25 嘘も方便です
廊下を全速力で走る。
授業終了10分前。
先生に腹痛を説明すれば、教科書の進み具合くらいは聞けるかもしれない。
焦りで変なアドレナリンが出ているのか、腹痛が収まっていた。
近くまで来ると、生徒が出て行くのが見えた。
リュックを背負ってメガネをかけいる人たちがぞくぞく帰っていく。
「あれ?」
拍子抜けしながら、ドアを開けた。
「・・・・・・・」
「ん? 磯崎君、もう授業終わったよ」
ぼうっとしてると、結城さんが声をかけてきた。
「え?」
「今日は先生が論文発表があるから、10分早く始まったの。先週の話し、聞いてなかった?」
「マジか・・・」
一気に力が抜けた。
結城さんの横に座って、パソコンを起動する。
「ごめん、今日やったところ、聞いていい?」
「こ・・・このUSBメモリの今日の日付フォルダに入ってるから。と言っても、先生の説明を聞いて私がメモしたソースだから間違ったりもあるかも」
「ありがと。助かるよ」
りこたんマークの付いたUSBメモリを差し込む。
ちょっとぎこちないような・・・・。
・・・って、そうだ。
画面に入ったときに、画面越しにバスタオル姿の結城さん見たんだった。
授業の遅刻ばっか気にして、すっかり忘れてた。
まさか、結城さんは気づいてないよな。
啓介さんに言われたら、殺されそうなんだけど・・・。
いやいや、もう考えるのは止めよう。
見なかったことにするしかない。今後のためにも。
「で、どうなの?」
「ななな、何が?」
動揺すると、怪訝そうにしていた。
「『VDPプロジェクト』のみんなのことよ。会ってるんでしょ?」
「あぁ。のんのんが『VDPプロジェクト』に入りたいって言ってたんだった」
「そうなの? びっくり」
結城さんが驚いていた。
「のんのん、お嬢様って感じだし。一番そうゆうのやらなそうなのに・・・」
「まぁ、確かにな」
「でも、ギャップが好きな人多いから、ファンが増えるかもね」
メガネのレンズに光が反射している。
キーボードをカタカタ打っていた。
やっぱり、雰囲気がりこたんに似てきた気がするな。
「見て、数字だけじゃわかりにくいからExcelでグラフ作ってみたの」
「へぇ・・・すごいじゃん」
あいみん、りこたん、ゆいちゃの配信のチャンネル登録者数とアクセス数が折れ線グラフになっていた。
「ここ1か月のデータなんだけど、ほら、プロジェクト始動したときから緩やかだけど確実に伸びていってる」
嬉しそうに話していた。
「あいみんのHPアクセス数も伸びてるよ」
「そういや、あいみんのグッズ購入も増えてるらしいんだ。AIロボットくんが忙しいって言ってたから、効果あったのかもな」
「こうやって目に見えるとやる気が出るよね。見て、特にゆいちゃがすごいの」
「本当だ」
ゆいちゃのチャンネル登録者数が横ばいだったのが、3日で5000人増えていた。
「ツイッターでエゴサしてみたんだけどね、ゆいちゃってゴリラの被り物してるのがデフォルトだと思ってた人も多かったみたい」
「あはは、そりゃそう思うよね」
「Vtuberって上だけ映ることが多いから、女子の服着た動物が配信してるような感じだったもんね」
「あの中だとゆいちゃが一番歌もダンスも上手いしアイドル向きだよね」
「そうそう、のんのんも入るならちゃんと準備しておかなきゃ。りこたんに相談しようっと」
スマホでツイッターを開いていた。
結城さんに言われた今日日付のフォルダをクリックする。
え、なんか画像ファイルな気がする。
ぱっと見、容量がちょっと重い。
おそらく、高画質でスクショしたりこたんだな。
「えっと、結城さん。このフォルダ・・・じゃないよね?」
「ん? あっ」
マウスをぐいっと奪った。
「違う違う、これはりこたんのでっ・・・。こっち」
焦りながらマウスを動かしていた。
ちらっと、裸のりこたんが・・・てか、可愛い女の子と百合っぽくなってるのが見えたような。
「・・・・ごめんっ」
「いや・・・こっちこそ」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
どうしても、どぎまぎしてしまう・・・。
そりゃ、性癖見られたら会話も止まる。明らかな百合だったんだけど、結城さんそうゆうの好きなのか?
気を紛らわせるために、周囲を見渡していた。
先生が居ないから質問に行かないし、どんどん人が掃けていった。
もし、何もやってなかったら、サークル入るのもよかったかもな。
大体、4限終了後にやってるみたいだし。
こっちは推し事でいっぱいだけどな。
「あの・・・変なこと聞くんだけど・・・・磯崎君って、あいみんの部屋に入れることなんてないよね?」
「そ・・・それが・・・なんか入れるみたいでさ」
「へっ?」
びくっとしていた。
嘘はつけない。ここから、言葉を慎重に選ばなきゃな。
「結城さんも、りこたんに頼めば入れるんじゃない? 今度、頼んでみたら?」
「えと・・・今日の昼くらいに・・・りこたんがあいみんの部屋転送してきたんだけど・・・」
「あ、そうなんだ・・・」
ドキドキしているのを、深呼吸して抑える。
「磯崎君、いたの?」
「い・・・いたんだけど、あいみんがなぜか急に毛布を掛けてきてさ。真っ暗になって何も見えなかったんだ。転送されていたのも、後で聞いてさ」
ごめん。全くの嘘だけど・・・。
心の中で平謝りしていた。
「あ、そっか。りこたんからDM来てたからびっくりしたんだけど、よかった。うち、あまり綺麗にしてなかったから」
すんなりと納得してくれた。
助かった。
結城さんが書いたソースコードとメモを、メモ帳に貼り付けて保存する。
「あ、アイドル活動するなら衣装も必要だよね? りこたん、どんな服着るんだろう」
頬杖を付いて、グラフをなぞっていた。
「のんのんも入るなら、のんのんのデータも集めなきゃ。りこたんに聞いてみようっと」
「あぁ。配信時間も考えなきゃな」
「ねぇ、どうしてのんのんも急にプロジェクトに入るって言いだしたの?」
「なんか、あいみんとちょっとしたバトルみたいになって」
「バトル?」
「俺と付き合いたいって言ってきたんだよ。もちろん冗談だと思うけど、あいみんが本気にしちゃって」
ソースのコメント欄を追いながら、頭の中でデバッグしていた。
「え・・・・付き合うってどうゆうこと?」
「わからん」
「え、本当に付き合っちゃうの?」
「そんなわけな・・・・」
結城さんが真剣な表情でこちらを見ていた。
「大体、俺の推しはあいみん。あいみん一筋。もちろん『VDPプロジェクト』のこと全員応援してるけどね。簡単に推し変はしないよ」
「ふうん」
不満そうに目を背けた。
「うっ・・・お・・・お腹が・・・・」
急激に、また、腹痛がきた。
お腹を抱えてうずくまる。
「どうしたの? 今日も珍しく遅れてきたし、何かあったの?」
「・・・・あいみんの部屋で、のんのんとあいみんの料理対決が始まって・・・美味しいって行ったほうが俺と付き合うとかなって」
「なるほど」
ぎゅるるるる・・・・
お腹が悲鳴を上げている。
「へ? どっちが美味しいって言ったの?」
「それどころじゃないよ。こんな状態だし」
「か、顔色悪いよ。大丈夫?」
結城さんがため息を付いて、鞄の中をごそごそしていた。
ポーチを取り出して、胃薬を出す。
「T製胃腸薬って飲んだことある? それならあるんだけど、いる?」
「あぁ、いつも飲んでたから大丈夫・・・」
一袋飲んで、水を飲んだ。
「ありがとう」
結城さんがふっと噴き出していた。
「なんだよ」
「すぐによくなるよ。でも、磯崎君の推し事って命がけだなって思って。モテてばかりで辛いね」
「からかうなって・・・」
「ふふふ」
薬のおかげか、ちょっと、胃がすっきりしたような気がした。
「ごめんごめん」
「・・・・・・・」
他人事だと思って・・・・ま、他人事なんだけどな。
くすくす笑って、咳払いすると、アイパッドを出していた。




