170 クリスマスは特別な・・・。⑤
「あの子すごくない?」
「やっば。神業じゃん。プロのゲーマーとか?」
どよめきの声が聞こえる。
「すみません! 他のお客様の動画撮影は禁止となっているので」
「あ・・・・・」
「っ・・・・・」
はっとして、カメラを向けられていることに気づいた。
間一髪、係員に言われて撮影はされていないようでほっとした。ミクが握手会に行かずに、お台場でゲームをしていることをネットで流されたら、さすがにまずい。
動画撮影しようとするのも無理はないんだけどな。
もちろん、ミクがななほしⅥのミクだってバレたからカメラを向けられたわけじゃない。
「あの・・・ミク?」
「え? 何? 今、忙しいの。あとちょっと、あとちょっと、ここ難しいんだよね」
「・・・・・・」
「よし!」
ミクが2つの機械を同時に使って、音ゲーをクリアーしていた。
かなり難易度の高い曲を、1つも間違っていない。
俺がクリアすべきものまで、ミクが1人でフルスコアをたたき出していく。呆然としていた。
Youtubeでも、こんな動きをしている子、見たことがない。
「あはは、楽しい!」
「・・・・・・・」
別人を見ているようで呆然としていた。これがミクなのか?
信じられなかった。いや、俺はミクのことなんてほとんどわかっていないけどさ。
楽しそうに手を動かしていた。こうゆう一面もあるのか。
『あなたの音楽力は神レベルです』
ゲームのモニターにありえないスコアが載っていた。全国で1位レベルらしい。
「マジか・・・・・」
「やったー!!!」
いつの間にか終わっていて、周りからは拍手が溢れていた。
「すごすぎるだろ」
「何者なんだ? あの子」
「いぇい。ありがとうございます」
拍手する人たちに向かってピースをしていた。
「ミク!」
「あ、つい」
アイドルの癖が出てしまっていた。慌てて、マスクを直して髪で顔を隠す。
ものすごく目立ってしまい、我に返ったのか、気まずそうにしていた。
「おめでとうございます。はい、これ、こっこちゃんのキーホルダーと、観覧車券です。彼氏さんといい思い出を作ってくださいね」
「ありがとうございます」
サンタの格好をした係員のお姉さんから賞品を受け取っていた。
彼氏じゃない・・・ってツッコミは、とりあえず置いておこう。
白いふわふわのキーホルダーだ。女子ってこうゆう機能性のなさそうなものが好きなんだよな。
「クリスマスツリーにプレゼントは置きましたか?」
「まだです」
「では、是非足を運んでみてください。お二人の願い事がきっと叶いますよ」
お姉さんがにこにこしながら、ツリーを案内してくれた。
SNSの撮影スポットになっているらしい。
肝心のミクはこっこちゃんに見惚れて、あまり聞いていないようだった。
「ありがとうございます。じゃ」
「あ、磯崎君・・・・」
周囲の人がミクに注目していた。慌てて、ミクを連れて駆け足でその場から去っていく。
「はぁ、危なかった。すごく楽しかったね。目立っちゃいけないってこと、すっかり忘れてた」
「まさか、ミクがあんなに音ゲー得意だとは。全国レベルだったじゃん。やってたの?」
「そうそう、ストレス発散に、よく一人でゲーセンに行って遊んでたの。もう5年くらいは通ってるかな。音ゲーだけじゃなく、シューティングゲームとかもフルスコア出せるよ。みんなには内緒だけどね」
嬉しそうに伸びをしながら歩いていた。
「どうして内緒なんだ?」
「一応、アイドルのミクなの。ゲーム音痴で、おしゃれが大好きなキャラで通ってるんだから、誰にも言わないでね!」
「別に言ってもいいけどな。アイドルが・・・って言ったって、ルカだってゲーム得意なんだろ?」
「ルカはそうゆうキャラだからいいの。私はダメ。絶対、他のメンバーにも言わないでね。ミクのイメージが崩れちゃう」
「わかったって。言わないから」
ゲーム好きなアイドルって結構モテる気がするんだけどな。
鬼塚さんとしても、ゲーム関係の仕事を受けやすいだろうし。
まぁ、ミクが言いたくないならいいか。
「クリスマスツリー行くんだろ?」
「あ、こっこちゃん嬉しくて忘れてた」
カバンにつけたこっこちゃんのキーホルダーから手を離す。
「そんなに嬉しいんだ。そのこっこちゃんとやら」
「うん。いい思い出になった。ありがとう」
こっこちゃんの頭を指で撫でていた。
「いや、俺はマジで何もしていないし」
「でも、私、こんなに外で伸び伸びと遊べてるの、初めてだから。きっと磯崎君のおかげだよ」
「俺の?」
「そうそう。磯崎君のおかげ」
クリスマスツリーのほうへ歩きながら言う。
「私、誰の前でも、常にアイドルのミクじゃなきゃって思うの。そう望まれてるから、みんなもミクでいたほうが喜んでくれるし」
「別に、好きにしたらいいと思うけどな。だって、さっきのゲームで自然と拍手起きたりしてたのも、素のミクだっただろ? ななほしⅥのミクじゃなかったんだから」
「それは、ただゲームができただけだし・・・」
「ミクが思う理想的なミクを演じ続けなくても、ミクはスポットライトを浴びるってことだと思うよ。もし、あのとき俺がミクと同じようにフルスコア出したって、あんなに拍手は怒らなかっただろうしな」
「そうかな・・・・・」
ミクと半日過ごして思ったのは、やっぱりアイドルだなってことだ。
一般人として歩いていても、オーラがある。
可愛いだけじゃなく、しぐさとか話し方とか、そうゆうものからにじみ出てくるのか、はっきりは定義できないけどさ。
「うー、でも! やっぱり、アイドルのミクから離れるのは怖い!」
「そうゆうもんなのか」
「そうゆうものなの!」
「ま、それも含めてミクだからいいんじゃない? 魅力的だと思うよ」
「なんか、磯崎君って褒め上手だよね」
ミクがツインテールの毛先を触りながらほほ笑んでいた。
「もしかして、好きになっちゃった? 私のこと」
「なってないって。安心しろ」
「ふうん。でもちょっと好き?」
「友達としてな」
すぐからかおうとしてくるんだよな。ミクがにやにやしながらこちらを見ていた。
「磯崎君のこと、名前で呼んじゃおうかな。『VDPプロジェクト』の子たちって名前で呼んでるんでしょ? さとるくんって」
「・・・・別にいいけどさ。好きに呼んでもらって」
いつの間にそんな情報掴んだんだよ。
「じゃあ、さとるくんって好きな人いるの?」
「・・・・・・・・・」
「え!? 何、その反応、いるの?」
「・・・・ほ、ほら、あれがクリスマスツリーだろ」
クリスマスツリーは天井まで届きそうなほど、ライトに照らされた大きなツリーを指す。
装飾はキラキラしていて、オーナメントも豪華だった。
テレビでよく見るようなクリスマスツリーだな。俺の地元では見たことがない。
「大事なことなのに、すぐそうやって誤魔化す」
「大事なことって・・・クリスマスツリーのほうが大事なんだろ? これが目的で来たんだから。ほら、願いがどうとか・・・」
ツリーの下には、プレゼントがたくさん置かれていた。
色とりどりの小さな箱に、願いを書いた紙を入れたりして、置いていく仕組みらしい。
子供やカップル、女子同士が、撮影してから箱を置いていた。
中には受験生らしき子たちもいるな。
こうゆうので願いが叶ったら、苦労もしないって思うんだけど・・・受験勉強辛くて、息抜きに来たんだろうな。気持ちはよくわかる。俺も1年前はそうだった。
1年後、アイドルとクリスマスツリーの前にいるなんて、想像もしていなかったな。
「ミク、プレゼントボックスはあっちのほうらしいよ。なんか、結構並んでるみたいだから・・・」
「すごい、綺麗・・・・」
「・・・・・・・・・」
ミクが瞳を輝かせて、ツリーに見惚れていた。
クリスマスツリーか。『VDPプロジェクト』のメンバーも、ライブ会場のクリスマスツリーを見ているのだろうか・・・とか、ぼうっとしながら考えていた。
 




