179 復旧中
「原因わかったって本当!?」
『うん。やっとね』
りこたんとあいみんとのんのんと画面越しに会話していた。
『今月にあった、みらーじゅ都市のOSの大規模アップデートが原因みたいなの』
「大規模アップデート?」
『そう。それで認証とか諸々失敗しちゃって』
『そういえば、最近ちょっと調子悪かった気がする。ほら、配信の時の接続とか、AIロボットくんがいたから、任せちゃってたけど』
「そっか・・・」
あいみんがこっちに来れなくなって1か月、やっと突然来れなくなった理由がわかったようだ。
「じゃあ、来る方法が見つかったってこと?」
『認証データの修復に数日かかるって言ってたから・・・』
『でも、それが終わったらそっちに行けるよ! 原因がわかれば、みらーじゅ都市って問題解決早いから』
あいみんがにこにこしながら言う。
全身の力が抜けて、背もたれに寄りかかった。
よかった。最近、バイトと、積み上げられた大学の課題と、『VDPプロジェクト』の不安で、ここ数日はほとんど睡眠が取れていなかった。
まだ、会えたわけじゃないけど、原因が特定できたし、復旧の目途がついたなら今日からやっと眠れそうだ。
「そういえば、今日、ゆいちゃは?」
ゆいちゃの姿は配信でしか見ていない。
勉強教えるの頼まれていたが、やったのは最初の数日だけで、あとは連絡が来なかった。
『こうやってさとるくんと話すって言うなら絶対来るのにね』
『なんか、最近元気がないみたいで・・・今日も誘おうと思ったんだけど、部屋にいなくて』
「そっか・・・」
配信で元気がないのはわかっていたけど、こっちの世界に来れないことが原因だと思っていた。
「なんか心当たりとかある? ライブで思うようにいかなかったとか? でも、クリスマスライブは完璧だったと思ったけどな・・・」
『・・・・・・』
3人が顔を見合わせる。
『・・・んー、留年とかだったら心配だね』
「留年!?」
『時期的にも、本人には聞きにくいのよね。みらーじゅ都市の高校だとちょうど成績が出た時期だし。最近勉強の話聞いてなかったし・・・』
のんのんが心配そうに話していた。
『私もそれ、思ってたの・・・。ライブも配信もあって、ゆいちゃ、ちゃんと勉強してるのかなって・・・。ゆいちゃ何でも限界まで頑張っちゃうから、勉強がおろそかになってもおかしくないなって』
『留年だったらと思うと、なかなか聞けなくて。しばらくそっとしておいて、自分から言い出すのを待つしかないなって思ってるの』
『心の整理が必要だよね。だって、ゆいちゃ頑張ってたもん。どんな結果であれ、ゆいちゃは悪くないよ』
あいみんがパーカーのひもを伸ばしながら話していた。
すごく納得してしまう。
俺に勉強を聞いてこなくなったのも、留年が決定したからなのか?
なんか妙に辻褄が合う気がした。
高校を留年するって、マジであるんだ。架空の話だと思ってた。
でも、ゆいちゃは勉強以外に才能があるんだから、留年くらいでそこまで落ち込む必要ないのに。
「なるほど。じゃあ、しばらく勉強の話には触れないほうがいいな」
『うん。私たちもさりげないフォロー頑張ってみる』
『そうね。今はそっとしておこう』
3人が頷いていた。『VDPプロジェクト』は団結力が強いな。ファンも安心して応援できるグループだと思った。
「とにかく、またみんなに会えそうでよかったよ」
『お騒がせしましたー』
あいみんが髪をいじりながら舌を出した。
『そうそう。私ね、さとるくんに会ったら話したいことがあったの。いつも、応援してくれてありがとうって。ほら、画面越しじゃ渡せないでしょ? バレンタインのチョコレート渡したくて』
「!」
そういえば、2月14日はバレンタインだ。
『バレンタインまでには、そっちの世界に行けそうでよかった。楽しみにしててね』
「あ・・・ありがとう」
マジか。推しにチョコレートもらえる世界線があるなんて、考えたこともなかった。
もらったときに、心臓が止まらないようにしておかなければ・・・。もらうまでは事故があっても死ねないな。
『私は結城さんに渡そうかなって思ってる。啓介さんは会えるかわからないけど・・・できれば、渡したいな。2人が応援してくれなければ、立ち直れなかった失敗配信とかもあったから』
「すごく喜ぶと思うよ!」
『そうね。頑張らなきゃ』
りこたんがにこっとした。のんのんが2人を見て、もぞもぞしている。
『のんのんは? 渡さなきゃいけない人いるんだよね・・・・』
あいみんがにやにやしながら、のんのんのほうを見る。のんのんが少し顔を赤くしていた。
『へ、変な意味はないわ。私は、ナツに渡そうと思ってるの。勘違いしないで、好きだとかじゃなくて、クリスマスにプレゼントもらったお礼だから』
『ふふふ、素直じゃないなー』
あいみんとりこたんが笑っていた。
ナツは成功したみたいだ。元々、付き合うのは時間の問題みたいなところもあったし・・・。
長年の片思いが実りそうでよかった。
「みんなもこっちに来れそうだし、やっと課題に集中できるよ。頑張らないとな」
『うん。頑張って。私も頑張る!』
あいみんが前髪をぴょんとさせて両手を握りしめていた。
推しの応援は万病に効く。
山積みされていた課題で圧死するかと思っていたけど、なんとか乗り切れそうだ。
驚くほどすらすらとエラーを解決していった。
スマホが鳴る。琴美からだ。珍しいな。
「もしもし」
『もしもし、お兄ちゃん?』
少し興奮気味に話していた。
「なんだよ、急に・・・」
『私受かったの! 大学!!!』
「マジで!?」
『うん!』
レッドブルを置いて、書きかけのソースコードを保存した。
「もしかして・・・」
『そう! もちろん、第一志望の大学だよ!』
「・・・・俺の大学・・・ってことだよな?」
『そう、お兄ちゃんの大学!!! 同じ学部だよ』
げ、地獄かよ。
「・・・・・・・・」
4月から琴美がキャンパスにいるとか地獄なんだけど・・・。
いや、成績いいし、受かるとは思ってたけどな。深呼吸して、心を整える。
「よかったな」
『お兄ちゃん、もう家族の中で頭がいいって言えないね。私も同じ大学に行くんだから。ふふ、楽しみだなー』
「入ってからだからな。忙しくなるのは」
『単位落としそうになったら、お兄ちゃんに聞こうっと。お兄ちゃんは私に聞いてこないでね』
「お前に聞くわけないだろうが・・・・・・・・」
死ぬ気で勉強しなきゃいけなくなった。
妹が単位取れてるのに、俺が落とすとかありえない・・・。
てか、大学だから同じ講義を琴美が取ってる場合もあるのか。
1年目にも増して、プレッシャーがでかくなった。
『そうそう、舞花はもう上京の準備整えてるんだよ』
「あー、確か、デビューしたんだよね?」
『そうそう。事務所名義で部屋も借りて、道具も揃えて、いよいよVtuber本格始動だよ』
「なんて名前なの?」
『探してみてーって。私も聞いてないんだよ』
「お前が信用できないからじゃないの?」
『そんなわけないでしょ。毎日SNSに張り付いてるお兄ちゃんとは違うんだから』
「そんなに見てないって・・・」
『ねぇ、大学行ったらね、サークルとか入りたいの! お兄ちゃんも入ってるでしょ?』
しばらくハイテンションな琴美の話を聞いていた。
受験のプレッシャーから解放されたのもあるのか、話が止まらないようだった。
こんなに会話が続いたのは久しぶりかもしれない。
カーテンを開けて窓の外を眺める。俺が合格発表を聞いて1年、佐倉みいなの電撃引退から1年か。
あいみんを見つけて、あいみんに会って、勉強して、バイトして、ライブに行って・・・。
自分の生活、取り巻く環境がものすごく変わっていったことをしみじみ感じていた。




