42 のんのんと。
「地上波ってすごいな・・・Vtuberで朝の番組出るなんて」
「トレンド入りしちゃうかもね」
結城さんがひょいっと顔を出す。
「何か・・・例えば、XOXOのメンバーが紹介したとかあったの?」
「ううん。急にみらーじゅプロジェクト宛てにオファーがきたのよ」
りこたんが髪を耳にかけながら話した。
「そう。私もびっくり。というか、私が一番びっくりしてる」
「いつ放送されるんだ?」
「今週の土曜日だよ」
あいみんが弾むように、大きく手を振って歩いていた。
「結構・・・急だな」
「XOXOのハルが、それに合わせて『VDPプロジェクト』のHPリリースしたら伸びるんじゃないかって」
「土曜日リリースってこと?」
「そう」
ギクッとする。
「っ・・・・・・・・・・」
XOXOのハル、余計な事言いやがって。
正論だが・・・リリース予定日を3日も早めるなんて開発者の首を絞めるようなことを・・・。
HP作成したことあるのかよ。
素人が思っている以上に、大変なんだからな。
まだ、正常に稼働していないページもあるんだけど・・・・。
グッズのページだから潰せないよな。
頭にソースコードを思い浮かべて、ぐるぐる回転させていた。
「磯崎君、大丈夫?」
「・・・・大丈夫・・・だと思う・・・」
結城さんが不安そうに覗き込んでくる。
「あっ、もし無理そうだったらハルがやってくれるって」
りこたんが何気なく言ってきた。
「え、ハル君ってそんなことできるの?」
「XOXOのHP周りは全部ハルが作ってるから。リリースも何回もしてるし、引継ぎもなんとなくソース見ればわかるって」
「・・・・・・・・・」
なんだよ、そのオーバーキル。
属性盛りすぎだろ。むしろ、そこまでいくとモテなくなるだろ。
つか、モテなくなれよ。
「問題ないよ。もうほとんど準備できてるし」
思いっきり無理を言った。大学の宿題もあるのに・・・。
「本当?」
「ん・・・うん・・・」
「やったー。私も、踊ったり歌ったりしゃべったり、たくさんのこと詰め込めるように頑張る。ちゃんと『VDPプロジェクト』を宣伝できるようにしなきゃ」
「あいみんは頑張りすぎちゃうと空回りしちゃうでしょう?」
りこたんがたしなめるように言う。
「へへへ、そうだね。適度に頑張る」
今日は徹夜だな。
三人が楽しそうに話していたけど、途中からソースのことしか頭になかった。
机には空っぽになったレッドブルが置いてある。
ソファーに座って、遠くから自分の書いたソースコードを眺めていた。
Javascriptが動かない。なぜだ。完全に、煮詰まってしまった。
こうゆうとき、あいみんが来てくれれば一気にやる気が出るんだけどな。
もう夜中の0時だ。さすがに来るわけ・・・。
ガチャっとドアが開く。
ばっとドアに意識を集中させた。
まさか、あいみ・・・・・。
「・・・さとるくん、あ、やっぱり起きてた。りこから、HPのリリースが早まったって聞いて、絶対遅い時間まで頑張ってるんだろうなって思ったの」
のんのんがそっと入ってくる。
「のんのん・・・」
「さとるくんの家一人で来るのは初めて。なんか新鮮」
にこにこしながら、おじゃましまーすと靴を揃えていた。
あいみんと似たような部屋着で、入ってくる。
「どうして見るからに残念そうな顔するの?」
「い・・いや・・そんなことないよ」
ふわっといい匂いがした。
「差し入れ持ってきたのよ。私以外のみんなはもう寝ちゃってるの。今日はあいみが気合入っちゃって、練習ハードだったから」
「のんのん・・・わざわざ作ってくれたの?」
「うん。だって、大好きなダーリンのためだから」
にこっとして、ソファーに座ってきた。
「ほら、クッキー美味しく焼けたの」
のんのんにはすごく申し訳ないけど、一瞬だけ、あいみんが来るかなって期待してしまった。
「ね・・・・?」
上目づかいでこちらを見る。
「あ・・・ありがとう」
「食べて食べて。あーん」
口を開けると、小さなクッキーを一つ放り込まれる。
ちょっと吊り上がった目をぱちぱちさせていた。
「どう? 美味しい?」
「あぁ・・・美味しいよ。ナッツが入ってるの?」
「そう。チョコレートクッキーにナッツってとっても美味しいのよ。こうゆうお菓子だけじゃなくて、サラダに入れたりするのも美味しいの。今度試してみて」
のんのんは女子力が高いよな。
クッキーも美味しいし。わざわざ夜中に来てくれるなんて、気が利くし。
XOXOのナツがべた惚れする理由もなんとなくわかる気がする。俺は、ないけど。
「さすが、のんのんは料理が上手いな」
「ありがとう。嬉しいっ」
「わっ」
咽そうになる。
部屋着の柔らかい生地が、手に触れていた。
「のんのん・・・急に抱きついてくるのはちょっと・・・」
「なんで、嫌なの?」
ちょっと離れて、ソファーに座りなおしていた。
真っすぐに座って不安そうな顔をする。
「だって、こんな夜中に二人きりだし、ほら、のんのはナツがいるだろ?」
「あんなガキ、全然タイプじゃないんだから」
ツンとしていた。
「私はさとるくんがいいの」
「・・・のんのん、ずっと気になってたんだけどさ・・・・・」
クッキーを一つつまんでから話す。
「Vtuberって・・・みらーじゅ都市にいる子たちってこっちの人間を好きになることあるの?」
「たとえば、ファンとか・・・」
「え・・・?」
抜けたような声を出す。
「・・・・・・・」
「そんなの当たり前じゃない。あるに決まってるでしょ? だって、さとるくんにも結城さんにも好きって感情あるでしょ? 同じことよ」
きょとんとした顔で言っていた。
「そっか。そうだよな。ごめん、変なことを聞いて。忘れて」
「さとるくんもそうゆうこと考えるのね。一部の頭の固いファンだけだと思ってた」
「・・・・・・・」
頭の固いって・・・俺じゃん。
「安心して。ダーリンと私だけの秘密だから」
つまんでいたクッキーを口に入れられる。
意地悪い顔をしてから、笑っていた。
どこかで、まだあいみんが人工知能頭で作られた感情しか持たないんじゃないかって思っていた。
だって、声も仕草も何もかも推せるものしか無いから。
人間が使う検索履歴や言葉などの膨大なデータから抽出された、理想で作られてるではないかと過ぎることがあった。
まぁ、煮詰まってネガティブに考えてしまっているだけなんだけどさ。
「疑わないでよ。さとるくんが好きって気持ちは本当なんだから。ねっ」
「うわっ、のんのん」
急に抱きついてきた反動で、ソファーに頭をぶつける。
「あっ・・・・」
のんのんの体が密着してきた。
顔がぐんと近くなって・・・・。
あと数センチで、キスしそうな距離だった。
やばい。こんなのあいみんに見られたら・・・・。
「きゃっ」
のんのんがびっくりして、体を起こしていた。
「そこまでするつもりなくてっ。本当に急にそんなつもりなくてっ・・・」
あたふたしながら、真っ赤になった顔を両手で隠していた。
「変なことしてごめんなさい、さとるくん」
「わかってるって、わかってるよ。ごめん。俺もプログラムで煮詰まっちゃって・・・疲れてて力を抜いてたから」
ソファーから立ち上がって、のんのんのくれたクッキーを手に取る。
「もうそろそろやらなきゃ間に合わないから。こんな夜中に、わざわざ差し入れ届けてきてくれてありがとう。いい息抜きになったよ」
パソコンの椅子に座って、マウスを動かす。
「・・・ううん。ダーリンのためだから当然よ」
珍しく慌てて髪を直していた。
「じゃあ、頑張ってね。応援してるから」
「・・・・・・」
パタパタと部屋を出て行った。
クッキーの美味しそうな香りが漂っている。
のんのんも初心なんだな。
いつも、女子力は高いし、スキンシップも多いし、キスくらいしたことあるのかなと勝手に思ってしまっていた。
それに・・・・。
事故とはいえ、ナツに悪いことした気がする。
あいみんのクリアファイルを見て、心を落ち着ける。マジで疲れてるんだな。
「ふぅ・・・・・」
気合を入れなおして、パソコンに向かい、プログラムの動作をもう一度確認していた。




