172 クリスマスは特別な・・・。⑦
「そうなんです。ちょっと握手会は精神的に参加できなくて・・・はい。そうですね、息抜きに・・・はい。以前から興味があったので・・・・」
「・・・・・・・・」
「あはは、また是非一緒に。そうですね、私は全然いいですよ」
ミクが明るい口調でスマホを持って、話していた。
電話の向こうに、キーパーソンがいる。『VDPプロジェクト』のライブ会場にいるキーパーソンが・・・。
「はい、はい。ありがとうございます。大丈夫です、16時半に裏口ですね。よろしくお願いします」
「・・・・・・・・・」
ドキドキしながら待っていた。模試のテスト返却並みに緊張していたと思う。
「さとるくん、オッケーだって」
「マジで!?」
思わず立ち上がってしまった。近くにいた家族連れと目が合った。
「そうそう。マジマジ」
「えっと・・・ライブに行けるってこと?」
「うん! 関係者席だからいい席ではないと思うけど大丈夫?」
「全然いいよ。てか、本当に・・・いいの?」
「うん。ちょうど行く予定だった2人が、仕事入っちゃって来れなくなっちゃったんだって。運がいいねって言われた。関係者席も埋まっちゃうくらい、今回のライブ注目度高いらしくて・・・知らなかったなー」
「へぇ・・・」
「16時半に会場の裏にある関係者出入り口の前に来てって。40代くらいの女性で、忙しいからあまり会えないんだけど、2回くらいご飯に連れて行ってもらったんだ。色んな相談乗ってくれるし、すっごくいい人」
ミクがマスクを直して歩いていく。
信じられなくて、しばらく夢見心地だった。ミクが天使に見えた。
ライブに行けるって・・・マジで、マジで、マジで、テンションが上がっていった。
会場に着くと、想像以上にスムーズだった。
関係者出入口っていうから、すぐに見つかるかわからないと思っていたけど、ミクがチケットをもらって戻ってきた。(女性はイベントの対応で忙しいらしく、部下が渡していた)
会場前にはファンが長蛇の列を作っていた。
二次元クリスマスふぇすは12組のアーティストが出る大きなイベントだ。
それぞれ推しのグッズを持った人たちがウキウキしながら並んでいた。このどこかに、結城さんたちもいるんだろうな。贔屓目か、『VDPプロジェクト』のグッズを持っている人たちは飛びぬけて多い気がした。
で、今、俺はステージ左端ブロックの関係者席にいる。ステージは暗くて、時折スタッフが行き来しているのが見えた。
いい席じゃないって言ってたけど、ちゃんとステージにいる人が見える。
ステージ端だったけど、肉眼で推しが見れる距離だった。
後ろのほうでしか見たことない俺にとっては、いい席過ぎるだろ。
「・・・・・・・・・」
クリスマスに『VDPプロジェクト』のライブ見れるんだよな。
夢じゃないんだよな。この後、どっきり実は・・・なんてYoutuberみたいなイベント待ってないよな。始まる前から感動していた。
「あれ? もしかして、さとるくん緊張してる?」
「そりゃそうだろ・・・推しのイベントなんだから」
「硬くなり過ぎだよ。そんなんじゃ、ライブ楽しめないよ?」
ミクが微笑んで隣の席に座った。
「私のファンもさとるくんみたいな感じで待っててくれるのかな」
「だろうな。推しってファンにとっては偉大な存在だから」
「どうゆうとこが偉大なの?」
「どうゆうとこ、って言うとな・・・もう、存在自体が、だよ。どんなに疲れて帰ってきても、勉強とか上手くいかないことがあっても、推しの配信とかSNSとかイベントとか出ると吹っ飛ぶんだ」
「そうゆうものなの? ちょっと大げさじゃない?」
「ガチだって。推しは良薬。万病に効くんだよ」
客席に人が集まり、ざわめきが大きくなっていった。
「へぇ。こんなに思ってくれるファンがいる『VDPプロジェクト』は羨ましいな」
「ミクたちだって同じだろ。誰かの推しである限り、誰かにとって必要な存在であることは間違いないんだから」
「・・・・・・」
俺たちの周りは大人がほとんどだったけど、ちらちらアイドルっぽい男女のグループがいた。
意外とペンライトは持ってる人もいるようだな。
「あ、さとるくん。物販行かなくていいの?」
「行っていいの!?」
「いいに決まってるじゃん。心残りがあるといけないから、ちゃんと行ってきなよ。クリスマス限定品とかたくさん出てるから。私、荷物見てるね」
ミクがツインテールを直しながら言う。
「ありがとう!! この恩は絶対忘れないから」
「本当、大げさ」
ミクってすっげーいい奴だな。今の俺にとっては、マジで天使だ。神だ。
財布を持って、席を離れていった。
ペンライトとタペストリー、クッションカバーのクリスマスイベントバージョンを買ってきた。
結城さんにも頼んじゃったからな。でも、この際グッズはいくらあってもいい。
予算は大幅にオーバーしたけど、悔いはない。めちゃくちゃバイト頑張ろうと思う。
あいみんのサンタコスのタペストリーとか・・・つか、『VDPプロジェクト』のタペストリーが可愛すぎた。みんなやばいくらい可愛い。
なんでこう、次から次へとクオリティの高いグッズを販売できるんだろう。
元がいいからだろうけどさ。
ちょっとえちえちな部分もあって、オタクにとっては最高だった。クッションカバーのイラストは冬服なのにエロいし。エロだけど露出は控えてみたいな、今までにないバージョンだ。
このグッズを手に入れただけでも、今日のライブの価値はある。生きてきた価値がある。
「何買ったのー?」
「な、なんでもいいだろ。推しの尊いグッズだよ」
ミクがにやにやしながらこちらを見る。さすがに、このグッズは見られたくない。
「この袋の感じ、タペストリーとクッションカバーってとこかな?」
「・・・・・・・」
バレバレじゃん。
「えちえちな絵だったね。着エロってやつ? 私もさっき物販情報スマホで見てたんだけど、ものすごく可愛かったね」
「・・・・・・・」
絵までバレバレだし。
「でも、さとるくんってそうゆうの集めるんだ。なんか意外だなー。ふうん・・・」
なんか性癖覗かれてる気分なんだけど。
「健全な証拠だろ。普通、俺くらいの年齢だとこうゆうのの1つや2つはある」
「わかってるって。じゃあ、ゲームの私のシークレットモードもちゃんとクリアしてね」
「そのシークレットモードってなんだよ。ゲームサイトにも載ってないしさ」
「それはシークレットだから。でも、どこかのブログには上がってたかな?」
大切な大切なグッズを足元に置いて、ペンライトを出した。
予算の関係で1つだ。気持ち的には4本持っている。
「すごいモードなんだよ。私も他のメンバーがシークレットモードあるのかは知らない。たぶん、あると思うんだけど、どんなことしてるのかまでは・・・」
「へぇ」
「もう、全然興味を示してくれないんだから」
ミクには申し訳ないけど、ライブのことで頭がいっぱいだった。
「シークレットモードを解放すると実は・・・・・」
こそっと耳元に口を寄せてくる。
「!?」
「・・・・・と・・・がなって・・・になっちゃうの」
「えっ!?!?!?!?!?」
驚いて耳を抑えた。ミクが少し顔を赤くしながら、髪で頬を隠した。
すっげーワードが飛び出してきた。
そんなこと・・・な・・・。
あんな全年齢対象のゲームに? いや、一部18禁って書いてあったけどさ。
「嘘だろ・・・ありえんの?」
「も、もちろん! キャラの話だからね! ミクっていうキャラの話だから! わ、私はあまり関わってないんだからね」
「お・・・おう・・・」
「・・・秘密だからね」
ミクがちょっと目線を逸らしながら言った。ミクが・・・いや、ミクのキャラが・・・。
ペンライトを落としそうになってしまった。
待ちに待ったライブ前に、殲滅力の高い爆弾を落とされたような気分だ。




