34 DOS攻撃!?
「開発環境を用意しておいたから、接続IDとパスワードはここに書いてあるわ。保存しておくね」
「ありがとう。これで作業ができるよ」
りこたんが部屋で『VDPプロジェクト』のHP用の環境を作ってくれていた。
設定に必要な情報を書いたテキストをデスクトップに置く。
「ふぅ・・・・・」
「お疲れ様、いつもありがとう。はい、野菜ジュース。最近健康志向だって結城さんから聞いて」
「わざわざ、ありがとう。気が利くね」
野菜ジュースを渡した。
りこたんが立ち上がって、後ろのソファーに腰を下ろす。
「最近、みらーじゅ都市の様子はどうなの?」
「そうそう、今度は私たちまで出られなくなりそうになったのよ」
足を組んで、髪を耳にかけていた。
「えっ、どうして?」
「今回はゲート管理者がすぐ対応してくれたから、ロックはかからなかったんだけどね。みらーじゅプロジェクトのHPのあいみんの紹介ページがDOS攻撃を受けたの」
「あいみんの!?」
声が大きくなった。
「・・・DOS攻撃って、WEBサーバーに大量のデータを送り付けるやつだよね?」
「そう、10分くらいでAIロボットくんが見つけて、IPアドレスをすぐに制限したから、サーバーダウンにはならなかったんだけど」
りこたんが野菜ジュースを飲みながら言う。
「マジか・・・・・古典的な」
「『VDPプロジェクト』のメンバーも結構有名になってきたから、セキュリティも強化しなきゃねって話してたの」
「そうだよな。でも、DOS攻撃なんて、データを抜けるわけじゃないし、何が目的でそんなことするんだ?」
「嫌がらせよね。特に何かを要求されるわけでもないし・・・でも、みらーじゅ都市はAIロボットくんが見回ってるしセキュリティが万全だから安心して」
りこたんが表情を明るくした。
「そんな簡単にダウンするようなところじゃないんだから」
「うん・・・・」
わかってるんだけど・・・。
「まぁ、注目されれば必ずアンチって現れるって想定してたけど・・・」
「私たちも、掲示板とかは見ないようにしてるんだけどね。攻撃を受けちゃうと見ざるを得なくなるっていうか・・・・」
「そうだよな・・・心配だよな。あえて、あいみんを狙ってってことだし」
腕を組む。
あいみんへの心配が尽きなかった。
どうして、あんないい子に嫌がらせするんだろうな。
「・・・・本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫、あいみんも気にしてないって言ってたから。そんなに深刻にならないで」
「うーん・・・・・」
椅子に座ってノートを鞄に仕舞う。
「それよりも、さとるくん、単位とか大丈夫なの?」
ノートと何冊も積まれた情報処理の教科書を見つめていた。
「え?」
「結城さんも『VDPプロジェクト』のことをやりながら、大変じゃない? だって、大学でやってるのってプログラミング言語違うんでしょ?」
「確かに大学はPythonだけど・・・・でも、俺も結城さんも好きでやってることだから」
「単位落とさないようにね」
「はは・・・それは結城さんとも常日頃から言ってる」
まだ、大学での勉強の感覚がつかめていなかった。
高校は塾があったし、模試があったからどんなことをすればいいか簡単に決められたんだけど。
「私たちのこと応援してて、単位を落としたら元も子もないんだからね」
強く言われる。
「もちろん、それだけはないようにするよ。大学の勉強も、『VDPプロジェクト』のことも将来役に立ちそうなことばかりだし」
あいみんのHPを作ったことで、少し気が抜けてしまっていたけど、頑張らないと。
何よりも、XOXOのメンバー、特にハルにだけは負けたくない。
結城さんの言っていた大事なのは推す心という言葉を、深く胸に刻んでいた。
「そういえば、そこの段ボール、実家から?」
「え・・・あぁ・・うん・・・」
「途中みたいになってるけど・・・・」
妹から送り返してもらったあいみんグッズだ。
ガムテープを剥がして、中身を確認して、そのままになっていた。
じっくり確認したかったけど、これからあいみんが来そうだから・・・・。
「開けなくていいの?」
「いや・・・・ほら、実家から米とか、一人暮らし用のご飯が来ただけだから」
「そっか、いいご実家だね」
「うん・・・・」
本当は、結城さんのお兄さんが購入していたような、水着を着たちょっとセクシーなあいみんのタペストリーだ。
絶対に、誰にも見られたくない。
家のドアが開く。
「じゃーん、あいみん参りました」
「ちょっと、あいみ、私のほうが先にさとるくんの家に入りたかったんだけど」
「だって、私のほうがいつもさとるくんの家に来てるもん」
あいみんとのんのんが押し合いながら入ってきた。
「さとるくん、久しぶり。ずっと会いたかった」
「わっと・・・・・・・」
急にのんのんが抱きついてきた。
椅子が少し回る。
ふわっとした髪から、甘いフローラルのような香りがしていた。
「のんのんっ・・・」
「ちょっとっ。のんのんはすぐにさとるくんにくっつこうとする。離れてっと」
あいみんがのんのんを引きはがすような形で、割り込んできた。
「あ・・・もう・・相変わらず、力だけは強んだから」
「のんのんが弱すぎるのっ」
腰に手を当てていた。
「駄目だからね。さとるくんの推しは私だって言ってたでしょ?」
「男心は変わりやすいんだから。それに、こうするスキンシップにも弱いらしいのよ」
「えっ?」
のんのんが反対側に回る。
腕を絡めて、手を繋いできた。
恋人つなぎだ・・・。
「むぅっ・・・・」
あいみんが右の頬を膨らませている。
「えっと、それより・・・りこたんから聞いたんだけど、あいみんの紹介欄、DOS攻撃受けたんだって?」
はっとした表情になった。
「まぁ・・・びっくりしたけど・・・・」
「大丈夫?」
「へへ・・・大丈夫だよ。みらーじゅ都市のみんながいるし、AIロボットくんは守ってくれるし・・・」
ちょっと、無理したような笑顔に見えた。
「俺がちゃんと守ってやれればいいんだけどな。セキュリティ関連の知識、あまり無いからさ」
「え・・・・・・?」
「でも、自分ができる範囲になっちゃうけど・・・もっとたくさん勉強して、あいみんのこと守れるように頑張るよ」
「っ・・・・・・・」
あいみんのほうを見上げると、口をもにょもにょさせていた。
のんのんが少しだけ不機嫌になっている。
「きょ・・・・今日は満足したから、もう帰る。のんのん、戻って配信の準備しよ」
「あ・・・ちょっと・・・私は、まださとるくんと居たいのに」
「早く、料理の配信するんでしょ? 準備手伝ってあげるから」
あいみんが、のんのんの腕をつかんで強引に引っ張っていった。
嵐が去った後みたいに、しんとなった。
「・・・ん? なんだったんだ?」
マウスを避けながら、2人を見送っていると、りこたんが立ち上がった。
「わぁ・・・なんかこっちまで熱くなっちゃったから、私も配信手伝うから戻るね。そろそろ、ゆいちゃの配信が終わるころだし」
「え・・・・? あぁ・・うん・・・」
「じゃあ・・・・と・・・・・ん?」
帰り際に、段ボールの中にちらっと視線を向けていた。
「いや・・・それは、妹から送ってきたもので・・・」
「これは・・・なるほどね・・・・・」
慌てて、段ボールを閉めようとしたら、鞄に躓いて転びそうになった。
りこたんが手を口に当てる。
「日頃の頑張りに免じて、あいみんには黙っておいてあげるわ」
「・・・・・・よろしく・・・・」
段ボールの前に座りながら、りこたんを見送る。
・・・・もう、来ないよな?
これは見られたら恥ずかしいやつだ・・・けど。
最推しとしてはどうしても購入せずにいられなかったんだよ。
「・・・思ったよりも大きいな・・・・」
あいみんのタペストリーを広げてみる。
見られなくて、安堵していた。




