18 りこたんのエール
「さっきは取り乱してしまって申し訳なかったね。仕事疲れから、色々と誤解していたようだ」
「はぁ・・・・」
「みいなの兄の啓介だ。妹がお世話になっている。みいながこうやって友達を家に連れてくるのは久しぶりで、驚いてるよ」
「お兄ちゃん、お願いだから変なこと言わないでよ」
「わかってるって」
背筋を伸ばして、シャツの襟を直しながら座っていた。
「情報処理って学部自体が、女子少なそうだから心配してたんだけど、もう友達ができてよかった」
「はい、仲良くさせてもらってます」
りこたんが明るく言う。
社会人の威厳を保とうとしているのかもしれないけど、さっきまであんな姿を見せられて、すぐに頭の切り替えができなかった。
りこたんが心配していなかったら、結城さんも家に戻さなかったかもしれないし・・・。
いや、あのままアパートでうずくまっていたら、家に入れるしかないか。
通報されるかもしれないからな。
「あ、同じ学部なのは、一応俺だけで・・・」
「ん? じゃあ、この子たちは?」
「だから、さっきも言った通りVtuberのりこたんとあいみんで・・・信じられないと思うけど、本物なの」
「はーい。みらーじゅプロジェクトから来ました。浅水あいみです」
あいみんがにこにこしながら言う。
「Vtuberか・・・。画像認識とか、機材そろえるの大変だね。モーションキャプチャーはお金がかかりそうだから、WEBカメラで配信してるのかな?」
「ちょっと、機材のこととかは私たちはわからないんですけど・・・」
「そのまま出てきたんだよ」
「え?」
「こうゆうモニターから、ぽーんって出てこれるんだよ」
小さな手で形を作って、一生懸命説明していた。
腕を組み直していた。
「・・・なるほど。外でも、キャラ作りはしなきゃいけないもんな」
「二人は本物で、ほら同じ顔でしょ・・・・・」
「うん・・・確かに、りこたんって似ている気がするな。服装は違うけど、いつも買ってるグッズの子にそっくりだね」
「はい。神楽耶りこなので・・・」
「コスプレが好きなのかな?」
「・・・・・うーん・・・・」
全く話がかみ合ってなかったけど、啓介さんが正しいと思う。
普通に考えて、理解できないだろうな。
りこたんがしょんぼりするあいみんを突いていた。
「実は俺たち、Vtuberサークルみたいな活動してるんです。人気Vtuberを生み出すために」
「そうそう、そうなの。ね。まだ大学入ったばかりなんだけど、Vtuber好きのメンバーが集まって何かできないかって」
結城さんが話しに乗っかった。
「なるほど、やっと話がわかってきた」
あいみんが否定しようとしたけど、りこたんが遮っていた。
「今、そうゆうのはやってるもんな。俺はゲームばかりやってるから、あんま詳しくないけど」
「はは・・・・」
「具体的にはどうゆうことやってるんだ? 俺も一応、SEだし、少しくらいは知識があるけど」
整っていない髭を触りながら言う。
「え・・・と、私とこの子がVtuberで」
りこたんがあいみんのほうに首を傾けながら言った。
「俺はHP作成をしています」
「へぇ、PHPとJava scriptか。WEBのIFは需要があるから、学生のうちに勉強するといいかもね。俺は、業務バッチ系だから、詳しくはないんだけどね」
「私はDB関連をやるの。データ分析をしたくて」
「みいなが? DBとか大丈夫なのか?」
「うん。お兄ちゃん、MY SQLって知ってる?」
「もちろん。使ったこともあるよ。大容量のデータも高速で扱えるし、使ってる企業も多いしね」
「後で教えて」
「あぁ、いいよ。DBはともかくとして、情報処理の勉強するのにみいなのPCのスペックで大丈夫なのか? 環境作ろうか?」
「ありがとう。今度、見てもらえる?」
すごいギャップだな。
つい数分前まで不審者にしか見えなかったけど、一気に頼もしく見えてきた。
「結城さんのお兄さん、すごいね。羨ましい」
「こうゆうことだけは・・・」
結城さんが少し照れていた。
啓介さんが一瞬にやけていたけど、すぐに表情を戻した。
「Vtuberか・・・同僚にも聞いたら興味持つやついるかもな。大学時代の友人にも、絵も得意だって人もいたし」
「本当?」
「あぁ、色々聞いてみるよ」
結城さんが喜ぶと、啓介さんも嬉しそうにしていた。
「結城さんのお兄さんこんなに頼もしいのに、どうしてデスマってのに巻き込まれちゃうの? 社会人になるとみんな経験するものなのかな?」
「・・・・・・・」
あいみんとりこたんが純粋な目で見つめていた。
本能的に、地雷踏んじゃった気がした。
「・・・・デスマっていうのは、急に来るもんなんだ」
目が血走っているように見えた。
「テスト工程ではバグを出さなきゃいけないんだけど、バグに次ぐバグ。予想外のバグ、潰したら今度は他のところでバグ。上からの、今更な仕様変更まで来たりして。もう、炎上しているプロジェクトに投げ込まれたら、自分も燃えるしかないんだよ」
「・・・・・・・・」
「本当、俺の人生、こんな感じで毎日終わっちゃうのかな・・・」
急に、しみじみと語りだした。
「あの・・・お疲れ様です・・・・・・」
「・・・・・また、来週から、あの環境に身を投じるのか・・・あぁ・・・」
「・・・・・・・・」
プロジェクトに入ったことないけど、雰囲気だけで壮絶なのが伝わってきた。
「お兄ちゃん、ネガティブになるならみんなの・・・・」
「あの・・・大丈夫です。仕事を頑張ってる男性ってとってもかっこいいと思います」
りこたんが、結城さんの声を遮って、急に大きな声を出した。
「へ・・・・?」
「配信していて、よく思うんです。私の配信来てくれる人たちから、夜遅くまで仕事してた、とか、勉強してた、とかコメントに書いてあったりするんですけど、休みたくても一生懸命頑張っていて、本当にすごいなって」
啓介さんが顔を上げる。
「私は画面の中から頑張れって応援することしかできないんですけど・・・なんていうか・・・そうやって頑張ってる人って心から尊敬します」
「・・・・・・・・・」
「誰かも見てないなんて思わないでください。きっと、気づかないところで頑張れって応援してる人はいると思うんです。私も、頑張れって応援してます」
言い切った後、はっと我に返っていた。
「わわっ・・・私ってば、急に何言ってるんだろ。恥ずかしい、忘れてください」
顔を赤くして、両手で頬を隠した。
「そんなことないよ。私もそう思うもん。みんな、えらいよね。私たちも頑張らなきゃって思うの」
「・・・うん・・・」
あいみんがちょっと戸惑うりこたんにくっついていた。
突然、啓介さんがすっと立ち上がった。
「俺、家に帰ってから作業あるから・・・・」
「あ、え? そうなの? うん、わかった」
勢いの良さに、結城さんが一番戸惑っていた。
「あと、君」
「俺?」
「一番最初にも言った通り、妹にはまだ男は早いんだからな。あくまで友達、友達としてよろしくな」
「は・・・はい・・・・」
釘を刺された。
結城さん、りこたんのことでいっぱいなんだから、友達としてしかありえない気がするんだけど。
「お兄ちゃん、そうゆうの止めてってば」
「さとるくんの推しは私だから大丈夫です。最推しなの」
あいみんが自信満々に言う。
「まぁ、そうゆう設定ならいいけど」
「はは・・・・」
愛想笑いをする。全く信用していない目で見ていた。
相当なシスコンだな・・・。
でも、りこたんの言う通り、こうゆう大人もかっこいいよな。
デスマだけには巻き込まれたくないけど。
結城さんがまだ何か話したそうな啓介さんの背中を押して、玄関のほうへ追い出していた。




