41 推しを探せ
「さとるくんは、のんのんと結城さんとりこたんと、私、誰が好きなの?」
浴衣を着たあいみんがぼんやりと出てくる。
のんのんと結城さんとりこたんとゆいちゃが並んでいた。
「もちろん、私に決まってるでしょ?」
「わ、私まで・・・?」
「私・・・なんてこともあるのかしら?」
「私の可能性もあるんですか? でも、ま、まだ未成年です」
みんな何言ってるんだ?
「もう、さとるくん。はっきりしてよ」
あいみんが真ん中で腰に手を当てていた。
「え? そんなのいつも言ってるじゃん・・・」
「でも、最近さとるくんに迷いを感じるなぁ。じゃあ、確認のために私とキスしてくれたら、信じてもいいよ?」
「ちょっと待っ・・・どうして?」
あいみんが顔を近づけてくると、ふわっと落ちるような感覚があった。
「磯崎君、磯崎君・・・」
「へ・・・・・?」
目の前に結城さんが座っていた。さすがに、あんなの夢だよな・・・・。
ばっと体を起こす。
やばい。大学の授業を受けていて・・・。
周囲を見ると、誰もいなくなっていた。
窓の外には、次の教室に行く学生たちが見える。
「寝すぎだよ。確かに英語とか興味ないかもしれないけど」
「・・・・・・・・・」
「寝ぼけてる?」
「えと、もう大丈夫です・・・」
なんか、すっごい恥ずかしい夢を見ていた。
忘れよう。寝言で何か言ってないかだけ心配なんだけど・・・。
「そういえば、来週『VDPプロジェクト』のHPリリースするんでしょ?」
「・・・うん・・・そうそう」
おでこを叩いて、頭を働かせようとする。
「どうしてこんなに早く準備できたの?」
「あいみんのHPをテンプレートとして使ったんだよ。だから、細かい色とか文言とかを調整するだけで済んだんだ。りこたんに協力してもらって、モーション動画は変更して。ほら・・・」
アイパッドでテストサイトにアクセスした。
あいみんはピンク、りこたんは青、ゆいちゃは黄色、のんのんはオレンジの服を着て、みらーじゅ都市で『VDPプロジェクト』について紹介してる動画を見せる。
「りこたんの・・・うぅっ、可愛すぎる」
結城さんがりこたんを見て、悶絶していた。
俺もあいみんの動画を見たとき、同じ反応になった。
「推しが尊い」
「だな」
結城さんが、5回くらい動画を見てから、正気に戻ってきた。
早いほうだと思う。
「服はのんのんが決めたんだったよね?」
「そう。それぞれの色を取り入れるようにしたんだって」
「さすがのんのん。緩めの青いシャツとこの短めのスカートを着こなせるのはりこたんだけだよね。りこたん可愛い。ふひひ・・・」
「・・・・・」
あいみんだって・・・って言おうとしたけど、さっき見た変な夢を意識して、躊躇してしまった。
「最近、4人の人気がすごいよね。りこたんのライブ配信、リアタイしてるけどコメントの流れが速くて全然追いつけないの」
「あいみんの配信もそうだよ。ゆいちゃとのんのんも・・・ゆいちゃはスパチャがすごいらしいな。AIロボットくんが焦るほどだって言ってたよ」
「配信リアタイしてたんだけど、ゆいちゃも戸惑ってた。テンパってるのがまたかわいいってスパチャ入れられてたけどね」
なんとなく想像できた。
結城さんがりこたんのクリアファイルを触りながら話す。
「・・・なんか、一気に人気者になっちゃって、少しだけ寂しいな・・・。でも、りこたんに連絡すると、DMもすぐ返ってくるんだけどね」
「・・・・まぁな・・・・・」
あいみんは身近に感じるのに、ネットを見ていると全然身近じゃないんだよな。
登録者数も、ツイッターのフォロワー数もどんどん増えていた。
「でも、武道館を目指してるんだし、ファンが増えるに越したことはないよな」
「そうだよね」
結城さんがクリアファイルから、ルーズリーフを取り出した。
「はい、これ今日の授業範囲。コピーしていいよ」
「え?」
「寝てたんでしょ? そんなんじゃ単位落としちゃうよ」
綺麗な字で書かれていた。
赤ペンで囲んだり、波線があったりして、注意書きもあって、見やすくなっている。
「ありがとう・・・いつもこんなに丁寧に書いてるの?」
「今日は磯崎君が寝てたからだよ。GW明けテストなんだから、ちゃんと見ておいて」
「・・・・・・・・」
突然、結城さんと俺のスマホが同時に鳴り出した。
びくっとして、スマホを開ける。
ツイッターのDMの着信音だ。
「あいみんからだ」
「りこたんからだ・・・・」
声が被った。
「あ・・・あいみんが・・・大学に来てるって書いてある」
「同じくりこたんも。あいみんと一緒だって」
「ちゃんと変装してるから見つかってないよって書いてある」
「同じくりこたんも・・・・って」
結城さんと顔を見合わせる。
「どこにいるの?」
「あててみてって・・・・」
「え!?」
慌てて同時に立ち上がる。
「どうしよう。りこたんが誰かに見つかっちゃったら・・・この学校、オタク多そうだし・・・」
さらっと偏見を言ったけど、同意見だ。
結城さんが落としたクリアファイルを拾う。
「変なことはないと思うけど・・・ネット上に晒されたらまずいよね」
「うん・・」
Vtuberが現実世界に出てきてるなんて、想像できる人がそもそもいないと思うんだけど・・・。
これ以上、何か起こして、あいみんを傷つけたくない。
「・・・ヒントは? って聞いてみよう」
すぐに、スマホが鳴る。
「無しだよって・・・推しならわかるよね? って書いてる」
あいみんがやりそうなやつだ・・・。
「りこたんが行きそうなところ、図書館? でも、そこはカードがないと入れないし・・・」
「・・・・・・・」
確かに最推しだけど・・・。まさか、大学にVtuber2人で来ると思わないだろ。
「あ!?」
「どうしたの? 何か思い当たるところある?」
「あいみんとりこたんが一緒にいる、で、同時に送ってきたってことは俺たちが二人でいることをわかっているんじゃないのか? あいみん、そうゆうの好きだけど、一人ではできないと思うし」
「なるほど・・・」
「ここから近いどこかにいるってことだ」
勢いよく廊下に出て、左右を見渡す・・・けど、あいみんも、りこたんもいなかった。
隣の教室は、教授が入っていったし・・・近くにいないのか?
目の前にはサークルの時間まで暇を潰す学生たちが集まっている。
変装しているとはいえ、こんなところに、いるわけないよな。
「磯崎君、あれ、りこたんじゃない?」
結城さんが窓のほうを見ながら、木々の影を指さしていた。
りこたんの鞄と、あいみんの靴がちょっとだけ見えている。
結城さんが窓に張り付いていると、帽子を深々と被ったりこたんがちらっと出てきて、手を振っていた。
スマホの着信音が響く。
『結城さんが最初に見つけたみたいだけど?』
ツイッターのDMに絵文字なしの文が書いてあった。
あいみん、怒ってるみたいだ・・・。
「磯崎君、とにかく早く。二人に会いに行こ」
「うん」
結城さんがあわあわしながら、鞄にアイパッドやクリアファイルを入れていた。
「2人とも、こんなところにいたら危ないってば」
「ごめんごめん。久しぶりにこっちの世界歩いたらはしゃいじゃって」
結城さんがりこたんを叱っていた。
あいみんは結城さんの後ろに隠れたまま、なかなか出てこない。
「・・・あいみん・・・・どうしたの?」
「・・・・結城さんがりこたんを見つけるほうが早かった。さとるくんが私を見つけるよりも」
「そんな、子供みたいな・・・」
「子供じゃないって、さとるくんより1つ上なんだからね」
全然見えない。
3つくらい年下の感覚だ。
「・・・・・・・」
無言で、結城さんに助けを求める。
ちらっとこっちを見て、ため息をついた。
「この近くにいるって気づいたのは、磯崎君なんだよ。あいみんなら、りこたんと一緒にいると、こうゆうことしたがるんじゃないかって」
「え?」
「私はたまたま、外を確認して、磯崎君は廊下のほうを確認していたの」
「・・・・・本当?」
あいみんがちょこんと出てきた。
ふわふわの防止で小さな顔を隠している。
「うん・・・まぁ・・・」
「へへ・・よかったぁ」
あいみんがふわっと笑ってこちらを見上げた。
可愛すぎて、目をそらしてしまう。
結城さんがこちらを見て、呆れていた。
「ところで、どうして突然大学に?」
「あいみんがね・・・重大発表をどうしても直接伝えたいって言うから・・・」
「重大発表?」
「そう、私が今度地上波で今話題のVtuberとして紹介されることになったの。朝の番組ね」
あいみんが自慢げに言う。
「えっ、地上波?」
大声を出してしまい、歩いていた人がこちらを見てきた。
りこたんとあいみんが焦って帽子を被りなおす。
結城さんがさりげなく二人を隠そうとしていた。
「さとるくんってば、驚きすぎだよー」
「・・・・・・」
あいみんがへらへらしながら、パーカーの紐を触っていた。




