23 Vtuberのお部屋へ
「やっぱりあいみんだけ来れない」
「うーん」
大学は4限だけ出るようにして、3限は間に合わなそうだから結城さんにノートを頼んでいた。
あいみんの家に来て、モニター越しにあいみんを見る。
りこたんが必死にパソコンをいじっている。
『えー、どうしよう。『VDPプロジェクト』始まったばかりなのに』
「あいみさん、こっちは?」
『全然ダメ、ガラスみたいに弾かれちゃう』
あいみんが画面の中でジタバタしていた。
「りこさん、この回線に繋げたらどうですか?」
「一番最初にやったけど駄目だったの」
ゆいちゃとりこたんが色々話している。
でも、そもそもどうゆう仕組みでこっちに来れるのか、さっぱり見当つかないんだよな。
ネットワーク云々より、モニターが一番謎だし。
「何かわかりそう?」
「全然わからないわ」
りこたんがEnterキーを押すと、モニターがぐわんぐわん波打っていた。
『わ、びっくりした』
「二人が出てこれるのに、あいみんだけ出てこれないなんて、変な話だよな」
モニターを触ってみる・・・と・・・。
は・・・・?
ちょっと待っ・・・・・。
『わっ、これさとるくんの手?』
モニターに自分の手が映っていた。
こんなの嘘だろ?
ありえないだろ。
「りりりり、りこたん、俺の手画面の中に入っちゃってるかもしれないんだけど」
声が上ずった。
生ぬるい水に浸かるような感覚だった。
「HPリリース作業したときに、さとるくんのアカウントも作ったの。入ってみていいよ」
「マジか。てか、そんな軽く言われても・・・」
「アカウントを作ると同時に、ゲート申請作るようになってるの。もちろん、行けるのはあいみんの部屋のみよ。セキュリティ上不備があるわけじゃないわ」
「・・・・・・・」
すごく冷静に答えていた。
あいみんがこっちに来れない原因の究明で、俺のことまで気にしていないようだった。
「入っちゃってみたらいいですよ。楽しいですよ」
ゆいちゃが背中をぽんぽん叩いてきた。
「いやいやいや」
慌てて引き抜こうとする。
『いいこと考えた』
あいみんがガシっと、手を掴んできた。
『このまま引っ張っちゃう』
「うわっ・・・・」
体中に柔らかい電流がじりじりと流れた。
ぞわっとして目を瞑る。
「おーい、おーい、さとるくん」
あいみんの声だ。
手を付くと羽毛の絨毯のような感触が・・・。
少し甘いフルーティーな香りがする。
「ん?」
「私の部屋へようこそ」
「・・・・・・・」
あいみんがにこにこしながら手を引っ張った。
おそるおそる、周りを見渡す。
AIロボットがルンバみたいに近づいてきた。
「AIロボットくん、さとるくんだよ。ほらいつも話してる」
目をパチパチ動かしていた。
「嘘だろ? え?」
『わーさとるくん、こっち見えますか? さとるくんがVtuberみたい。なんか変な感じ』
ゆいちゃがゴリラの被り物で、変顔してきた。
目の前のモニターにはりこたんがキーボードを打ってる姿が見える。
さっきまでいたあいみんの家だ。
「おっと・・・・・」
AIロボットくんがツンツン体を触ってきた。
「くすぐったいんだけど」
ビビ―と鳴って手を引っ込めた。
「AIロボットくんもさとるくんに興味津々なんだよ。どう? 私の部屋、結構整頓されているでしょ?」
「うん」
なんというか・・・・メルヘンだった。
ソファーも絨毯もテーブルも、アイスクリームのような色だ。
冷蔵庫も丸い形をしているし、電子レンジには目が付いていた。
あいみんがいつも配信している場所だな。
「みらーじゅ都市案内してあげるって言いたいところだけど、さとるくんこの部屋から出れないもんね」
「そうらしいな」
立ち上がろうとすると、あいみんが手首を引っ張ってきた。
「えーもう帰っちゃうの? せっかく来たのに。はっ・・・もしかして、私の家居心地悪い?」
「そ、そうじゃなくて・・・ほら、大学の宿題とか・・・」
非現実過ぎて軽くパニックになっていた。
「今日1限お休みしたんでしょ? もうちょっとゆっくりしていってよ」
「でも・・」
ちゃんと帰れるかとか、後遺症はないかとか、いろいろ不安だった。
「なんなの? 騒がしい」
「あ、のんのん。見て見て、向こうの世界からさとるくんが来たの」
びくっとする。
髪を縦に巻いた金髪の女の子があいみんの隣に来る。
Vtuberの椎名野々花だ。
配信は見たことないけど、フォロワーのリツイートで流れてきたことがあった。
ちょっと毒舌のお嬢様キャラだ。
「んん?」
「・・・・・・・・」
手を腰に当てて見下ろしてくる。
「確かに向こうの人間ね。でも、どうしてここに? 申請がなきゃ入れないでしょう?」
「さとるくんは私のHPを作ってくれた、トクベツ、だから」
あいみんが自慢げに言う。
「なるほど。りこがアカウントを作ったのね」
「・・・・・・・・」
舐めまわすようにこちらを見ていた。
「あのHPを君が作ったの?」
「あぁ・・・・といっても、りこたんに大分協力してもらったんだけど」
「すごいわ。あの意味わからないHPを」
ストレートだな・・・。その通りだけど。
「そんなことないもん。いいHPを、もっといいものにしてくれたんだもん」
「どっちでもいいけど」
のんのんがスカートを直しながら横にぺたんと座った。
「決めた、私、この人の彼女になるわ」
「へ?」
いきなり、腕を絡めてくっついてきた。
「ダメダメ、どうして?」
「だって、かっこいいし、頭もいいし好きにならないわけないでしょ?」
「っ・・・・・・」
かっこいいとか、生まれて初めて言われて戸惑った。
「さとるくんの最推しは私なの」
「推しと恋人は別でしょ?」
あいみんとのんのんが睨み合う。
「もうっ、さとるくんに彼女を作るために呼んだんじゃないんだからね。早く向こうの世界に戻って」
「・・・え、うん」
ぷくっと膨れて、モニターのほうへ誘導しようとしていた。
「待って。さとるくんのこと色々知りたいの」
「『VDPプロジェクト』と大学の勉強で忙しいの。のんのん、武道館ライブとか興味ないって言ってたじゃない」
「彼氏が出てほしいって言うなら別よ」
「彼氏じゃないでしょ? もう離れてよ」
あいみんとのんのんが引っ張り合っている。
今、最大のモテ期が到来してる気がする。
が、画面の中なんだよな。画面の外でやってほしい。
「ねぇ、さとるくんは、どんな女の子が好きなの?」
「え、俺?」
のんのんが上目遣いにこちらを見てきた。
つか、なんで急に俺を?
「えーっと、いつも元気で、料理が得意な子・・・とか」
「私のことだわ」
のんのんがあいみんのほうを見る。
「私のこと・・・だもん。料理はこれからだけど」
あいみんがもごもごしながらシャツの裾を掴んできた。すげー適当に言ったのに。
「じゃあ、俺はそろそろ戻るんで」
のんのんの腕をすり抜けて、モニターに手を伸ばそうとしたときだった。
『もう何で急にこんなところでエラーになったのかしら。いったん、結城さんのところに飛ばしてから、こっちに繋いでみるね』
「え? 待って俺・・・」
手が画面に弾かれる。
りこたんが頭を抱えながら、Enterキーを押していた。
バチッ・・・・
モニターに結城さんの家が映った。
ここからじゃ・・・絶対、抜けられない・・・。
りこたん、システムのことになると周りが見えなくなっちゃうんだよな。
結城さんは・・・いないみたいだし、画面切り替わるまで大人しくしてるか。
俺がVtuberみたいに、画面の中にいたら驚くだろうな。
ま、信じないだろうけど。
「結城さんって誰?」
「さとるくんと同じ大学の子」
「へぇ、可愛いの?」
「まぁ・・・・」
バスルームのドアが開いた。
まさか・・・・・・。
『ふう、すっきりした』
バスタオルを巻きながら、結城さんが出てきた。
胸がほとんどはだけていて・・・太ももも、その・・・見えそうっていうか。
これはさすがにやばいって。
「あ、結城さん」
「さとるくんは見ちゃ駄目でしょっ」
あいみんが近くにあった毛布を頭から被せてきた。
もう、このまま置物になろう。
『あれ? 画面に何か映ってる?』
まずい。
見つかったか・・・?
『メガネ、メガネ・・・・・と』
「結城さん、こんにちはー」
『わ、あいみん?』
「へへ、来ちゃいました」
あいみんがたどたどしく言う。
『どうしたの急に? 何かあったの?』
「りこたんが接続テスト中なの。私だけ出れなくなっちゃって」
『隣の子は・・・Vtuberの椎名野々花ちゃんだよね? 初めまして』
「のんのんでいいわ」
ツンとしながら言う。
『というか、こんな格好でごめんね。りこたんから色々試したいから電源つけておいてってDM来てたんだけど、あいみんのことだったんだ』
「そうなの。私がそっちの世界に出られなくなっちゃって」
『りこたんならなんとかしてくれるよ。あ、今、りこたんからDMが・・・・・・・』
『・・・・・・・・・・・』
妙な間があった。
『戻す・・・・みたいだよ・・・・・』
「本当? じゃあね、また後で」
『うん・・・・・』
バチッ
「りこたんのところ戻ってきたよ。さとるくん」
あいみんがふわっと毛布を取る。
『これでどうかな?』
「うーん、まだ駄目みたい」
あいみんが手を伸ばしても、壁のように戻ってきていた。りこたんが口に手をあてて悩んでいる。
『さとるくん、こっちに戻ってきますか? 手伸ばしてくれたら引っ張り上げますよ』
ゆいちゃが無邪気に覗き込んでくる。
「まだ、お話ししたいからダメよ、ね、さとるくん」
放心状態でいると、のんのんがくっついてきた。
「もう、のんのん。べたべたしないでよ」
「いいのよ。付き合ってるんだから、ね」
「付き合ってないってば」
あいみんとのんのんが揉めていた。
Vtuberの部屋に座っていること自体、おかしいんだけど・・・。
結城さんの裸を見ちゃったことになるのか・・・?
画面越しだけど、はっきり見ちゃったな。
忘れないと、忘れないと、って思うほど鮮明に・・・。
二人から色々話しかけられていたけど、固まってしばらく動けなかった。




