40 対決結果
「君がさとるくんね。今日は来てくれてありがとう」
「あ・・・はい・・・」
ハルがさわやかな笑顔でこちらに会釈してきた。
「じゃあ、始めよう」
黒板けしでホワイトボードをまっさらにする。
「では、まずこの前あいみちゃんのページが受けたDOS攻撃だけど、これはみらーじゅプロジェクトのHPに負荷をかけて、サーバーダウンを狙ったものだ」
ホワイトボードに図を書いていく。
「でも、みらーじゅ都市のサーバーは向こうの世界の人の想像している数倍の容量を積んでいる。まぁ向こうの人が思う以上に、ITが発達している都市だからね」
「はいはーい。じゃあ、何に一番気を付ければいいんですか?」
ゆいちゃが勢いよく手を挙げていた。
「君たちに一番注意してもらいたいのはね、マルウェアだよ」
「マルウェア?」
「ウイルスを含むソフトウェアのことですよね?」
「その通りだ、さとるくん」
普段は発言なんかしないけど、積極的に攻めていこうと思っていた。
「マルウェアに感染するとどうなるか。みらーじゅ都市の情報を抜かれたり、個人情報が流出したりしてしまう。これは、向こうの世界の大手企業でも感染するほど巧妙になってきて、症状がないこともあって、気づかない場合も多いんだ」
「へぇ・・・・」
りこたんが興味深そうに聞いている。
「こっちにはAIロボットくんがいるけど、もし見つかった場合は、ネットワークを切断する、セキュリティーツールでマルウェアを検出する、端末を初期化してリカバリをするなどの対策が必要だ」
「なるほど、なるほど」
「あいみちゃんは、とりあえず、りこちゃんに相談したほうがいいかな?」
「へへ、そうだね」
三人で和やかに笑っていた。
・・・・しんどい・・・けど、がんばれ自分って奮い立たせる。
「あ、この前向こうの銀行でトラブルがあったの。ツイッターで、ATMの前で列を作ってるのみたわ。もしかして、マルウェアに感染したとかだったの?」
のんのんが発言する。
「見た見た。ずっとトレンドに上がってたもんね」
「大変そうだったもんね。私のフォロワーさんも大変だって言ってたわ」
あいみんとりこたんが顔を合わせて頷いていた。
「あれは土曜日月末処理にプログラムエラーが発生して・・・・・マルウェアは全く関係ないよ」
「違いますよ。あれは、ネットバンキングへの移行データによる負荷がかかって強制的に停止したんですよ」
「そうなの?」
ハルがアイパッドを操作して確認していた。
「あ、本当だ」
「災害対策のテストはしているでしょうから、災害時は起こりえないのですが、今回は計画ミス・・・だそうですね」
向こうの世界のことは俺のほうが詳しはずだ。
・・・というか、ここの部分は啓介さんに聞いていた部分だった。
「すごいね、さとるくん。よく勉強しているね」
「いや・・・それほどでも・・・」
ちょっと、むきになりすぎたような気がしていた。
「そうなの。さとるくんすごいんだよ」
あいみんがハルに向かって褒めてくれた。
ハルが少し驚いた表情でこちらを見てきた。
うれしすぎる。
一夜漬けした甲斐があったな。
セキュリティ説明会は、ハルが冗談を交えながら1時間半あっという間に終わっていた。
さすが勉強系Vtuberなだけあって、わかりやすかった。
これなら、受験生の琴美が見ている理由も理解できる。
「わぁー終わった、なんだか頭がよくなった気がする」
あいみんが腕を伸ばしていた。
「そうね、登録者数も増えて有名になってきたんだから、気を引き締めていかなきゃいけないわね」
「私は最後のほう聞いてなかった。りこ、今度教えて」
のんのんが爪に塗ったマニキュアを眺めながら言う。
「ゆいちゃは・・・・」
ゴリラの被り物をかぶったまま寝息を立てていた。
「ふぁ・・・終わったのですか?」
「終わったよ。ゆいちゃん」
ハルが黒板を消しながら声をかけた。
ゆいちゃが周りをぱぱっと見て、ゴリラの被り物を引っ張っていた。
「寝てしまいました・・・」
「大丈夫。私たちがちゃんと聞いてたから」
確かに、高校生のゆいちゃには難しかったかもな。
ITの用語にもあまり馴染みがないだろうし。
想像以上に、あいみんとハルが親しくなくてほっとしていた。
二人でしか会話が進まないような最悪の事態も想定していたんだけどな。
考えすぎだったか。
「さとるくん、家に帰るんでしょ?」
「そうだな。早く帰らないと、学校の勉強もあるし・・・」
安心したら、急に睡魔が襲ってきていた。
「そうか、残念だな。今度来たときはセントバラ学園を案内してあげるよ」
挑戦的な目つきでこちらを見ていた。
眼中にないって顔されるよりはマシだ。少しくらいは爪痕を残せたか。
「はぁ・・・・」
「じゃあ、また。何かあったら言ってくれ」
「わかったわ。ありがとう」
キラキラしたアイドルスマイルに戻って、教室を出て行った。
「さとるくん、私の家に泊まっていけばいいのに」
「えっ?」
席を立つと、のんのんが上目遣いで手を組んでいた。
家に泊まるって・・・。
「ダメダメ、さっきも言った通り、さとるくんは勉強しなきゃいけないんだから。私の家のモニターから帰るの」
「今度みらーじゅ都市に来たときは私の家にも来てね。美味しいごはん作ってあげる」
「あ・・・あぁ・・・・」
押され気味に頷いてしまうと、あいみんがむぅっとしていた。
のんのんが満足したように微笑んで、鞄を持っていた。
「のんのんはナツを誘ってみたらどうですか?」
「嫌よ。それなら、早く帰るわ」
ゆいちゃがちょっと冷やかすように言うと、のんのんがぷいっとしていた。
「今日はダンスの練習でしょ?」
「あ、そうだった」
りこたんが、少し慌ててアイパッドを閉じていた。
「私はさとるくん送ってから行くね」
のんのんがタンっと走ってきて、ぎゅっと抱きついてきた。
「またね。ダーリン」
「むむ・・・・・」
あいみんが何か言う前に、AIトロッコを呼んでいた。
慣れた手つきで画面を操作する。
りこたんとゆいちゃが、のんのんの後ろに乗った。
「じゃあね」
ゆいちゃが手を振ると、シュッとAIトロッコが消えていった。
「ここから練習場所まですぐに行けるの?」
「そうだよ。さとるくんも早く乗って」
目の前に現れた画面を操作していた。
少しだけ怒っているように見える。
「私の家まで行くから」
AIトロッコに乗ってドアを閉める。
景色がどんどん変わっていった。
「え? ここから家まで直結で行けるなら、行きに遠回りしなくてもよかったんじゃ・・・・」
「だって・・・さとるくんと桜を一緒に見たかったんだもん。結城さんとデートしてきたって言ってたし、のんのんとだって・・・」
「・・・・・・・・」
こちらを一瞬だけ見てから、照れていた。
それって・・・やきもちなのか・・・?
後ろ姿も、ちょっとした動きが小動物みたいで可愛い。
AIトロッコに乗っている間、ずっと緊張していた。
「着きましたー」
「本当にすごい技術だよな。この都市」
「へへん。そうでしょ? そうでしょ?」
景色が止まると、あいみんの部屋に着いていた。
ゆっくりとAIトロッコから降りる。
モニターにはあいみんの向こうの世界の家が映っていた。
「今日はありがとう、さとるくん」
満面の笑みで跳ねていた。
「すっごく楽しかったね」
「あぁ・・・・」
イケメンが説明会するっていうから、かなり気を張っていってきたんだけど。
とにかく、ハルとあいみんの距離が近いわけじゃないってわかっただけで収穫だな。
「そこのモニターから帰れるんだよな?」
「うん。気を付けて、あのテディベアに掴まっていくと楽だよ」
あいみんが大きなテディベアを指していた。
「あ・・・大丈夫だよ」
モニターに右足を入れると、ぬるま湯につかるような感覚があった。
「じゃあな、あいみん」
両足を入れて、おなかのあたりまで使ったところで、あいみんが手を重ねてきた。
「ん?」
「XOXOのハルもナツも向こうの世界のみんなはかっこいいって言うけど、私は今日のさとるくんのほうがかっこいいと思ったよ・・・・」
「えっ?」
「今日の、だからね。今日の。深い意味はないからっ」
「・・・・・・・」
ピシッと言いながら、前髪をいじっていた。
あいみんから離れると、すぽっと現実世界に戻ってきた。
空が夕焼けに染まっている。もう、16時から・・・・。
気が抜けて、しばらくぼうっとしていた。




