39 ナツの片思い
「ここがセントバラ学園だよ」
歩く歩道を下りて、校門の前に立つ。
「・・・セントバラ・・・・・って全然人がいないんだな」
「私もよく知らないんだよね。んーと、今日はお休みって言ってたかな?」
あいみんが首を傾けながら話す。
「そっか・・・」
ごくりと息を呑む。
海外の大学か西洋の城のようで、真ん中に謎の噴水があった。
花壇にオレンジやピンク、赤、白、紫の花が咲いてるし・・・。
完全に女子人気を狙ったような学校だな。
男子校なら、薔薇のモニュメントよりロボットを置いておけよ。
インターネット上の世界なら、そっちのほうが簡単だろうが。
あいみんがスマホを確認する。
「あ、ナツから迎えに来るって連絡来てる」
「え?」
「すぐに来るって」
校門の前にある木がもぞもぞっと動いた。
「よっと」
木々を伝って、地面に降りてきた。
短髪にブレザーを着たナツが駆け寄ってくる。
「やほ、あいみちゃん。その子がりこちゃんが話していたさとるくん?」
「そうだよ」
あいみんがトンと背中を押してくる。
ナツが屈託のない笑顔でこちらに握手を求めてきた。
「さとるくんって画面の外の世界の人間なんだろう? 一度会ってみたかったんだ。よろしくね」
「よ、よろしく・・・・・」
「今度、外の世界について詳しく聞かせてよ。俺、仕事ではアイドルとか勉強系Vtuberしてるけどさ、趣味はアウトドアなんだ。さとるくんは何か趣味とかある?」
「いや・・・俺は、特に・・・・・・・」
ここで推しを追いかけることなんて言えないだろうが・・・。
「じゃあ、今度海とか行こうよ。ヨットとか楽しいよ」
「うん・・・」
一切の曇りのない、陽キャだ。
一生かかわることないと思っていた人種だから、どうやって関わればいいのかもわからない。
「ナツ、もうすぐ時間なんじゃないの?」
「あ、そうだった。立ち話ばかりしてると、ハルに怒られる。待ってて、すぐに準備するから」
目の前に画面を出して、操作していく。
あいみんの部屋から移動したときの乗り物が、地面から出てきた。
みらーじゅ都市ではこれで移動するものなのか?
「はい、これに乗って」
「え? 歩いて移動しないの?」
「この学園広いからさ。本当だったら、学園内も案内したかったけど、もうみんな教室に来てるから」
「・・・・・・・・」
あいみんが先に乗ると、慌てて乗った。扉が閉まる。
「落ちないようにね」
ナツが画面を操作すると、目まぐるしく景色が変わっていった。
「さとるくん、酔ったりしない? 酔いそうになったら目を瞑っててね」
「うん、全然大丈夫だよ。すごい世界だな・・・」
「みらーじゅ都市ではこの乗り物で移動するんだよ。私はエレベーターって呼んでるけど、みんなはAIトロッコって呼んでる」
「なるほど」
AIトロッコといったほうがしっくりきた。
揺れは全くなく、手すりから向こうの景色が変わるだけだ。
30秒くらいすると、学校の教室に着いていた。
りこたん、ゆいちゃ、のんのんがこちらを向く。
「さとるくん、会いたかったー。しばらく会ってなかったから。どう? 今日の服、いつもよりもちょっと大人っぽくしてみたの。似合う?」
「へぇ・・・・いいんじゃないかな・・・?」
降りた瞬間、のんのんが駆け寄ってきた。
胸を強調するようなぴたっとした服を着ていた。
アイドルオタクが好みそうで、のんのんだから似合うような服装だ。
「わーい、ありがとう」
急に抱きついてきた。
「のっ、のんのん・・・!」
「今日はセキュリティの勉強をしにきたんだからねっ」
あいみんが間に入ろうとすると、のんのんが睨んでいた。
「ここに来るまで、さとるくんを独り占めにしてきたんでしょ? 私だってさとるくんとデートしたかったのに」
「それは・・・・・・だって、私も・・・・」
あいみん小さな手を握り締めてもごもごしていた。
「へ!?」
ナツが驚いた表情のまま固まっていた。
「どうゆうこと? さとるくん・・・ってその・・・のんのんと付き合ってるの? そんな話聞いてなかったんだけど・・・・」
「いやいや、ただの友・・・」
「そうよ。付き合ってるの」
のんのんがぶった切って言う。
あいみんが必死に否定していたけど、ナツは青ざめたままだ。
「のんのん、ナツをいじめちゃだめですよ」
ゆいちゃがゴリラの被り物をつけたまま歩いてきた。
「本当のことを言ってるだけよ。私はナツみたいな子供っぽい人って、好みじゃないの」
「えぇ・・・・だって、のんのんが頭がいい人が好きっていうから、俺英語の全国模試で3位になったのに」
「3位!?」
やばい・・・。すごい奴じゃん。
「そもそもの好みの問題よ。私は一目見た時からさとるくんが好きなの」
「そんな・・・・・俺だって、ほら、今日の服装とかちゃんとブレザーだし・・・・子供っぽいところなんて」
「ただ学校指定のもの羽織ってるだけでしょ? 冬でもシャツにネクタイじゃない」
「うぅ・・・・・・・・・」
ナツが涙目になっていた。
・・・・・ってことは、もしかして?
のんのんからそっと離れて、ゆいちゃのほうににじり寄っていく。
「・・・・えっと、どうゆう状況?」
「ナツはずっとのんのんに片思いしてるんですよ。だから、さとるくんが来るって話になったときに専門分野じゃないのに真っ先に名乗り出て・・・本当はこうゆうとき、アキのほうが来るんですけどね」
「マジか・・・・・・」
のんのんとナツを交互に見る。
ついさっきまで纏っていた陽キャのオーラはなくなり、しょんぼりしながら乗り物のドアを閉める。
「・・・今日の講習会はハルだけに任せるよ。俺はアキと読書をしてくる」
「いや、ナツ、本当に誤解だから」
「そうなの。さとるくんとのんのんは全然付き合ってるとかないんだからね」
「・・・・・うん・・・・・・」
ナツが俯いたまま、こくりと頷くと、画面を操作していた。
シュンと、瞬きする間もなく消えていく。
ゆいちゃが腰に手を当てて、のんのんの前に行く。
「のんのん、ちょっとナツに手厳しくないですか? せっかく、動画編集とか翻訳とか色々協力してくれてるのに」
「私はさとるくんが好きって、本当のこと言っただけだもん」
のんのんがすぐにくっついて、腕を絡めてきた。
「!」
ドギマギしてしまう。
あいみん推しなのは変わらないんだけど・・・。
本当、こうゆう状況慣れないな。
「のんのん、くっつきすぎなの。さとるくんまで、デレデレしちゃってさ」
「してないってば」
あいみんが無理矢理、のんのんの腕を解いた。
すかさず両手を広げて、ガードしていた。
「・・・ゆいちゃ、ナツ、大丈夫なの?」
俺だったら、あいみんにそんなこと目の前で言われたら、倒れてしまう。
付き合ってるとかより・・・。
違う男に好きって言われただけで熱を出しそうだ。
「ナツなら問題ないですよ。いつも、振られてますけど、立ち直ってくるんです。もう通算20回以上は振られてますよ」
「マジかよ」
メンタルが強すぎる。
「本当にのんのんが大好きみたいで」
「そうなんだ・・・今度、色々話してみたいな」
「あ、ナツなら喜びますよ」
数分前までは陽キャとなんて関われないと思っていたけど、彼なら色々わかってくれそうな気がした。
・・・というか、こうゆう気持ちを打ち明ける人が欲しいんだよな。
結城さんは推しについてわかってくれるけど・・・やっぱり同い年くらいの同性と話したい。
「もうすぐ席につかないと、ハルが来ちゃうわよ」
りこたんにぴしっといわれた。すぐに席に着く。
目の前にアイパッドが出てきた。
今日の講義がパワーポイントで出てくるようだ。
ガラッとドアが開く。
すらっとした見た目の、アイドルXOXOのセンター、ハルが現れた。
オーラがすごいな。
「やぁ、みんな、今日は俺の授業に集まってくれてありがとう」
「・・・・・・・・・・」
動画では見たことのない眼鏡をかけていた。
勉強系Vtuberとして・・・ということだな。
一夜漬けの情報セキュリティの知識しかなかったが・・・全神経を脳に集めていた。




