37 久しぶりの二人
「さとるくん、さとるくん。おはよう、朝だよー」
「んん・・・・・・」
「おーいおーい」
あいみんが起こしに来てくれるとか・・・。
最高の夢だな・・・もう少し、寝ててもいいか。
ん? セキュリティ関連の本が手元に。
「起きてってばー」
布団をはぎとられてはっとする。
「あいみん!?」
「もう、10時だよ。今日は、一緒にみらーじゅ都市に行く約束してたでしょ? 約束の時間になってもなかなか出てこないから、来ちゃったよ」
飛び起きる。
スマホの時計を眺めると、10時5分を表示していた。
9時にセットしていた目覚ましをひたすら消していたらしい。
「ごめんっ」
「ツイッターでDM3件送っておいたから」
怒ってるあいみんの動画が添付されていた。
じたばたしていて腕を振り回している。
これはこれで嬉しいな。
てか、一番まずいことは・・・・。
「はっ・・・こんなところに、私のタペストリーが」
「・・・・・・・・」
全く片づけてないことだ。
あいみんが机の横にかけていたタペストリーを見つけてしまった。
「えっと・・・・それは・・・・・」
「あ、ソファーには私のクッションまである。しかも見たことないやつだ」
クッションを手に取って眺めていた。
今まで、必死に隠してきたのに・・・・。
突然の来訪には備えてないって。
「むむ、よく見るとクリアファイルも私のだ」
どんどん推しグッズが見つかってしまう。
「待って待ってって・・・・もうその辺で勘弁して」
焦って、あいみんの手首を掴んだ。
「へ・・・?」
腑抜けたような声を出していた。
「その、ほら・・・あいみん推しだから・・・グッズたくさん持ってるのはしょうがなくて・・・」
「んと・・・ちょっとびっくりしただけだから・・・」
頬を赤らめて、俯きながら足を動かしたりしていた。
気持ち悪いと思われていないか?
あいみんがそんなこと思うわけないけどさ・・・。
「なんか・・・照れるね・・・さとるくん、その、そうゆう格好とか好きなの?」
あいみんがタペストリーに顔を向ける。
元気よく海で遊ぶ、水着のあいみんが描かれていた。
「えっ・・・」
「これみらーじゅ都市の海岸付近でりこたんたちと撮影したものなんだよ」
「・・・・・・・・」
もう、これを見られてしまった時点で、死にたい。
「こ、こ、これは、ほら、海とか行きたいなって思って飾ってるんだよ。勉強の息抜きに」
「そうだね。海、行きたいね。夏になったら、案内してあげるよ」
混乱しすぎて、自分でもマジで何の会話してるのかわからない。
「色々ごめん」
あいみんの手首を離す。
今日こそは・・・て思ったんだけど、初っ端からダメダメじゃん。
肩を落としていた。
「でも、・・いよ」
小声で聞き取りにくかった。
「え?」
「準備するんでしょ? 先に家で待ってるね」
「ん、あぁ・・・」
あいみんが弾むようにして家のドアを出て行った。
とにかく可愛い。
ふわっとしたパーカーに、少し短めのスカート・・・配信でも見たことない服装だな。
前髪は相変わらずちょっと跳ねていた。
って、こんなことやってるから、タペストリーとか見つかったんだよな。
脇が甘かった。
結城さんが推しに推しグッズを見られて恥ずかしがっていたのがよくわかる。
せめて、あいみん以外には全力で隠さないと・・・。
付箋を貼ったセキュリティの本をパラパラとめくった。
完全に一夜漬けだったけど・・・なんとなく頭に入った気がする。
気合入れていかないとな。勉強だけはイケメンに負けられない。
そもそも、イケメンの定義って人それぞれだしな。
バスタオルを持ってシャワールームに行く。
支度をして、あいみんの家のチャイムを鳴らした。
ピーンポーン
「さとるくん、いらっしゃい。あ、スウェットじゃないんだね」
「そりゃ、ちゃんとした私服で来るよ」
あいみんがにこにこしながら出てきた。
「あれ? あいみん一人って珍しいな」
「ゆいちゃが、りこたんとのんのんを連れて、先にセントバラ学園の食堂にいってるの。インスタ映えするパフェがあるんだって」
「インスタ映えって、のんのんが好きそうだな。あいみんは行かなくていいの?」
「私は、さとるくんを連れて行く係」
わざわざ、ゆいちゃが気を利かせてくれたんだな。
本当に、あいみんと二人きりになってしまった。
「あっ、靴持ってきて、今日は外に出るから」
「そっか、忘れてた」
砂を落として、スニーカーを手に持つ。
「これは紛れもなくデートだね。さとるくん」
「デートって・・・・・・」
あいみんがちょっと大人ぶっていた。
「っ・・・・・・・」
目が合うと、お互いばっと逸らした。
「・・・・そんなことより、早く行かないと。情報セキュリティの説明会行かなきゃいけないんだろ?」
「へへ、そうだね」
パソコンの画面を立ち上げて、あいみんの部屋を映した。
机に座って、足からモニターに入っていく。
「よいっしょっと・・・・」
これが一番意味が分からないんだよな。
腰半分モニターの中に入り込んだあいみんが、こっちに手を出してきた。
「はい、さとるくんも」
「うん」
あいみんの手を掴む。ぐっと引っ張られて、モニターの中に飛び込んで行く。
ぼふっ
クッションのようなものに顔から突っ込んだ。
「前来たとき、危なかったから、今回はクッションを用意してみました。痛くなかったでしょ?」
「あ・・・ありがとう」
クッションっていうか、大きなテディベアのお腹だった。
キャッチャーミットみたいな役割を果たしてるのか。
男がテディベアに飛び込むのは、大分複雑な心境だけどな。
「ねぇ、私の部屋も前とちょっと違うの。どこが違うと思う?」
「ソファの横の壁紙でしょ? 絨毯も薄くなった?」
テディベアから離れながら言う。
「え? どうしたの?」
「だって、いつも配信見てるから。歌もよかったよ。『ずとまよ』のカバーでしょ?」
「ふ、ふうん」
後ろを向いてたけど、嬉しそうなのが伝わってきた。
あいみんの配信はリアタイしてちゃんとコメントしてるのに・・・。
最近はコメントの流れも速くて、俺がいることも気づけないみたいだった。
「久しぶりに二人きりだね。何か、この部屋に質問があったら特別に答えてあげるけど?」
「え? 質問? じゃあ、今日はAIロボットくんいないの?」
「いるよ、ほら」
「わっ・・・・」
ソファーの下からルンバみたいなのが出てきた。
あいみんの近くに来ると、シュッといつものロボットの形になった。
「AIロボットくん、留守の間よろしくね」
3回くらい頷くと、ぐるっと回ってモニターの前で止まった。
よくわからないけど、門番的な感じなのか?
「早く行こうっ、みらーじゅ都市案内するから」
「うん、て、窓から出るの?」
メルヘンな部屋の窓を開けると、青空が広がっていた。
近未来都市って感じだな。ロボットが散歩しているのが見えた。
「ベランダからエレベーターで降りるんだよ」
「エレベーター?」
ベランダの手すりを覗き込むと、箱のようなものが浮き上がってきた。
慌てて靴を履く。
「これってエレベーターなの? なんか俺が知ってるのと形状が全然違うんだけど」
「いいの。さとるくん、早く早く」
あいみんがベランダの手すりを開けて、先に箱に乗っていた。
ちょっと警戒しながら乗り込む、気球の籠みたいだった。
これがみらーじゅ都市の技術か・・・。
ネットの検索みたいに、すぐに行けるって言ってた通りだな。
「近くの橋まで連れて行って」
「おっと・・・・・・・」
アイパッドのようなモニターに向かって話すと、急に動き出した。
景色が目まぐるしく変わっていく。
「落ちちゃだめだよ。さとるくん、なよっとしてるから、危ないなー」
「落ちないって、これくらい」
手すりに力を入れて掴まっていた。
あいみんの楽しそうな笑い声が響いていた。
 




