3 推しの素顔
あいみんの配信が終わる5分前、はっと我に返って、キーボードに触れた。
コマンドプロンプトを表示して、『ipconfig /all』と打って、ネットワークの状況を確認する。
Wifiに繋がっているな。
特に目立って変なところはない。
通常のアドレスが割り振られている。
何か異世界に繋がるようなからくり・・・なんて、見た感じないよな・・・。
配信先のネットワークアドレスも、httpsから始まるものだ。
俺の家から繋いでいたアドレスと変わりがない。
次は何を調べればいい?
こんな非科学的なこと、あるわけないんだ。
何かがあるとしか・・・。俺の頭がおかしくなったのか?
『では、あいみんでしたー。みんなありがとう。これからもよろしくねー』
あいみんが手を振って画面が切り替わる。
もう配信終了の時間か・・・。俺はあいみんの部屋にいるんだけど、あいみんはどうやって帰って・・・。
「ただいまーさとるくん」
「うわっ・・・・」
突然、あいみんが画面の中から出てくる。
顔が思いっきり近くなった。
「近い近いってば」
「ごめんっ・・・・」
すっと椅子で後ろに下がっていく。
「よいしょ、よいしょ」
狭そうにしながら出てくると、机の上にちょこんと座った。
「今日も頑張ったー」
「・・・・・・・」
ふうっと汗を拭いていた。猫耳と尻尾は付いていない。
配信後に外したのかもしれないけど見てなかったな。つか、それどころじゃない。
顎に手をあてる。
ここで、一つの可能性が出てきた。
何者かによって、あいみんに似た3Dホログラム映像を見せられているのかもしれない。
どっきりか、動画投稿サイトへのいたずらか?
慎重にいかなきゃいけないな。周囲に目を配る。
3Dホログラムを使用するにはどこかに投影している機械が・・・・。
「何、難しい顔してるんですか?」
「あ、いや、ちょっと」
「ねぇ、お酒飲める?」
「俺、まだ未成年なんで・・・」
「そっかー、私のほうが一個上だったんだね。見えないや、へへへ」
冷蔵庫を開けて、アルコールを出してきた。
待てよ、俺、あいみんに手を引かれてここに来たんだった。
駄目だ。
驚きすぎて頭が回らない。
「まぁ、まぁ、落ち着いて落ち着いて。推しが目の前にいるってすごいことなんだもんね。びっくりしてても仕方ないよ」
「あーうん」
「私のどんなところに、推しポイントがあるの? グッズとか持ってるの?」
「いや、え・・グッズはこれから」
「これからね。ふむふむ、よい心がけ」
年下とわかった途端に、急に馴れ馴れしくなった。
「え・・・と君は何者なの?」
「浅水あいみことあいみんだよー」
「そうじゃなくてっ」
あいみんが缶の蓋をぷしゅっと開けた。
「ん? まだこの世界に来たばかりだから、聞いても何もわからないよ?」
「この世界って」
「みらーじゅプロジェクトのVtuberなんだもん」
首を傾げる。
悔しいけど、どう見ても推しのあいみんだ。
でも、ただ可愛いだけで、何もわからん。
「今日の配信どうだった?」
「あ、え・・・と」
配信どころじゃなかった。
しばらく呆然として何も考えられなかった・・・というか、ネットワーク環境とか覗いちゃったし・・・。
あいみんのインターネット検索履歴も見ておけば・・・って、それをやったら捕まりそうだな。
「うん、よかったんじゃないかな?」
「今日はゲーム配信に挑戦してみたんだけど」
「あーそうだったね」
「はい、ダウトー」
手で大きな✕を作る。
「え?」
「今日は、ゲームなんて配信してません」
びしっと指を差される。
「もう、ちゃんと見てなかったの? 推しの配信なんだよ? でも、今日はこの服で行っちゃったけどー」
「だって・・・・」
ジュースのようなカクテルを飲んで、ふはーと声を出した。
「ふふふ。まぁ、お酒が美味しいから許してあげよう」
「じゃ、じゃあ、俺はこれで」
「待て待て、推しのほろ酔い姿もちゃんと見ていってよ。せっかくなんだからさぁ」
目の前にぺたんと座って、缶の蓋をいじっていた。
酒癖が悪い・・・。
ツイッターの発言のまんまだな。
「んー? 未成年だからお酒はあげられないよ」
「わかってるって」
お、推しとの距離感じゃないんだけど・・・・。
突然、鼻歌を歌いだした。
7年位前に流行ったボーカロイドの曲だ。
懐かしい・・・少し悲しい歌詞・・・。やっぱりあいみんの声、好きだな。
世界観に、引き込まれる感じがするんだ。
しばらく、聞いているとテーブルに突っ伏して、寝始めた。
「今日も頑張った・・・・ぐーぐー」
寝言を話して、いびきをかいている。
む、無防備すぎるんだが・・・。
男だと認識されていないのか?
みらーじゅプロジェクトとやらから来たVtuberだからこんなことになってるのか?
とにかく、あいみんに関してはわからないことだらけだ。
毛布を肩にかけて、そっとその場を離れていく。
家を出ると、涼しい風が吹いてきた。
「何やってるんだ? 俺・・・」
道路を走る車の音を聞くと、やっと現実に戻ってきたような気持ちになった。