44 お疲れ様
「一時はどうなるかと思ったけど・・・」
ソースコードから離れる。
緊急リリースしたHPのページを動かしていた。変なところはないな。
「なんとかなってよかったね」
「うん。ありがとう。スペルミスなんて初歩的なミスを」
「いえいえ、誰でもバグくらい出すわよ。人が作ってるんだから」
りこたんが伸びをしながら言う。
リリース直前に、みらーじゅ都市のHPでグッズを購入したことのあるユーザーが、アクセスできないバグを見つけてしまった。
たった1行の間違いで全く動くんだよな、プログラムって。
りこたんがデバッグしてくれてどうにか潰せた。
冷や汗がだんだんと引いていく。背もたれに寄り掛かった。
麦茶を飲み干して、喉を潤す。
「あ、さとるくん。今XOXOのハルから連絡があったけど、HP問題なく動いてるねって」
「・・・・ありがとう。ハルにも伝えておいて」
「了解」
XOXOのハルなんかに・・・と言いたいところだが、今回ばかりは助かったな。
ソースコード退避、デプロイ、動作確認のところまで手伝ってもらっていた。
「さとるくん、すごいね。お疲れ様」
「ガタガタだけどとりあえずは、リリースできてよかったよ。本当、りこたんとハルのおかげだ」
「HPもできたし、ツイッターでも宣伝したら、きっと『VDPプロジェクト』の存在がもっともっと広まっていきそうだね」
あいみんがにこにこしながら話してくる。
あいみんも朝の番組であんなに頑張ったんだから、俺だって・・・って、なんとかリリースできてよかった。
じゃなきゃ、恰好がつかない。
マウスをクリックしながら、頬杖を付いた。
お気に入りフォルダから無意識に動画をクリックしていた。
「むむ、さとるくん。あいみんの前であいみんの動画のアーカイブを見るんですか?」
「あっ・・・・・」
ゆいちゃがソファーからこちらを見上げている。
「つい癖で・・・」
「癖になるほど見てるってことですね? 私もそれくらい見てほしいんですけど」
「ゆいちゃは、ほぼゴリラの被り物してるでしょ」
「だって、まだいつも顔見せるってのは恥ずかしいんだもん」
ゆいちゃがゴリラの被り物をぐちゃぐちゃいじっていた。
「・・・・・・・・」
完全に思考停止していたな。
もう、何かを考える力がないくらい、完全燃焼していた。
「ふむふむ、良いこと。推し活として、満点上げたいくらいだね」
あいみんが満足気な顔をしている。
「あっ、こっちの配信よりも、こっちの配信のほうが人気なの。終始ぐだぐだになっちゃって、どうして人気なのかわからないんだけど」
「えっ」
「見てみて、ちゃんと感想聞かせてね。誰かの感想じゃなくて、さとるくんの感想だからね」
あいみんお勧めの動画は、当然だけどリアタイしていた。
人気なのももちろんわかる。
あいみんが一生懸命、ダンスの練習の成果を見せようと頑張っているのに、AIロボットくんとかみ合わなくて、素に戻ってドタバタするあいみんが可愛すぎた。
これは、一人のときにじっくり見たい。
推しの前で見る動画ではない。
「うん。後で見ておくよ」
「絶対だよ」
マウスを触ろうとして、あいみんの手に触れた。
「あ、ごめん」
「・・・・・・」
ぱっとどかす。
あいみんが少し照れながら、ゆいちゃのほうへ戻っていった。
「あいみん、ゆいちゃ、さとるくんリリースで疲れてるから、そろそろ帰ろう」
「そうでしたね。お疲れ様です」
「はーい。帰ろう」
あいみんが勢いよく立ち上がった。
「そういえば、結局、のんのん来なかったな?」
「メイメイに付き合わされてるのよ。のんのん、面倒見いいから」
りこたんがプリンのカップを片付けて、ビニール袋に入れていた。
「メイメイって配信見たことないんだけど・・・どんな子? Vtuberとして活動してるの?」
「最近始めた中国系のVtuberなの。母国語は中国語だけど、日本語が上手なのよ」
「へぇ・・・」
「さとるくんにはちゃんとみらーじゅ都市のVtuber知っててほしいです。しょうがないですね。はい、メイメイです」
ゆいちゃがアイパッドでメイメイの動画を見せてくれた。
チャイナドレスと着ていて、二つお団子に結んだ可愛い女の子だ。
カタコトの日本語であいさつをすると、中国語で何か話しながら手を振っている。
「みらーじゅ都市って日本語だけじゃなかったんだ・・・」
「ふふん。みらーじゅ都市に国境は無いのです」
ゆいちゃが鼻を鳴らしていた。
「なるほど・・・インターネットの世界なんだもんな」
時間があったら見てみるか。
まずは睡眠だ。
ここ数日、ほとんど寝てないからな。
さっきから、ずっと頭がぼうっとしている。
「ほら、話してるとまた長居しちゃう」
「あ、本当だ。ごめん、さとるくん」
あいみんがりこたんと一緒にドアのほうへ向かう。
「あわわ、待ってください」
ゆいちゃが前のめりになりながら、二人の後を付いていった。
「じゃあね、さとるくん。ゆっくり休んでね」
「うん」
あいみんが両手で手を振ると、ドアから出て行った。
3人の声が聞こえなくなって、隣の家のドアが閉まる音を聞いてから、ベッドに倒れこむ。
「ふぅ・・・・・」
布団に隠していたあいみんのクッションを出した。
実家に送ってしまったものを、何とかして取り返した戦利品だ。
ぽすぽすと、クッションを触る。はぁ。あいみんの顔見てると安らぐよな・・・。
ひまわりみたいな笑顔を見ていると、元気が出てくる。
この状態を、絶対に、本人には見られたくないけど。
ドアが開く。
「おじゃましまーす」
あいみんらしき足音がパタパタ近づいてきた。
光の速度で、クッションを布団の中に隠す。
「さとるくん、ごめんね。ゆいちゃがゴリラの被り物忘れて行っちゃって・・・って」
目を閉じる。
「あれ? もう寝ちゃったかな?」
「・・・・・・・・・・・」
背を向けて、寝たふりをしていた。
「よっぽど疲れてたんだね」
「・・・・・・・・・」
「さとるくん、今日はありがとね。いつも推してくれてありがとう」
耳元でそっとささやいてくる。
あいみんの髪が頬にあたって、くすぐったかった。
「・・・・・・・・・・」
「じゃあ、お邪魔しましたー」
小声で言う。あまり音を立てないようにしながら帰っていった。
止めていた息を吸って吐く。
耳を触ると、あいみんが近づいて話した音の感覚が残っていた。
ヘッドフォンで聞くときよりも鮮明に・・・。
推し、尊い。
可愛すぎるだろ。こんなの。
語彙力なくすって。
布団に蹲って呆けていると、スマホが鳴り響いた。
妹の琴美からだ。
『もしもし、お兄ちゃん』
「ん? 急にどうした?」
あいみんのクッションを眺めながら聞く。
『今度のGWにお兄ちゃんのところに行くから』
「は?」
『ZEPPでXOXOのライブがあるの。あと、都内の大学のオープンキャンパスも。とりあえず、お金ないからお兄ちゃんのところ泊めて』
「え!?」
『しょうがないじゃない。他に泊まる場所がないんだから。お父さんは受験勉強の気晴らしに行ってきなさいって』
「・・・・・・・・」
妹に甘すぎるだろ。俺なんて、佐倉みいなのコンサート、バイトで貯めたお金でやっと行ったのに。
「・・・・マジで?」
『ちゃんと部屋掃除しておいてね。私ハウスダストアレルギーなの知ってるでしょ?』
一緒に暮らしていたときは、家ですれ違うのも無視していたくせに。
てか、部屋にも入ったことなかったくせに。
家に来るとか・・・。
「そんな急に言われても困るって。俺だって色々忙しいんだから」
『どうせ、彼女がいるわけでもないしいいでしょ? じゃ、要件それだけだから』
「待っ」
ツーツーツーツー
一方的に切りやがったな。
GWって来週じゃん。バイトのシフトたくさん入れようと思っていたのに・・・。
あのわがままリア充の妹が来るのか・・・気が重い。
ゴジラが襲来するイメージだ。
ゆいちゃみたいな、素直な子が妹だったらよかったんだけどな。




