182 推しは裏切らない
「はぁ・・・ダメだった。ごめん、ゆいちゃ、私よりも力強いの忘れてた」
数十分後、あいみんが息を切らしながら家に入ってきた。
前髪がぴょんと跳ねている。
「そうか・・・」
「りこたんとのんのんとも話して、向こうでゆいちゃを追いかけたんだけど、こっちに来るルートを勝手にロックしたみたいで」
「・・・・・・」
徹底的に逃げられたな。
「でも、AIロボットくんに言えば裏から解除してもらえるかも。ちょっと頼んでみる」
あいみんがスマホを見ながら話していた。
こっちの世界にいれば、どうにかなるものも、みらーじゅ都市にこもってしまったらどうにもできない。あきらめも肝心だよな。
「・・・ゆいちゃがそこまで話したくないならしょうがないか・・・」
「え・・・・」
ソファーの背もたれに寄りかかった。全身の力を抜く。
「ありがとう、あいみん。でも、大丈夫だよ」
「大丈夫って・・・」
「ゆいちゃが嫌がってるのに、無理強いはできないよ。配信は今まで通り応援するしさ。気にしなくていいから」
「さとるくん・・・」
「・・・・・・・・・」
愛想つかされたんだろうな。
自分の気持ちから目を逸らしてきたバツだと思った。
カナも、あいみんも、気持ちを伝えてくれたのに・・・。
あいみんがスマホを握りしめて、こちらに歩いてくる。
「ダメ!!!」
両手を振って、大声を出した。
「え?」
「待ってて、絶対方法見つけるから。このままなんて絶対ダメだからね!」
頬を膨らませながら言う。
「あいみん、どうしてそこまで・・・」
「さとるくんの推しだもん。さとるくんが私に色々してくれたみたいに、私もさとるくんの役に立ちたい。今、さとるくんがどうしても話したい子は、ゆいちゃでしょ。諦めちゃダメ! あ、りこたん?」
「・・・・・・・」
「そうそう、私、今、さとるくんの家にいるよ」
スマホを耳に当てて、りこたんと会話していた。
あいみんは、やっぱりあいみんだな。
可愛いのにたまに大人っぽくて、ふわふわしてるのに芯のある女の子。
何もかも、絶対に裏切らない最強の推しだ。
「なるほど・・・力づくは敵わないけど、それなら何とかなりそう。うん・・・話してみる。うん、OKだったら、接続手順とかわからないから、また連絡するね」
電話を切って、こちらを見下ろす。
「さとるくん、パソコンを借りてもいい?」
「い、いいけど、ちょっと待ってて。課題途中までやってるのを保存するから」
パソコンのロックを解除して、資料を保存していく。
「何に使うの?」
「さとるくんのパソコンとゆいちゃの配信用のパソコンを1対1で繋ぐの」
「えっ・・・それなら勉強教えてたとき、やったことあるけど・・・今のゆいちゃなら接続も嫌がるから繋いでくれないよ。万が一繋がったとしても、電源落とせば簡単に切られちゃうと思うし・・・」
「そこは任せて。のんのんがゆいちゃを誘導するって。りこたんが電源落とせないように裏から制御をかけて、さとるくんがこっち側から落とさない限り、ゆいちゃからは切れないようにするの」
「んなことできるの?」
「できるの。私もりこたんに色々聞いて勉強してるんだ」
あいみんがにこっと笑ってみせた。
「パソコン、使っても大丈夫?」
「あぁ・・・うん」
椅子から離れると、あいみんがスマホを耳に当てながらマウスをクリックしていた。
「えちえちなのとか出てこないよね?」
「な、無いって」
「あっても、私はちゃんと秘密を守るタイプだから安心して」
ちょっとジト目で言う。本当はあるけど、いつもフォルダにロックをかけている。
履歴は消してるけど、なんかの拍子に出てきたら・・・とハラハラしてしまった。
「りこたんに連絡・・・と」
すぐにりこたんに電話をかけていた。
「もしもし、りこたん? はい、インターネット立ち上げたよ。そうだ、何かバッチを動かしてから、URL接続するんだよね? うん、大丈夫」
「・・・・・・・」
出会った頃は、まだ、HPすら危なかったのに。
推しも成長しているんだから、俺だって頑張らなきゃ。
逃げられたって、ちゃんと話はするべきだよな。
約束の時間は19時、今日、みんなの配信は休みだ。俺のために、急遽時間を作ってくれた。
クローゼットのグッズを眺めてから、深く息を吐く。
公式グッズだけではなく、同人グッズもたくさん持っていた。
あいみんグッズから、『VDPプロジェクト』のグッズに変わっていったな。
水着のタペストリー、4人のクッションカバー、抱き枕カバー、ミニフィギュア、マグカップ、クリアファイル、アクリルキーホルダー、ペンスタンド・・・。
どれも、思い出の詰まった大切なものだ。
って、日頃からこんな感じの部屋を見られてるんだから、愛想つかされて当然だと思うけど・・・。
最推しが作ってくれたチャンスだ。ちゃんと逃げずに話さないと。
バチッ
『あれ? なんか、いつもの配信の状態と違うのかな? でも、りこたんに直してもらったから・・・ねぇ、のんのん、私映ってる?』
ゆいちゃが画面越しに話していた。いつも配信のときに着ているパーカーの紐を引っ張っている。
『おーい、のんのん? 上手くいかないな。うーん、りこたんが間違うことなんてないのに。連絡してみなきゃ・・・』
「よ・・・よぉ、ゆいちゃ」
『!?』
緊張しながら、パソコンの前に座った。
『ど、どうしてさとるくんが? のんのんがダンスのフリを聞きたいって言ったから・・・私、の、のんのんと話さなきゃいけないので・・・』
「俺がゆいちゃと話したいって言ったんだよ」
『・・・じゃあ、のんのんは?』
「俺に協力してくれたんだ」
『っ・・・・・・』
ゆいちゃが困惑していた。
『わわわわ、私はさとるくんと話すことないのです。すみません、ちょっと急いでるので電源落としますね。また今度ということで・・・』
「待てって」
キーボードをがちゃがちゃ触って、絶望していた。
『・・・・・・・』
もう一回がちがちゃ触って、周りを見る。
さすが、りこたんだ。周辺機器を抜いても、接続が切れないようになってるらしい。
自分が反対の立場だったら恐ろしいけどな。
「ゆいちゃが逃げるから、みんなに協力してもらったんだ」
『あ、あいみさん・・・でも・・・私、本当にさとるくんに話すことがないんですよ。えーっと、さっきのことは聞いちゃって悪いと思ってます。すぐ忘れるので安心してください』
ゆいちゃが目を泳がせながら話している。順を追って聞いていくか。
「まず、そもそも、どうしてこっちに来たがらないんだ? 復旧したんだから、前と同じようにこっちで活動すればいいだろう?」
『それは・・・』
「留年したって気にするな。もう1年、高校生やればいいんだし、Vtuberとしての活動に支障が出るかもしれないけど、勉強なら俺が教えてやるから」
「へ?」
「ん? 留年なんだろ?」
『あの・・・誰がですか?』
「え?」
『?』
きょとんとしてマウスをカリカリしていた。
『んーっと、私、3月で高校卒業しますよ』
「え!? 留年したんじゃなかったの?」
『いえいえ、期末はちゃんと平均点取りましたし、こう見えて成績上がったんですよ。勉強は頑張った分だけ成績が上がるんですね。先生もびっくりしてました』
「・・・・・・・・」
自慢げに話していた。
留年した子への接し方とか、言葉のかけ方とか、めっちゃ検索してたのに・・・時間を返してほしい。
「卒業できるなら早く言えって。みんな心配してたんだから・・・」
『ごめんなさい。嬉しくて色んな人に話してたので、一番身近なメンバーに伝えるのを忘れてしまいました。というか、なんか話したつもりでいました』
ゆいちゃらしいな。
「配信でも元気ないし・・・どうしてあいみんたちのこと避けてたんだよ」
『それは・・・』
ゆいちゃが小さい体をさらに小さくして俯いていた。




