177 リアコでは・・・。
『VDPプロジェクト』のアーカイブ動画を見ながら、帰る支度をしていた。
今日1日あったことを何も覚えていない。ずっと、放心状態で過ごしていた。ななほしⅥのリハは無事終わったけど、喜ぶ気力もなかった。
あいみんからは、「こっちに来る方法が見つからない」ってDMが来ていた。
元々、科学的にありえない方法でこっちの世界に来ていたし。
万が一ずっと会えなくなってしまったらって、ネガティブな方向にばかり考えてしまう。
「リノ、そういえば、アニメの声優オーディションで主役になったんでしょ?」
「え? うん、一応ね」
「いいなぁ。私、出たかったアニメの主役のオーディション落ちちゃったんだよね。サブキャラで通ったからよかったけど、もうオーディションとかやだなー」
「しょうがないじゃん。オーディションはどんなベテランでも受けるものなんだから」
「あの空気やだ。はぁ・・・主役のルーシア役がよかった」
ツカサはメンヘラだけど、いろんな声を出せるから、仕事が途切れない。
前期の人気アニメの悪女の役がツカサだって聞いたときは驚いた。
あいみんたちがVtuberと声優掛け持ちしたらどうなるんだろう。
日々の配信で時間が取れないからなかなか難しいと思うけど、話題にはなるだろうな。
違った4人が見えて、新鮮に思えるのだろうか。
「ねぇ、何があったの? さっきから」
「え? あー、いろいろと・・・」
コートを着たリノが覗き込んでくる。
「へぇ、珍しいじゃん。リノが誰かを気にするなんて」
「気にするって、別にそうゆうわけじゃないから。ただ、自分たちの仕事で何かあったのかなって思っただけ」
「ふうん。リノが仕事ねぇ」
「私だって、気を抜いてやってるわけじゃないんだからね」
「わかってるって。なんか大人になったなって思っただけ」
ルカがポケットに手を突っ込みながら、リノと話している。
クリスマスの件以来、仲がいいとまではいかないけど、少しだけメンバー内での会話が増えた気がした。
「みんな、お疲れ。これから車出すから。乗ってく人いる?」
鬼塚さんが眼鏡を曇らせながら入ってくる。
「私は今日、実家のほうに帰るのでいいです。置いていた機材取りに行かなきゃいけないんで」
「あ! 私もこの後、お姉ちゃんと約束があるので大丈夫です」
「私も映画見て帰りたいので・・・」
ルカとツカサとミクが声を上げていた。
まだ、16時だから予定を入れようと思えば入れられたな。マミも買い物して帰るらしい。
「じゃ、お疲れ様です」
「あ、磯崎君も送ってくよ」
鬼塚さんが声をかけてきた。
「いやいや、俺はいいですよ」
「今日は車も空いてるし、遠慮しなくていいよ。なんだか、フラフラしてるし、このままだとどっか行っちゃいそうだからね。途中で倒れられても困るし」
「倒れるって・・・・・」
「じゃあ乗ってくのは、リノとカナと磯崎君ね」
「お願いします」
俺は大丈夫なんだけど、力が入らないだけで・・・。でも、流されるまま送ってもらうことになっていた。
「お疲れ様でーす」
ツカサがぬいぐるみがたくさん付いたカバンを持って出ていく。
東京は車の通りが激しい。年末なのもあってか、かなり渋滞していた。
「ダメだな。かなり時間かかりそうだけど大丈夫?」
「全然大丈夫です。帰って寝るだけなので」
「ねぇ、磯崎君、マジでどうしたの? チョコレート食べる? ほら」
リノが差し入れでもらったチョコレートを、手に載せてきた。
「ありがとう」
「今にも死にそうな目してるけど」
「もう、推しに会えないとか悩んだって仕方ないんだから、開き直ればいいのに。推しは元々会えないものだって」
「会えてたのが急にいなくなると、全然違うんだよ」
「え? さとるくんの推しっていうと・・・」
「『VDPプロジェクト』だって。なんかよくわからないけど、リアルで会えなくなったって落ち込んでるの。全く・・・」
カナが少し呆れたように説明していた。
「なるほどなるほど、推しに会えなくなったって、そりゃショックだな。リアルイベントやらないって感じか?」
「・・・そんなところです。ライブの目途が立たなくなってしまって」
「確かに落ち込むよな。気持ちはわかるよ」
まさか、しょっちゅう家に来ていたけど、いきなり来れなくなったなんて言えない。
「ライブ行けないだけでこんなに落ち込む?」
「ファンならそうなるんだよ。ライブは推しが存在してるって確認する場所みたいなものなんだから」
「鬼塚さん、今は推しとかいるんですか?」
「最近出た『Girls Planet』ってグループかな。仕事が忙しくて押せないけど、歌もダンスも完璧にこなすアイドルなんだよ。最推しは月野恵ね」
「・・・全然知らない・・・」
「まだまだ出たばかりだからね。あれはかなり有名になると思うよ」
ぼうっと窓の外を見ながら、話を聞いていた。
今日は早く帰れるけど、早く帰ったところで、誰も来ないんだよな。
「磯崎君はリアコだったのかい?」
「リアコって・・・」
「え!? リアコとかあるの? アイドルに恋するってことでしょ? 磯崎君が?」
リノが目を丸くして身を乗り出した。
「そうゆうわけじゃないですよ」
「ははは、アイドルに恋するなんてよくあることだよ。僕もあったし、追いかけてるうちに、推しがすべてになっちゃうんだよね」
「マジで?」
「本当、リアコじゃないですよ。もし、彼氏ができたとかだったら、ものすごく落ち込みますけどね」
リアコにはもうならないと決めていた。1年前、電撃結婚して引退した佐倉みいなのことがあったから・・・。
「アイドルなんて裏と表は違うんだから、Vtuberだってそうでしょ? あいみんだって裏で何やってるか見えないんだから。ま、盲目な磯崎君に言ってもわからないと思うけど」
「わかってるって。ななほしⅥ見てると、全然違うからな」
「あ、そ」
カナが髪を耳にかけながら、ちょっと頬を膨らませていた。
「リアコ・・・この子たちに?」
リノがスマホで『VDPプロジェクト』の動画を見ていた。たぶん、4人でのクリスマス配信だな。
「そんなにうじうじするなら、気持ちだけ伝えればよかったのに」
「気持ちって」
「好きだよーって、よくファンの人たちスパチャしてるじゃん。Vtuberもキャラとして回答してくれるでしょ」
「キャラか・・・・」
4人の場合はキャラじゃない。素なんだよな。
でも、俺は推しに気持ちを伝えきれていなかった気がする。
あいみんだけじゃなく、りこたん、のんのん、ゆいちゃにも・・・。
「この際、早く玉砕して、ななほしⅥのファンになればいい」
「なんで玉砕すること前提なんだよ」
「Vtuberと付き合うなんて甘くないんだから」
カナが意地悪く言ってくる。
「付き合うって・・・」
「磯崎君はVtuberの中の人も好きなんでしょ? 確かにみんな可愛かったけどね。ななほしⅥのほうが可愛いとは思うけど」
「はははは、さすがカナは強気だな」
「もちろん、トップアイドルなので」
迷いなく言っていた。まぁ、カナは可愛いし、強いし、アイドルとして完璧だ。嫌味に思わなかった。
鬼塚さんが頼もしいなと笑っている。
「鬼塚さん、Vtuberに恋するってどうゆうことなんですか? キャラに? 中の人に?」
「Vtuberはファンの見方によって違うけどね。キャラに恋する人もいれば、キャラと中の人を一緒として見て恋をする人もいるんだよ」
「へぇ・・・ねぇ、私もVtuberになれると思いますか?」
「なってみたいの?」
「声優ならなれるのかなって思って」
「んーVtuberは大変だよ。配信も頻繁にやらなきゃいけないし、アバターも自分で動かさなきゃいけないし・・・」
リノはVtuberの仕組みがいまいちわかっていないらしく、鬼塚さんに聞いていた。
「・・・・・・・・」
カナの言ってることは、しっかりと胸に残っていた。
推しが近くにいることに甘えて、何も言ってこなかったのは俺のほうだ。
ファンはみんな、スパチャで「好きだ」とか「一生推す」とか、ちゃんと気持ちを伝えていたのに・・・。『VDPプロジェクト』が武道館ライブをすることばかり目指して、肝心なことを避けてきてしまった。
推しはいつ会えなくなるかも、わからなかったんだ。
次会ったら、俺は・・・。
 




