175 大事件は突然に
12月27日、バイトから早く帰ってくると、事件は起こった。
あいみんからのDMだ。予想外の、とんでもないことが書かれていた。
「あいみん? あれ? 映ってる? おーい」
『あ、さとるくん? ねぇ、みんな! さとるくんと繋がったみたいだよ!』
パソコンの画面にはあいみんの部屋が映っていた。いつも配信している部屋だ。
のんのんとゆいちゃが覗き込んできて、りこたんがAIロボットくんに何か話しているのが見える。
「よかった。てか、この配信大丈夫なの?」
『この配信はプライベート機能を使って、さとるくんの通信しか許可してないの。だから、さとるくんしか見れないんだよ』
「俺しか・・・・」
なんか、特別感があるな。いや、今はそれどころじゃなくて・・・。
咳ばらいをする。
「さっきあいみんから来たDMどうゆうことなの? こっちに来れないって」
『そうなの。私たち、画面からそっちの世界に行けなくなっちゃったの! どうやって行こうとしても弾かれて、こっちの世界に戻ってきちゃう。どうしよう・・・』
あいみんが画面越しに涙目になっていた。
「でも、どうして急に・・・前みたいにセキュリティの問題とかじゃなくて?」
『ロックは掛かってないみたいです。原因はわからないんです。そっちの世界に行きたいですーちょこっとお菓子食べたくなってこっちに戻ってきたら、数分後には行けなくなっちゃったんです』
『あ、ゆいちゃ、画面を勝手に動かしちゃダメ。壊れちゃうから』
『うぅっ・・・・』
ゆいちゃが画面をカタカタ揺らすと、のんのんが慌てて止めていた。
『りこ、何かわかった?』
『今、集めてる情報だとね、こっちの世界からそっちの世界に行くルートが何らかの理由で閉められちゃったみたいなの。私たちはもちろんだけど、XOXOとか、他のVtuberも行けないと思う』
りこたんがキーボードを操作しながら説明していた。
AIロボットくんが、りこたんの横で小さなモニターを見せている。
『こんなの初めてで・・・一応、XOXOのハルとも連携取ってるんだけど、向こうも原因がわからないみたい』
「そんな・・・・」
力が抜けた。
『ねぇねぇどうしよう、このままそっちに行けなくなっちゃったら』
『原因がわかれば戻ると思うけど、やっぱり不安ね』
『これからの企画とか、いったんキャンセルしなきゃ』
『ライブ予定してたの。それが終わったら、そろそろワンマン目指せるかもねって話してたんだ』
「・・・・・・・・」
あいみんが今にも泣きそうな声で言う。ゆいちゃが横でおろおろしていた。
『みんな、私たちのこと忘れちゃうかな・・・?』
「それはないって。配信はいつも通りできるんだろ?」
『そうだけど・・・でも、みんなと同じ場所にいれないと思うと、なんか急に不安になっちゃって。あ、ありがとう』
AIロボットくんがあいみんにティッシュを差し出していた。
ずるずると鼻をかんでいる。
「俺も配信リアタイできるようにするから」
卓上カレンダーを見ながら言う。
ななほしⅥのイベントは続いているけど、スマホがあればなんとかなるだろう。
何とかするしかない。みんなを励ますためにも、一人でも多くリスナーがいたほうがいいと思った。
『でも、さとるくん、バイト忙しくて、最近は配信リアタイできなかったですよね。あまり、さとるくんの負担にはなりたくないのですが・・・』
ゆいちゃが自信なさそうに話した。
「負担なんかじゃないって」
『あと・・・勉強も教えてほしいのですが』
「時間作るよ」
『・・・・・』
ゆいちゃがこくんと頷く。
『私、ダンスとか歌とか、たくさん練習するから。今まで以上に配信も、ゲームも頑張るから、さとるくん、忘れないでね』
あいみんが腕をぶんぶん振りながら言った。
「忘れるわけないじゃん。それに、一生会えないわけじゃないんだから」
『そうだけど・・・行けないってなると、悲しいなぁ』
『・・・・・・・』
俺だって、推しに会えないってものすごく辛い。
いつも会えてたのが奇跡だったんだけどさ。部屋に来れないと思うと、急に寂しくなる。
「ほら、そろそろ定期配信の準備しなきゃいけないんだろ?」
『あっ・・・もう30分前だ』
『じゃあ、いったん切るね。配信、ちゃんと見てね』
「うん。今日はもうバイトないから、全員の配信ちゃんと見るよ」
『ありがとう。また、進展あったら連絡するね』
画面がパチンと切れる。
ため息をついて、背もたれに寄りかかった。
この前のライブの感想を直接伝えたかったのに、こんなことになるなんて・・・。
ななほしⅥのことも話したかった。もしかしたら、『VDPプロジェクト』もななほしⅥみたいに、ゲーム化するかもしれないし、地上波での仕事も増えるかもしれない。参考になる部分を共有したかった。
頭を掻く。直接話すのと、画面越しで話すのは全然違うんだよな。
みらーじゅ都市の技術は高いんだから、どうにかなるに決まってる。悔しいけど、XOXOのメンバーだって頭いいし、何か方法は見つけてくれるだろう。
今は、配信で見る推しを、全力で応援しようと思った。
『こんばんわわわー。配信来てくれてありがとうー』
パソコンのモニターの前でスタンバイしていると、あいみんが映った。
だぼっとしたパーカーを着て手を振っている。
さっき見たときは前髪が跳ねていたけど、配信前に直したらしい。
うっすら化粧もしているのか、大人っぽくなっていた。
久々に見る、配信の推しもめちゃくちゃ可愛い。画面越しなのに可愛さが溢れている。
『コメントもたくさんありがとう。パーカー可愛いって? これね、実はーこの前のイベントのパーカーなんだよ。ほら、見て見て、後ろに『VDPプロジェクト』のロゴが入ってるでしょ? そうなの、すごいでしょ』
あいみんがくるっと後ろを向いて、背中のロゴを見せていた。
しばらくリアタイしていない間に、同接が1万になっている。
コメントが滝のように流れていてほとんど目で追えない。リアタイできる人なんてほとんどいないのに、この時間でこの数はすごいな。
あいみんの配信なら無理してでも見たい気持ちもわかる。
だって、ものすごく癒される。お茶を飲んで、喉を潤してからあいみんにコメントを打っていく。
すぐに流れちゃうってわかっていても、書かずにはいられないんだよな。
『ごめんごめん、ぼうっとしてた。スパチャ読み上げてくね。ふぁんたさん、パーカーはまた販売しますか? って、そうだなぁ。この前のイベントで売り切れちゃったから、もし希望がたくさんあれば相談してみるよ。おぉっ、こんなに。そんなにみんな欲しい?』
目をぱちぱちさせながらコメントを見ていた。
『私とおそろいだよ。えっと、りこたんも、のんのんも、ゆいちゃも持ってるから、『VDPプロジェクト』とおそろい。肌触りもいいし、パジャマにも最適。是非買ってね、あはは、通販番組みたいになっちゃった』
同じもの買っておいてよかった。推しとおそろいってワードで買わないファンなんていないよな。
『ローローさん、スパチャありがとう。今日は元気なさそうに見える? えへへ、よくわかったね。なんだかショックなことがあって・・・でも、配信はみんなからコメントもらえるから元気だよ。心配してくれてありがとう』
「・・・・・・・・」
『そうだった、ファンの名前を決めるって話があったね。うーん、私の名前があいみだからみんふぁん。あれ? なんか、パンダの名前みたい?』
ペットボトルの蓋を閉めて、何個もコメントを打っていった。
あいみんの声って改めて癒されるな。
日頃の疲れも溜まっていたせいか、さっきまでマイナスにばかり考えていたけど、配信を見たらなんとか精神状態を保てそうなくらいは落ち着いていた。
俺、推し無しでは生きられないのかもしれない。
 




