174 クリスマスは特別な・・・。⑨
「ありがとうございます。とっても楽しかったです」
「こちらこそ来てくれてありがとう。そうそう、美味しい焼き肉屋を見つけたんだけど、今度一緒に行かない? お仕事で悩んでるみたいだし、よかったら話を聞くよ」
「いいんですか?」
「いいって。ねぇ、この子ななほしⅥのミクちゃんっていうの。可愛いでしょ」
「そんな、知らない人いないっすよ。俺の周りでもファンが多いですから」
「ありがとうございます」
関係者チケットをくれた島崎さんは、眼鏡をかけたいかにもやり手って感じの人だった。
40代くらいだと思うけど、スタイルがいいからか若く見える。
イベントを主催したり、アーティストをプロデュースしたり、活動範囲は多岐に渡るらしい。
さりげなくミクを紹介している。本当に仕事のできる人なんだろうな。
開いていた楽屋のドアの向こうを見つめる。
『VDPプロジェクト』のみんな、いたりしないかな?
あいみんにさっきのステージの感動を伝えたいと思っていた。
まぁ、欲張りすぎか。ここに来れただけでも運を使い果たしたようなもんだから。
「さとるくん、磯崎さんに打ち上げ呼ばれたんだけど、一緒に行かない?」
「えっ、打ち上げ?」
ミクが駆け寄ってきた。
「今日は用事が・・・」
「あぁ、君が鬼塚さんの言ってたマネージャーね」
「はじめまして。磯崎っていいます」
軽く頭を下げる。
「そんな硬くならないでもいいから。この子たちのマネージャー補佐って大変でしょ? 全員個性強いからね。前の人も前の前の人もすぐ辞めちゃったから、君は長いほうだよ」
「あはは・・・・・」
マジでな。そんなことないですよ、の一言すら出てこなかった。
「ちなみに、私のお気にはミクだよ。6人の中では断トツ不器用で、傷つきやすいけど可愛いんだよなー。これからもよろしくね」
「へへ」
島崎さんがミクの頭を撫でる。
「よかったら君も打ち上げに・・・」
「すみません!」
「ん?」
「ちょっと、ミクもこの後用事があって・・・・」
「え? え? 私、用事はないけど」
カナとの約束がある。ミクには言わないでって言われたから事情は話せないけど・・・・。
島崎さんが俺のほうを見て何か察してくれたようだった。
「そうか。まぁ、私も今日は疲れたし打ち上げは途中で抜けようと思っていたからね。ミクちゃん、鬼塚さんによろしく伝えておいて」
「あ・・・はい! またLINEします」
「うん、こっちからも連絡するよ。ミクちゃん、頑張ってね。負けないで」
島崎さんがスタッフのほうへ戻っていった。
ミクが何か言いかけたが、遮って付いてくるように促す。
スマホを見ると、カナから「この駐車場にいる」って連絡が来て、地図が貼り付けられていた。
「何かあったの?」
「いや・・・えっと、まぁ、色々とね・・・ほら、こっちのほうでなんかイベントあるみたいだし、行ってみよう」
「?」
俺はこうゆうときの嘘が上手くない。
我ながら、なんでこんな時間に駐車場でイベントあるんだよってツッコミたくなった。
でも、カナとやり取りしていたことには気づいていないようだ。カナやルカだったら無理だろうな。ミクがちょっと抜けていてよかった。
ライブ会場から数百メートル離れたところにある駐車場まで来ると、すぐに鬼塚さんの車を見つけた。
ミクがはっとして立ち止まる。
「どうして鬼塚さんの車が?」
「仕事じゃないんだけど、ミクを連れてきてって」
「お、怒られるのかな・・・・」
「そうじゃないって」
急に表情が曇って、全然動こうとしない。
ここで無理やり連れていったら、俺が通報されそうだし・・・。
スマホをスクロールしたところで、車のドアが開いた。
「ミク!!!」
カナが大声で呼んで走ってくる。
逃げようとしたミクの手をがしっと掴んだ。
「ご、ごめん、今日のイベント行かなくて」
「私のほうこそごめんね。こんなにミクが追いつめていたこと知らなくて」
カナが急にしおらしくなって、頭を下げていた。
「ななほしⅥを一番にしなきゃって気持ちで、どこのグループにも負けたくないって突っ走ってた」
「カナ・・・・・」
「アイドルって賞味期限短いし、まだまだ時間あると思ってたのに、あっという間に時間が経っちゃう。ライバルグループもたくさん出てきてるし・・・いつ忘れられちゃうかもって不安だった」
ミクがゆっくりと顔を上げた。
「ミクが握手会嫌だって想像つくことだったのに・・・」
「ううん。私のほうこそ・・・」
2人でほんの少しだけ、腹の内を話していた。
カナの気持ちもわからなくはない。声優アイドルってたくさんいるし、声優兼Vtuberをやっている人もいる。今日のライブを見ていても、ライバルが多い世界なんだと思った。
ななほしⅥ内でも、みんなライバルだ。
自分で、次の仕事を見つけていかなきゃいけないんだから。
・・・・て、すげー視線を感じる。
振り返ると、鬼塚さんの車の窓からクマのぬいぐるみが浮かび上がっていた。
ライトの当たり具合がホラーで、ひぃっと声が出た。間違いなくツカサだな。
「ミクにもファンからクリスマスプレゼント、たくさん届いてたから持ってきたの。こっち来て」
「プレゼント・・・?」
カナがミクの手を引っ張っていった。
車のドアを開ける。
パパパパパパーン
「!?」
「メリークリスマス!!!」
小さなクラッカーが鳴った。ななほしⅥのメンバー全員が乗っている。
よく見ると、車内にはプレゼントがたくさん詰め込まれていた。
「これ、全部ファンからミクへのプレゼントだって。すごいよね」
ツカサがぬいぐるみを持ち上げながら言う。ちょっと狭そうだった。
「私の・・・・?」
「そう! で、ミクを迎えに来たの。みんなで、近くのカラオケでクリスマスパーティーしようと思って。ミクも行くでしょ?」
「時間的にあまり遅くなる前に解散しなきゃいけないけどね」
鬼塚さんが後ろを振り返りながら言う。
「・・・・・・・・」
「驚いてる?」
「そりゃ・・・だって、みんな揃うことなんてないし」
「たまたまね。歌いたい気分だっただけだから」
「ストレス発散したいよね。握手会って楽しいんだけど、少し疲れちゃって」
「私は別にどっちでもいいから。仕事の延長でね」
ルカはクールだ。クラッカーの跡を素早く片付けていた。
「で、ミクは? 行くの? 行かないの?」
「行くよ! 行く行く!!!」
何度も頷いていた。カナが車に乗り込むと、素早く後に続いていった。
「磯崎君もありがとうね。こんな遅くまでミクの面倒見てもらって」
「いえいえ、ライブは俺も楽しんでたので」
「ははは、そう言ってもらえて安心した」
鬼塚さんがにこやかに話していた。
この2日間で、鬼塚さんの体型はだいぶ細くなった気がするんだよな。
また、すぐ太るとは思うけど。
「磯崎君も一緒に来る?」
「そうだよ。磯崎君も一緒にカラオケいこーよ」
ツカサがプレゼントを避けて、俺の座るスペースを作ろうとしていた。
「いやいや、俺はいいよ。みんなで楽しんできて」
一歩下がる。
行ってもいいとは思ったけど、なんとなく、ななほしⅥのメンバーで盛り上がってほしいような気がしていた。6人しかわからない苦労とか、打ち明けられるといいなって思っていた。
「カナ、早く閉めて」
「うん、じゃあ、今日はありがとう。また連絡するね」
「あぁ、お疲れ」
カナが軽く手を振ってドアを閉めた。
ふっと肩の力を抜く。ツカサが窓からクマのぬいぐるみをぶんぶん振っていた。
駐車場から出ていく車を見ながら、ミクがクリスマスツリーのプレゼントに、願ったことってこんなことなんじゃないかなって思っていた。
小さなぬいぐるみのキーホルダーじゃなくて、観覧車でもなくて、みんなと話すきっかけなんじゃないかって。




