2 あいみんの秘密
「あ、あ、あの、よかったら、お茶でもどうぞ」
「あ、ありがとうございます・・・・」
「お菓子もあったらよかったのですけど・・・」
「いやいや、全然・・・・」
俺は今、Vtuber浅水あいみの家にいる。
もちろん、3次元の話だ。妄想じゃない。
短い髪を触って、大きな目を伏せがちにしながら、少しおどおどしていた。
限りなく2次元に近い3次元の、めちゃくちゃ可愛い女の子だ。
ゆっくりと、お茶を飲みながら、頭の中を整理する。
― 数時間前 ―
大学の教科書を購入し、鉛のようなカバンを背負って帰宅していた。
学部は想像通り、男ばっかりだった。
どうして理系って女子が少ないんだろうな。
東京に来れば、佐倉みいなみたいな女子がいるかもしれないと、淡い期待を抱いていたけど・・・・・。
万が一、学部に佐倉みいなみたいな子がいたら戦争になるだろうってくらい、女子がいなかった。
ま、俺には、最推しのあいみんがいるし。
帰宅すれば、あいみんが待ってる。今日も配信で名前呼ばれないかな、と期待していた。
アパートの階段を上っていたときだった。
「あのっ、すみません。昨日は、家に間違って入っちゃって・・・」
「え? あぁ・・・俺も鍵かけてなかったのがいけないし」
「いつもはこんなんじゃないんです。ごめんなさい」
水色のふわふわのフードを被った女子に話しかけられた。
よく見ると、声とかあいみんに似てるような・・・。というか、あいみんそのものだ。
いやいや、あいみんは2次元だろ。
いくら3Ⅾで人に寄せているからってそんなことは・・・。
「えと・・・お名前聞いてもいいですか?」
「礒崎さとるだけど・・・・」
わ、やっぱり、と手を叩いた。
「私、みらーじゅプロジェクトから来たVtuberの浅水あいみこと、あいみんです」
「え・・・・・」
「みんなからは、あいみんって呼ばれてます」
「もしかして・・・・毎日配信してる?」
「はい。頑張ってます」
ぐっと両手を握りしめる。
「・・・・・・」
・・・・あったよ。そんなこと。
嘘だろ? こんな可愛い子の隣に住んでるの?
しかも、あいみん?
「その・・・昨日、モニター見たんですけど・・・もしかして、私のこと推してくれてるんですか?」
「え・・・と、まぁ、友達に聞いてっていうか・・」
「う、嬉しいですっ」
小さい手でぎゅっと握り締めてきた。
「あ、あと20分で配信だから、準備しないと・・・」
「え、ちょっと」
片手を握りしめたまま、家に入っていった。
ドアがばたんと閉まる。
あいみんがこちらを振り向いて、きょとんとした。
「あれ? どうして付いてきちゃったんですか?」
「手、手」
ぎゅっと握られた手を指す。
「あー、ごめん! ・・・なさい」
ぱっと離して、頭を下げる。
なんだか、調子狂うな。顔も行動もそっくりで、配信で見てるあいみんだからさ・・・。
でも、Vtuberって声当てて身体動かしてるんだよな。
2次元だってこと、忘れないようにしないと。
「じゃ、俺はこれで」
「あ、せっかくなんで配信見ていってください。ぜひぜひ、感想もお願いします。私、みんなの気持ちとか、よくわからないんです。感想聞いてみたいなって」
「・・・え・・・・」
ここで? 家のほうが楽なんだけど・・・。
と、思ったけど、興味のほうが勝ってしまった。
Vtuberってどんな風に配信するんだろう。見てみたいような、見たくないような・・・。
推しが言うんだから、待ってみようと思う。
何事も経験だ。
― 現在 ―
19時50分、配信の準備っていつもこんなにギリギリなのか?
あいみんが時計を見て、やっと立ち上がって、パソコンのモニターのほうへ歩き出す。
「あれ? カメラ切ってていいの?」
「あ、さとる君はモニターで見ててください。ちゃんと忘れないで感想も言うのですよ」
ちょっと、大人っぽく話してきた。
「え?」
あいみんがモニターを触りながら言う。
ん? マイクもないし・・・・・。
配信環境、大丈夫なのか? と・・・。
「よっこいしょっと」
「!?」
あいみんがぴょんと机に乗った。
モニターを触ると波打って、そのまま吸い込まれるように中に入っていった。
何が起こったんだ?
思いっきり後ずさりして、お茶をこぼしそうになった。
モニター画面を覗くとあいみんがいつもの配信画面の中にいて、猫耳と尻尾を装着している。
鏡を見ながら、わーとか、いーとか表情をころころ変えていた。
そっと近づいて画面に触れてみたけど、普通の画面だ。
俺が触ってみても、何も変なところはない。
20時ぴったりになると、あいみんの配信が始まった。
『浅水あいみこと、あいみんだよ。みんなこんにちはわわ・・・あ、こんばんはだね。へへへ』
笑いながらくるっと回る。
『今日はー忙しくて、私服でごめんね。似合うかな?』
チャット欄が、あいみんへの応援コメントで溢れている。
さっきまで目の前にいたあいみんの服装だ。ぶかぶかのパーカーのままだった。
『みんな、ありがとうー。次は、もっと可愛い服着て来るね』
「・・・・・・」
あいみんが猫耳を動かした。
これ、現実だよな?
学校で貰って来た情報処理の教科書を横目に、びっくりして腰を抜かしていた。