36 予測状況を天秤にかけてみる
「何それ・・・・?」
愕然としながらりこたんに聞き直す。
あいみんの家に呼ばれていた。
「さっきも言った通りよ。『VDPプロジェクト』メンバーの4人が、情報セキュリティについて説明してもらうの。この前、DOS攻撃があったでしょ? あいみんが、出られなくなったり・・・」
「私たち、システム関連には疎いですからね・・・正直DOS攻撃って言われても、私には何が起こったかさっぱりわかりませんし」
「っ・・・・・」
あいみんの配信中だったけど、りこたんに呼び出されて慌てて飛び出てきた。
俺の隣の家、あいみんの家でりこたんとゆいちゃがまったりとしている。
「そうじゃなくて・・・・どうしてセキュリティの講義会場がセントバラ学園なんだ?」
XOXOの出身校設定だった。
「どうしてって、講師がXOXOのハルとナツだからよ」
「彼ら、頭いいですからねー」
ゆいちゃがオレンジジュースを飲みながら言う。
「そうだけど・・・なんか、こう、もっといい講師いないのか? AIロボットくんとか・・・」
「まぁ、AIロボットくんたちも頭がいいですけど」
「勉強系Vtuberしてる彼らに聞いたほうが初心者にもわかりやすいっていうか・・・ねぇ」
「はは・・・りこたんはともかく、あとの3人は何もわからないので。私なんて特に、ITの用語すら曖昧なんですよ」
「・・・・・・・・」
嘘だろ・・・。
あのイケメンたちと、あいみんが接触するなんて・・・・。
考えただけで単位を落としそうだ。
マジで、のんきに『推しが自分を好きになる確率』とか、わけわからないことを求めようとしている場合じゃなかった。
「どうしたんですか? 顔が真っ青ですよ・・・」
ゆいちゃが、ゴリラの被り物を膝に置いたまま、こちらを覗き込む。
被り物の扱いが雑になってることとか、つっこむ心の余裕もなかった。
「朗報だと思ったんだけど・・・だって、みんながセキュリティについて知ってたほうが、さとるくんも、結城さんも安心するでしょ?」
「そりゃ・・・そうだけど・・・・」
「あっ・・・さとるくん、もしかして・・・・・」
急にゆいちゃがゴリラの被り物を被って、ププっと笑っていた。
「本当に心配性ですね。そんなに心配する必要ないのに・・・」
「・・・・・・・・・」
「え? 何の話? なんか知ってるの?」
りこたんはゆいちゃの話がわからないようで、ゆいちゃの被り物を取ろうとしていた。
モニターにあいみんが映る。
「わー、映ってる? あ、やっぱりみんなそこにいた」
「あっ、あいみさん。今、椅子避けますね」
「ありがとう」
ゆいちゃが素早く椅子をどける。
今日のあいみんは、だぼっとしたパーカーにショートパンツを合わせた服を着ていた。
珍しい雰囲気だな・・・。まぁ、何を着ても可愛いんだけど。
よいしょよいしょ、と言って、キーボードを避けながらあいみんが出てきた。
「ただいま。次は、りこたんの配信準備って・・・」
あいみんがこちらを見る。
「えー!?」
「あいみん・・・・?」
「どうしてさとるくんがここにいるの? 私の配信見てくれなかったの?」
あいみんが腕を掴んで揺さぶってきた。
「・・・ちゃんと、アーカイブ見るよ」
「いつもリアタイしてくれたのに。今日はちょっとだけ歌とダンスを見せたんだよ?」
「ごめん、今日はちょっと・・・」
あいみんのショックを受けている顔を見るのは精神的にくる。
何気なく、視線をそらしてしまった。
「あ、さとるくんを呼んだのは私なの。ほら、情報セキュリティの説明があるって話あったでしょ?」
「あぁ、そうだったね。行かなきゃね」
あいみんが大きなクッションにちょこんと座った。
「でも、さとるくんがリアタイしてくれないなんてショックだよ。今日は特に頑張ったのに、もうっ・・・2回は見て、ううん。3回見ること。絶対ね」
「ごめんって・・・」
眉を寄せて、不機嫌な顔をしていた。
「いいけどっ・・1回くらい」
「違うんですよ。XOXOのハルとナツが講師だって聞いたら、さとるくん慌てて部屋に・・・」
「ゆいちゃっ」
「え・・・・・?」
あいみんが何か考える前に止めた。
「えっと、ほら、情報セキュリティとか、俺もちょうど大学の授業でやってたところでさ。興味があったあから思わず飛び出てきちゃったんだよ」
「そっか・・・大学の授業・・・なら仕方ないか。たくさん勉強しないといけないもんね」
本当は、今一番大学の授業で煮詰まってるのはアルゴリズムだけどな。
もう、あいみんの前では情報セキュリティで通そうと思う。
すぽーんと、ゆいちゃがゴリラの被り物を取った。
「そうだ」
「ん?」
「さとるくんも一緒に情報セキュリティの説明会受けたらどうですか?」
「え? 俺まで・・・・・?」
「ほら、さとるくんみらーじゅ都市に入れるじゃないですか」
びくっとしていると、あいみんがにこにこしながらこっちを見てきた。
「そうだ。それがいいよ、一緒に行こう」
「・・・・・・・・」
返事するまでの3秒間、勢いよく頭を回転させていた。
あいみんがセントバラ学園でハルから講義を受けている妄想をして苦しむのと、実際に見て苦しむの、どっちがマシか・・・・・。
ものすごいスピードで天秤にかけていた。
正直、どちらもしんどい・・・けど・・・。
「・・・俺も行くよ」
「やったー」
近くにいたら、ハルとアキとあいみんの過度な接触は避けられるかもしれない。
仲良く話しているところなんて見せられたら、倒れてしまうかもしれないけど・・・。
いや、俺だって、イケメンに勉強だけは負けたくない意地がある。
セキュリティについて猛勉強してから立ち向かおう。
「セキュリティの説明会はいつなの?」
「え・・・と、今週の土曜日かな? 大丈夫?」
スマホでスケジュールを確認する。
遅番で居酒屋のアルバイトを入れてしまったな・・・・。
「ちょっと待って」
その場ですぐに、店長に電話をかけていた。
『はい、澤田ですけど』
「もしもし、お疲れ様です。磯崎です。急で大変申し訳ないんですけど・・・」
バイトの休暇交渉をしている様子を3人がじっと見ていた。
大学のテスト勉強が入ったことにして、平謝りしながらシフトを変えてもらった。
大学の勉強を優先にさせてくれる、優しいバイト先でよかった。
「本当にありがとうございます。では、失礼します」
向こうが電話を切ったのを確認してから、通話を切る。
ふぅ・・・・・。
「バイト休んでいいって」
「・・・・・・・」
「ん? みんなどうしたの?」
「・・・なんか、さとるくんが急に社会人みたいでびっくりしちゃって・・・」
あいみんが目を丸くしながら言う。
「え?そう?」
「でも、嬉しい。さとるくん、みらーじゅ都市に来れるね。あ、今度は私の部屋だけじゃなく、セントバラ学園までのルートまで申請出さなきゃ」
「そうね。やっておくわ」
りこたんが、キーボードを定位置に戻して、マウスをクリックしていた。
カタカタと打ちながら画面を切り替えている。
「さとるくん、あいみさんにみらーじゅ都市案内してもらったらいいですよ」
「え?」
ゆいちゃがこそっと近づいて、耳元でささやく。
「・・・二人きりならデートですね」
「っ・・・・・」
すっと離れて、何事もなかったようにジュースを飲んでいた。
「・・・・・・・・」
ぐっと体に緊張が走った。
あいみんとデート・・・?
「それがいいよ、ね、さとるくん。私が色々案内してあげる」
「ありがとう。よ・・・よろしく・・・」
「見せたいところたくさんあるの。えーっと・・・あ、部屋も掃除しておかなきゃね」
人差し指を動かしながら微笑む。
ドキドキしていた。あいみんが、みらーじゅ都市を案内・・・・。
いや、落ち着け。
全然、浮かれてもいられない状況だ。
あのイケメンたちから情報セキュリティについて教わるなんて・・・・。
インプットは何も求めていない。
マウントを取るくらいの勢いで勉強しなければと思っていた。




