26 事故だってば
「結城さんがのんのんのデータ分析もしたいから、DBのテーブル閲覧権限がほしいって」
「そうね、のんのんも配信時間帯がバラバラだからちゃんと決めなきゃ。権限付与するのに結城さんの家に行ってもいいかしら?」
「多分大丈夫だと思うけど・・・」
また、りこたんグッズを仕舞ったりするんだろうな。
この前モニターから見たときは、結城さんしか見てなかったけど・・・。
下手すると、啓介さんまでいそうだな。
いや、あの人社会人だし、デスマに巻き込まれてるだろし。
そこまでひょいひょいと妹の家に来れるはずがないか。
「じゃあ、結城さんにDM送ってみるね」
「はいはいはーい。私も結城さんの家に行きたいです」
ゆいちゃがゴリラの被り物を取って手を挙げた。
「でも、大人数で行ったら迷惑じゃないかしら?」
「うぅ・・・それもそうですね。あいみんとりこたんに任せます」
ゆいちゃが被り物の顔をぐにゃぐにゃいじっていた。
「結城さんの家、俺んちより少し広めだし・・・ゆいちゃ一人くらい増えても大丈夫じゃないかな?」
「そのー、結城さんって誰なの?」
「そっか。のんのんは会ったことなかったもんね。さとるくんの大学の子だよ。えっと、私推しみたいで・・・」
りこたんが少し照れながら言った。
『ところで、さとるくん』
あいみんがパソコンのモニターの中から大声で話しかけてきた。
「ん? どうした?」
『どうしたじゃないでしょ?どうして、こんな真面目な話の時に、のんのんとイチャイチャしてるの?』
あいみんの家に来てから、ずっと、のんのんが腕を絡めてきていた。
「だって・・・・」
「こうやってくっついていると楽しいんだもん。ね、ダーリン」
「・・・・・・・」
肩に頭を乗せてくる。
のんのんからほんのりと甘い香水の匂いがした。
「最近、私もダンスしたり頑張ってるの」
「そうなんです。今までダンスなんてやりたくないって言ってたのに」
「へ、へぇ・・・すごいな」
「まさか、のんのんが歌の練習まで参加すると思いませんでした」
「私だってやればできるのよ」
のんのんが満面の笑みを浮かべる。
ゆいちゃが、じーっとこちらを見ながら、ずずっとオレンジジュースを飲んでいた。
『私を無視して話を続けないでっ。りこたん、早く出してよ。私も、そこに行きたい』
「あー今、みらーじゅ都市のゲートの管理者に問い合わせてるから」
「・・・・・」
お茶を飲んでほっとしたような表情をしていた。
連日調べてて、もう匙を投げたんだな・・・。
まぁ、気持ちはわかる。
『りこたんまで・・・・・』
「ゲート管理者の回答待ち。必要な情報は提供してるから、そんなに時間かからないわよ」
「ふふん。悔しかったら出てみなさい」
のんのんが意地悪い表情で、モニターに映るあいみんを煽っていた。
『もうっ、さとるくんがこっちに来て。みんなそっちにいるなんてずるい』
「うーん、とは言ってもな・・・」
頭を掻く。
「確かに、このままあいみさんだけ一人ぼっちでかわいそうですね」
『でしょでしょ。さすが、ゆいちゃ』
「今までさとるくんを独り占めしてきたんだもの。これくらいいいでしょ?」
のんのんがむむっとしていた。
「独り占めって・・・そんなことは・・・」
「確かにそれもあります」
「ゆいちゃまで、りこたん、ちょっと助け・・・」
「どっちでもいいんじゃないかしら」
りこたんが完全に一仕事終わった後の休憩モードに入っちゃってる。
たぶんのモテ期なんだけど、初めて過ぎてどうしたらいいのかわからん・・・。
『ゆいちゃー、出られなくて寂しいよー』
あいみんが泣きそうな顔をしていた。
「うーん、私は中立。あくまで中立ですが・・・・」
ゆいちゃが勢いよく立ち上がった。
「あまりにも未成年の前でべたべたしすぎな気がします」
「ちょちょっと・・・・」
「あーゆいっ」
ぐいっと強引に腕を引っ張ってきた。
すっげー、力強いんだけど・・・・。
男の俺でも、抵抗できないくらいだ。
ミニゴリラって・・・被り物だけじゃなかったのか?
「ゆいちゃ、え、何しようと」
「えいっ・・・・」
「うわっ」
嘘だろ。
背負い投げされて頭からモニターに突っ込んでいった。
死んだかと思った。
モニターのゲートが開いててよかったな。
多分、開いてなかったら死んでたな・・・・。
「・・・・あいみん・・・こっちに来たみた・・・・」
「ふぇ・・・・・・?」
あいみんの上に覆いかぶさっていた。
顔が近い。
「違っこれは・・・・」
「あ・・・・・え・・・・」
「ご、ご誤解で・・・」
「あ、あの、わかってるけど・・・早くどけてもらえるかな・・・」
あいみんの頬が紅潮していた。
慌てて、離れて後ろを向く。
「本当に、そんなつもりじゃないから・・・勢いで・・・・」
「わかってる・・・・から、大丈夫だからっ・・・」
あいみんも座ったまま背を向けていた。
右手を握ったり離したりする。
腕を掴んでしまった感覚が残っている。
今の誰かに見られたか?
モニターのほうを向くと、ざざーっと画面がおかしくなっていた。
『ゆいちゃが、強引にさとるくんを吹っ飛ばすから』
『そうよ。さとるくんに何かあったらどうするの?』
『ごめんごめん』
『繋ぎなおして・・・と』
声だけが聞こえていた。
見えてなくてよかった・・・何言われるかわからないし・・・。
バチッ
モニターに三人が覗き込んでいる姿が映る。
『よし、映ったわ』
『あーさとるくん大丈夫でした? すみません、力入っちゃって』
「うん・・・一応無事というか・・・」
後ろに手を付きながら話す。
『早く戻ってきて。あいみ、一回行ったんだからいいでしょ?』
のんのんがちょっと機嫌悪くなりながら言った。
「う・・・うん。さとるくん、もう戻っていいよ」
「さっきのは違う。不可抗力で」
「いいのっ。恥ずかしいから、今日はもう大丈夫だから」
背中を押された拍子に、モニターに手を付く。
「おっと」
すぽっと抜けた感覚だった。
ゆいちゃがガシっと手を握っていた。
『もういいんですか? じゃあ、引っ張り上げちゃいますよ』
「うん、お願い」
ぐっと引っ張り上げられる。
ドンッ
「痛って・・・・・」
「頭だけはクッションで守りました」
ゆいちゃが床のクッションをアピールしていた。
頭は守られても、背中が痛い。
もうちょっと、スムーズに出入りできる方法考えなきゃな。
いつか、大怪我になりそうだ。
「さとるくん、待ってたわ。寂しかった」
「のんのんっ」
ハグしてきた。
「そんなことしたら、またあいみさんがすねちゃいますよ・・・・って」
モニターを見ると、あいみんがソファーに座っていた。
「あれれ、どうしたんですか?」
ゆいちゃが身を乗り出して、モニターを覗き込む。
『その・・・なんか疲れちゃったから、お昼寝することにしたの。おやすみ』
ピンクの毛布を頭から被って、寝ころんだ。
「珍しいわね。さっきまで元気だったのに・・・変なものでも食べたのかしら?」
のんのんがちょっとだけ心配そうにモニターを見ていた。
「変なことでもあったんじゃないかしら? 私たちがモニターを見れなくなっていた時に・・・ね? さとるくん」
「・・・・・・・」
ぎくっとして背筋が伸びた。
りこたんがお茶を飲みながら言う。
「何々、何があったの? ダーリン、私にも知る権利があるわ」
のんのんが顔を近づけてくる。
「何もないって・・・・・」
「あくまで想像の話しだから、本人に聞いてみたら?」
大人ぶった口調で言う。りこたんめ・・・・。
「教えてさとるくん」
「そうですよ。何があったんですか? 私にも教えてくださいよ」
のんのんとゆいちゃに、ぐわんぐわん揺さぶられていた。
何もないって誤魔化し続けていたけど、小一時間責められていた。
俺、どんだけ信用ないんだよ。




