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俺の推しは裏切らない!  作者: ゆき
176/183

176 喪失感

「磯崎君ー起きてる?」

「え、うん・・・・」

「もう、飲み物が足りないの。買ってくるって言ってたのに・・・どうしちゃったの? いつもはしっかり用意してあるのに」

「ごめん。あとで行ってくるよ」

 年越しカウントダウンライブのリハから戻ってきたカナが、ソファーに座っていた俺を揺らしていた。

 淡々と仕事をこなしていたが、ふっと気が抜けたときに、喪失感に襲われる。

 家に帰っても、あいみんの家は静かだし。誰も来ないし、配信は見ていたし、画面越しに会話していたけど、日が経過するごとにショックが大きくなっていった。

 といっても、まだ3日しか経ってないんだけどさ。

 

「ん? あぁ、カナ、お疲れー。みんなは?」

「鬼塚さん、お疲れ様です。衣装の調整に時間がかかってるみたいで、私だけ先に戻ってきちゃいました」

「そっか。リハもすごくよかったよ。この調子でね」

「はい」

 カナがペットボトルを持って、向かい側のソファーに座っていた。

 鬼塚さんがハンカチで顔を仰いでいる。

「・・・・・・・・」

「で、磯崎君は一体どうしちゃったの?」

 ぼうっとしながら、鬼塚さんに頭を下げる。魂が抜けたような感覚だ。

「さっきからこんな感じなんです」

「すみません。色々ありまして・・・あ、飲み物買ってきますね」

「あ・・・いや、いいよ。スタッフが協賛企業の飲み物配ってるみたいだから」

 立ち上がろうとすると、鬼塚さんに止められた。


「すみません」

「具合悪いの? 風邪とか? 熱はなさそうだけど・・・」

 カナが心配そうにのぞき込んできた。


「ごめん・・・本当に大丈夫だから。ちょっと色々あって落ち込んでるだけだから」

「わかったぞ、さとるくん。熱がない、具合が悪いわけでもないけど、体に力が入らない。その落ち込み方には、僕も覚えがある」

「え?」

「推し活ショックだ」

 鬼塚さんが痛快なほど、真実を突いてきた。 


「推し活・・・・?」

「・・・・・・・・」

「推しが結婚したり、恋人ができたり、噂が立つだけでもそうゆうふうになることがある。うちの会社では、推しが結婚したら休暇を貰えるようになってるよ。推しにスキャンダルが出る痛みは、社員みんな理解してるからね。俺も・・・・」

「推しが・・・結婚・・・?」

 心臓止まるかと思った。ワードだけでも即死するほどの破壊力だ。

 推しの恋人、推しの婚約者、推しの結婚、推しの子供・・・推しの子供!?

 推しの子供!? は? 相手、誰だよ。


「い、磯崎君、大丈夫?」

「え・・・うん・・・・・ごめん」

 手が震えて、缶ジュースを落としそうになると、カナが慌てて取り上げてくれた。

 頭がキャパオーバーだ。

 このまま一生推しに会えない可能性だってあると思うと・・・いや、そんなことはないって言い聞かせてるけど万が一、万が一、万が一・・・・。

「おーい、磯崎君? 生きてる?」

「え・・・・一応大丈夫」

「なんか、全然大丈夫じゃなさそうなんだけど」

「重症だな。困ったな、帰っていいって言いたいところだけど、僕はこれから総合プロデューサーのところに行かなきゃいけないし、スケジュール管理と公式SNSの更新用画像撮影をお願いしたかったんだけど・・・」

「本当、大丈夫なので。ちょっと休憩すれば問題ありません」

「磯崎君の推しって『VDPプロジェクト』のあいみんだったよね? なんかスキャンダル出てた?」

 カナがスマホをスクロールしていた。


「いや・・・・スキャンダルとかそうゆうのじゃ・・・」

「うーん、僕も特に見てないけど。あ、ごめん、そろそろ出なきゃいけないから。磯崎君、傷心のところ悪いんだけどよろしくね」

「はい」

「もしもし、はい。鬼塚です。今から向かいますので、少々お待ちください・・・」

 鬼塚さんがスマホで会話しながら楽屋から出ていった。 



「何の情報? ツイッターとか見ても上がってないし、ネットの情報? もし、そうだとしても、ネットの情報なんて嘘ばっかりなんだから気にしなくていいのに。私だって、一時期全然知らない子の卒アルを私だって、整形したって噂が広まったことがあったんだから」

「そうゆう噂とかじゃなくて」

「そっか。磯崎君、『VDPプロジェクト』と知り合いなんだから、直接聞けば早いよね」

 カナがテーブルにあったチョコレートを一つ、口に放り込んでいた。


「あいみんに長く付き合ってる恋人がいた? いること目撃した?」

「!?」

 殺人的なワードを使ってくるたびに、心臓が止まりそうになってるんだけど・・・。

「へぇ・・・でも、ファンにスキャンダルがバレるなんて、Vtuber失格ね。夢を売る仕事なのに、ファンに現実見せちゃダメだよ」

「そうじゃないって!」

「?」

「会えなくなったんだよ。『VDPプロジェクト』のメンバーと、会うこと自体できないんだ。諸事情あってさ」

 ため息交じりに言う。


「会えないっていうのは?」

「そうだな・・・遠くに引っ越したみたいな感じか。もちろん、配信は今まで通りあるし、連絡も取れるんだけど・・・リアルイベもこの先どうなるかわからないし」

 まさか、画面から出てこれなくなったなんて言えない。


「ふうん。会えないってだけでそんなに落ち込むんだ」

「そりゃそうだろ。ファンなんだから」


 トントン


「あ、はい」

 少し転びそうになりながら、ドアに駆け寄っていく。

「アース株式会社様から差し入れのペットボトル届きました」

 若い男の人が段ボールを持っていた。受け取って、テーブルの上に置く。

 俺と同じか少し年上くらいだろうか。


「ありがとうございます」

「はっ・・・かななん!?」

 カナの顔を見ると、急に動きがぎこちなくなった。

「あ、えっと・・・スポーツドリンクと、お茶と清涼飲料水ですね。こちらの清涼飲料水は新商品になっているようで協賛企業様から・・・」

「聞いてます。SNSに上げておきますね」

「はい、お願いします」

 男がカナのほうをちらちら見て、少し顔を赤らめてお辞儀をしていた。


「僕、ななほしⅥのファンなんです。かななん、いや、カナさん。頑張ってください、応援してます」

「ありがとう」

「っ・・・」

 カナがにこっと笑うと、男がどぎまぎしながらもう一度頭を下げた。

「ししししし、失礼します!」

 飛び上がるように楽屋から出ていった。廊下からどたどたと何かに躓くような音がした。




 段ボールからペットボトルを抜いて、テーブルに並べていく。

 カナは本当にアイドルとして完璧だ。ななほしⅥのセンターやってるだけあって、ちょっとしたことでも抜かりがない。

「推しかぁ・・・・」

「カナにスキャンダルがあったら、ああゆう人たちが悲しむからな」

「私はそんなヘマしないもん。アイドルとしてのカナってキャラは守り続けるから安心して」

「あ、そ」

 カナも一度、俺と文化祭のときの、誤解を招くような画像が回ったんだけど、本人が気づく前に鎮火していた。

 ツイッターの流れを見ていると、アンチの嫌がらせってことで落ち着いたらしい。

 カナがこうやって堂々とアイドルしてるから、ちょっとの噂程度じゃファンも動じないんだろう。


「磯崎君も私を推しにすればいいのに」

「遠慮しとくよ。カナは頭いいし、裏の裏を読まれそうで怖いからな」

「つれないなー。私、ファンに尽くすタイプなのに」

 立ち上がって清涼飲料水を取りに来る。

 近づくと、ふわっと、ココナッツのような甘い匂いがしていた。

「後でSNSに画像アップしなきゃいけないから」

「はーい。髪とか整えておく」

「みんな戻ってきたらな」

 スマホのカメラを確認する。

 カナはこっちの世界の人間だし、ファンは会える可能性があるんだからいいよな。

 何があっても、Vtuberの『VDPプロジェクト』のファンになったことに後悔はないけどさ。

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