20 好き違い
「磯崎君、おはよう」
結城さんがメガネを外して、うっすら化粧をしていた。
服装も、りこたんみたいなスカートを履いている・・・。雰囲気がらっと変わったな。
りこたんの影響か?
「お・・・おはよう。ここいい?」
「いいよ」
パソコンの前に、DBテーブルの関係を結んだER図を広げていた。
「あ、荷物どけるね」
「ありがと」
朝、8時半。
1限も始まっていない時間だったので、情報リテラシー教室には誰もいなかった。
「ん? そのサイト・・・」
「見ないほうがいいってわかってるんだけどね」
Vtuberについて書かれている掲示板を見ていた。
ぱっと見ただけで、あいみんやりこたんの中の人を詮索する書き込みや、みらーじゅプロジェクトの悪口、嫌味が目につく。
「・・・歌が下手なんて、よくそんなの書けるな」
「ここに取り上げられるってことは人気がある証拠だけどね」
タンブラーに口を付けて言う。
「私だって見ているだけで腹立つけど、りこたんが画面から出てきて、誰かに勘づかれてないかな? って心配で・・・」
「確かに、2人とも目立つしアイドルみたいだけど・・・さすがにVtuberが出てきたとは思わないでしょ。ストーカーがつかないかは心配だけど」
「うん。ツイッターで、Vtuberの住所が晒されたってのを見て怖くなって」
「マジで?」
ぞくっとした。
スクロールする画面を目で追っていく。
「うわっ・・・高額スパチャ投げた人までさらされてるの?」
「そうゆう人もいるんだよ。私のフォロワーさんもたくさんスパチャ投げるから、画面キャプチャ撮られて、晒されてて・・・」
「ひどいな」
見れば見るほど、イライラするな。
浅水あいみの声はこの人じゃないか? って、全く知らない声優の名前が書かれていた。
あいみんはあいみんなんだけどな。
「ん? Vtuberのみゅうみゅうって子は? かなり投稿があるみたいだけど」
「ついこの前、ツイッターで面白ネタ動画を呟いてバズったの。大手事務所のVtuberだから、バックも強くて、一気に有名になってる」
みゅうみゅう、と検索すると、銀髪の大きな目の女の子が飛び跳ねている動画が出てきた。
ちょっと変わった和服を着て、頭に花のかんざしを二つ付けていた。
「先々週まで、無名だったのに・・・」
「この子も武道館目指してるらしいし、ライバルになるかもね」
「あ、歌ってみた出してるんだ?」
「ボカロのカバーとか聞いたんだけど、すごく上手だったよ」
「ふうん・・・・」
ま、あいみんのほうが断然可愛いけどな。
「来週、HP実装できそうだけど、結城さんのほうはデータ分析できた?」
「うん・・・ざっくりとは割り出せそう。曜日ごとのコアタイムと照らし合わせたら、ツイッターのDMで送るね」
「あのDBテーブルから引っ張り出してきたの? すごいね」
「お兄ちゃんがね。張り切っちゃって。ツールまで作ってくれたから、私はEXCELで言われるがまま一覧作るだけだったよ」
「あぁ、なるほど」
『VDPプロジェクト』のやり取りは、鍵アカウントを作って、ツイッター中心になっていた。
結城さんのLINEも知っていたけど、ほとんど使うことはないな。
LINEのアカウントを持っていないあいみんが、結城さんとLINEしているとそわそわするからだ。
「明日はりこたんの歌とダンスが聞けるんだから。今日、4限目までぎちぎちに入れたんだけど、頑張らなきゃ」
結城さんの表情がぱっと明るくなる。
「秋葉原のカラオケ店だけどね」
「どこでもいいよ。りこたんが見れるんだもん。いよいよアイドルユニット始動って感じで、嬉しいね」
「あの・・・ずっと聞こうか迷ってたんだけど・・・・」
「なに?」
「・・・結城さんって、その・・・女性が好きなの?」
「え?」
目を丸くした。
「だって、ほら、りこたんへの入れ込み方・・・なんかもう、恋って感じじゃん。俺は別にそうゆうの、いいと思うよ。女子が女子を好きだって、おかしくないし」
「っ・・・・・・・」
ペンがかたっと落ちた。
「そんな・・・違う違う。全然そうゆうのじゃないよ」
「そうなの?」
「りこたんは、こんな風になりたいなっていう好きなの。恋とか、付き合いたいとか、そうゆう好きじゃないよ。それに・・・私、男の人が好きだし・・・」
「・・・・・・」
そうだったんだ。
てっきり恋かと・・・・。
「純粋に憧れてるだけ。女子の友達少ないのもあるかもしれないけど・・・りこたんみたいな子と親友になれたらいいなって。心の支えなの」
「・・・・そか。勘違いしてごめん」
「ううん。でも、これだけりこたんが大好きだったら、そう思われても仕方ないよね・・・。大好きなことは大好きだから、そこは勘違いしないでね」
「うん・・・あぁ、もちろん」
落としたペンを拾っていた。
意外な答えだった。
絶対、りこたんのことが恋愛対象として好きだと思っていたのに・・・。
「じゃあ、磯崎君はあいみんのこと好きなの?」
「もちろん、好きだよ」
「付き合いたいって思うの?」
「それは・・・・・・・」
真剣な表情でこちらを見つめる。
なんだろう。
もちろん好きだけど、Vtuberと付き合いたいって、そうなのか?
自分でもよくわからん。
結城さんがりこたんに恋愛感情があるって聞いたら、相談したかったけど・・・・。
止めておこう。
変な人に思われたくない。
「Vtuberだし、結城さんと同じ憧れって感情だよ」
「本当に? リア恋じゃないの?」
「あぁ。全然」
全力で、流した。
結城さんが疑うような目でこちらを見ていた。
「そう・・・それならよかったけど」
小さく呟く。
「え?」
「私も、Vtuberに恋したっていいと思うよ。お兄ちゃん、すっかり、りこたんに惚れ込んじゃったの」
「そうなの? 啓介さんが?」
「そう。無理やり時間つくって、配信もリアタイしてるって。ゲームで課金してた分を、りこたんのグッズにあててるらしいの」
もしかして、この前結城さんの家に行った時、応援してもらったからか?
あんなふうに言って貰えたら、好きになってもおかしくないと思ったけど・・・。
「他人から見ると普通かもしれないけど、妹から見ると、ちょろくて恥ずかしくなる。りこたんだから仕方ないって思えるけど」
「・・・・・・・」
それな。秒で落ちたんだな。
でも、結城さんも似ているとこあると思うんだけど・・・。
「じゃあ・・・推し用のアカウントとかあるよね? ツイッター、フォローしたほうがいいかな・・・?」
「いいよ、私もフォローしてないし。さすがに家族に自分のアカウントを見られたくない・・・」
「そ・・・それも・・・そうだな」
自分に置き換えたらゾッとした。
弟と妹がいるけど、どちらにバレても地獄だな。
あいつら、本当に俺と血がつながっているのかわからないくらい、リア充だからな。
「ねぇ、みゅうみゅうって子の声、ちょっとあいみんに似てると思うんだけど」
「え? そうなの?」
「聞いてみて」
スマホでスクロールして、片耳だけイヤホンを付けた。
『だべさ。私もそう思うべなー』
「・・・・・・・」
確かに、声質がちょっと似ている気がする。
でも、それより気になるのが・・・。
「方言なの・・・・?」
「そう。北国の子らしいよ。東北から上の方言を使いこなす、マルチリンガルって言われてるんだ。歌うときとのギャップで、バズったんだよ」
「なんか急に親近感があるな・・・・」
北国出身の自分にとって、すごく懐かしい感覚があった。
「あ、磯崎君って東北出身なの?」
「いや、生まれが北海道だけど・・・・」
「そっか」
もう一度聞いてみる。
「・・・・やっぱり、懐かしい。じいちゃんちの言葉聞いてるみたい。俺みたいな層にうけるんだろうな」
「あれ? あいみんから推し変しちゃうの?」
「そんなことないって。ちょっと、調べてみようかなって思っただけだよ」
「本当に?」
意地悪っぽく笑っていた。
「でも・・・一応、あいみんには黙っておいてね・・・」
「どうしよっかなー?」
茶化して、なかなか頷いてくれなかった。
画面を課題のEXCELに切り替えて話す。
「それより、今日の課題やっておかないと」
「俺もまだ終わってないよ」
「推し事と勉強の両立って大変だよね」
今日の2限目の解析学のノートを出す。
家にいるときは『VDPプロジェクト』のことが中心で、結城さんも俺も朝課題をやるようにしていた。
大学に入ってから結城さん以外とは話す機会がなかった。
ノートを取るのに不足分があるから、友達は多いほうがよかったけど・・・。
今は、『VDPプロジェクト』の応援に専念するほうが大事だな。




