけでもないし、本当に勉強してるのかよ。
ピンポーン
「待って待って、髪整えるから」
琴美が座りなおして、髪を整えていた。
鏡でメイクを確認している。
広げっぱなしになっていたXOXOのグッズを布団の中に隠した。
「開けるぞ」
「いいよ」
ドアを開けると、あいみんとゆいちゃが立っていた。
二人とも、かなり緊張している様子だ。
「こ、これ、りこたんが持っていったほうがいいって」
クッキーの入った袋を渡してきた。
「上がっていいよ。妹紹介するから」
「う・・・うん」
恐る恐る家に上がってくる。ゆいちゃが靴を揃えてから、あいみんにしがみついていた。
「本当に妹さんですか? あまり似てない気がするのですが」
「まぁな。俺は父親似、妹は母親似だ」
硬直している琴美の前に、あいみんとゆいちゃを連れていく。
「あいみんとゆいちゃ。さっきも話した通り、Vtuberだ」
「本当に・・・・あいみんさんとゆいちゃさん・・・・? こんなことって・・・」
「はい、みらーじゅ都市から来た、あいみんです」
「ゆいちゃです。私と同い年なのかな? よろしくね」
二人がにこにこしながら、体を左右に振った。
「よろしくお願いします。さっきは挨拶もせず、失礼しました」
琴美が頭を下げる。
「そんなことないよ。こっちこそ、急に驚かせちゃってごめんね」
「・・・・・・確かに、さっきお兄ちゃんが映してた配信のあいみんにそっくりなんだけど・・・本当にあいみんなのね・・・・」
琴美が一生懸命自分を納得させていた。
「え? さとるくん見てくれてたの?」
「え・・・うん・・見てたよ。ゲームのやつだろ?」
「そう。面白かったでしょ?」
「うん・・・・」
「・・・・・・・・・」
ちらちらと琴美のほうを確認する。
何か考えている様子だった。
「鍵を開けて、幽霊が付いてきたときにはきゃーってなったけど」
「私なんて怖くて見てられなかったです」
ゆいちゃが目を覆っていた。
琴美がいるから全く集中できなかったんだよな。
アーカイブで見ておこう。
貰ったクッキーをテーブルに置いていく。
「・・・・お兄ちゃん・・・Vtuberのあいみんって本当に存在するんだ」
「うん。ほら、目の前にいるだろ? やっと信じたか」
「うん」
琴美が真剣な表情でこちらを見上げる。
「ってことは、まさかXOXOのハルとアキも、二人と同じように存在するの?」
「・・・・・」
鋭い。
あれだけ疑ってた癖に、秒で次の処理にいったな。
「いやいや、XOXOのことまでは全然知らないよ」
「あれ? さとるくん、XOXOのハルたちのこと話してないんですか?」
ゆいちゃが首を傾げた。
「え・・・・あ・・・と」
「どうゆうことなの? お兄ちゃん」
「・・・・・・・」
琴美は受験生だ。
ハルと会ってきたなんて言ったら、マジでのめりこんでしまうかもしれない。
経験上、受験前は推しと適度な距離が必要だ。
「あー、XOXOのハルのボイスがあたったことね。くじで」
「え?」
「ほら、コラボカフェに行ったときの特典で、バーコードを読み込んでくじを引くってのがあったんだよ。俺、よくわからなくてやっちゃったから、琴美に話してなかったんだけど」
「・・・・・・・・・・」
かなり苦しい言い訳だった。
琴美の頭だったら、矛盾点を突いてくると覚悟していた。
あいみんとゆいちゃのほうに目で、話を合わせるように訴える。
「えっと・・・そうそう、XOXOのハルのボイスありましたね」
ゆいちゃが乗ってくれた。
「えーそんなのあったの? 確かにお兄ちゃんが勝手にやったって言ったらぶち切れるけど、ハルのボイスなんて・・・」
琴美がオタクっぽい反応をしている。
盲目になってるな。助かったんだけど・・・。
「どんな?」
「おはようって言う、目覚ましボイスだったよね? 確か」
「そうそう」
あいみんがぎこちなく言ってきた。
琴美とあいみんと二人にしたら、嘘だって見抜かれそうだ。
「ダウンロードしなかったの?」
「えっ・・・だって、俺にとってはいらないし」
「・・・使えないわね」
あいみんとゆいちゃに聞こえないような声で言ったけど、俺には確実に聞こえた。
「そうだ、琴美ちゃん」
「はい?」
「XOXOのハルのボイスとってきてあげるよ」
あいみんが少し屈んで、明るく話す。
「え、本当ですか? でも、どうして?」
「えーっと、知り合いにXOXOのハルが好きな子がいて、くじでボイスが2つ当たって1つダウンロードしてたから・・・・」
上を向いて、ちょっとまごつきながら話す。
「あいみんさん、ありがとうございます。嬉しいです」
「へへへ・・・取ってきたら、さとるくんに渡すね」
「はいっ是非」
琴美の機嫌がよくなってきた。
「あいみん、ありがとう。わざわざ・・・」
「あいみんさん、そろそろ、りこたんさんの配信の準備が」
ゆいちゃがあいみんの手を引っ張る
「そうだった。行かなきゃ」
「そっか」
鍵を閉めようと、二人の後を付いていった。
のんのんまで来られたら困るからな。
「本当に大丈夫なのか?」
「ハルに頼んでおくから。任せて」
こそっと声をかけた。
あいみんが前髪を触りながら頷く。
「おじゃましましたー」
ゆいちゃがお辞儀をして部屋を出ていった。
ドアを押して、きちんと鍵を閉まっていることを確認する。
琴美のテンションは上がっていた。
「ねぇ、ねぇ、お兄ちゃん、本当にあいみんって子と知り合いなんだね? すごいね」
一切の疑いもない声で話していた。
「そう・・・まぁ・・・」
「ハルの目覚ましボイスがあるなんて・・・。ツイッター界隈でも流れてないから、きっとシークレットなのね」
にやにやしながら、布団を開けて、隠していたグッズを眺めていた。
大分苦しい言い訳なのに・・・。
推しが絡めば、いいように脳内変換してくれるからありがたい。
・・・て、この性格が俺と妹が唯一似ているところか。




