16 オタク女子の部屋
結城さんとの待ち合わせの調布駅に着くと、あいみんとりこたんが急にそわそわし始めた。
「うう・・・なんか緊張してきたね」
「うん」
改札を通る若い人たちが、ちらっとあいみんとりこたんに視線を向ける。
まさか、画面から出てきたVtuberだとは思わないだろうけど。
スタイルがいいから帽子で顔を隠しても、オーラが消えないんだよな。
実際、めちゃくちゃ可愛いし。
配信とは違うメイクをしていたから、雰囲気もいつもより大人っぽくなっていた。
「この服、目立つのかな? 配信では着たことなかったけど」
「大丈夫よ。インスタグラムに載ってたコーディネートだから」
「そういえば、ゆいちゃは来なかったの?」
「だって、ゴリラの被り物なきゃ外出れないって言うんだもん」
「そ・・・そっか・・・。それは仕方ないな・・・」
ものすごい、恥ずかしがり屋らしい。
無理に来るって言われなくて、ほっとしていた。
ゴリラの被り物被って、女子高生の制服着て歩くとか・・・一歩間違えば事案だからな。
なんか、ゆいちゃは変わってる。
「さとるくんは、本当に結城さんの家行かないの?」
「その辺にカフェあったから、時間潰してるよ。終わったら連絡して」
「了解ー」
LINEを見ると、バイトの先輩からシフト変わってもらえないか連絡が入っていた。
あいみんの配信時間帯確認次第だな・・・。
帰ったら返信しておこう。
「磯崎くん、り・・・り、り、り」
結城さんが駆け足で寄ってきて、すぐに下を向いた。
髪の長さがりこたんと全く同じだった。
りこたんマークのエコバックを持って、2つアクリルキーホルダーを付けている。オタク全開だ。
「りこたん・・・・、あ、ありがとう・・・・ございます・・・・」
「そんな、緊張しないでください。私まで緊張してしまいます」
りこたんもたじろいでいた。
「すみません」
「いえ」
二人がもじもじしていると、あいみんが咳ばらいをした。
「あ、うち、ここから歩いて20分なんです。ちょっと遠いんですけど・・・」
「全然大丈夫。ちょうどいい運動だね」
あいみんが体を軽く伸ばしていた。
「じゃあ、終わったら連絡して」
「ん? 磯崎くんは来ないの?」
結城さんがメガネを押さえながら首を傾げる。
「さすがに女子の家には行けないよ。終わったら、迎えに行くから」
「別にいいよ。りこたんも一緒なんだし」
それに・・・・と言って、ぐいっと服の裾を摘まんできた。
「推しが来る・・・・とか、ハードル高すぎるの。いまだに夢みたいだし、私が正気かどうか判断するためにも、第三者が必要なの」
「あぁ・・・・・・」
すごく、わかる。
確かに、俺も自分が正気かどうか、わからなくなることがあるもんな。
誰にも相談できないけどさ。
あいみんが家に来ることに慣れてること自体がおかしいんだから。
「いいじゃん。結城さんがいいって言ってくれてるんだから、堅苦しいこと考えないで、さとるくんも行きましょ」
「ま、まぁ・・・武道館に行くためのプロジェクト会議なんだから」
あいみんが、俺と結城さんの間に入って言う。
「じゃあ、俺も・・・・・」
「あ、あの、このプロジェクトに名前つけませんか?」
結城さんが話を切って、声をかけた。
「なんか名前があったほうが、こう・・・モチベーションが上がるかなって思って」
「いいですね。結城さんの家に着くまでの20分でアイディア出し合いましょうか」
「うーん・・・Vtuberアイドル育成プロジェクト? とか・・」
「みらーじゅって言葉入れたいな」
「じゃあ、みらーじゅVのアイドル計画プロジェクト」
あいみんとりこたんが浮かぶことをぽんぽんと話していた。
結城さんが、横に並ぶ。
「ありがとね。磯崎君」
「え、あぁ・・・」
にこにこしながら言った。
りこたんがキーボードをカタカタと打っている。
結城さんが真剣な表情でメモをとっていた。
「ここが結城さんのために用意した仮想デスクトップ。つなぎ方は、今の見ててわかった?」
「はい。一応、スクショ取ってもらっていいですか?」
「そうね。じゃあ、Excelで貼り付けておくわ」
素早くExcelを開いて、画面を貼り付けていた。
「みらーじゅ都市では、よく見てくれるユーザーさんの情報を溜めておくデータベースがあるの。もちろん名前とかはわからないけど、どんなものに興味を持っているのか、何歳くらいなのか、AIロボットくんたちが情報を元に判断してくれるの」
「へぇ・・・」
「他にもAIロボットくんが必要だって判断したデータを拾って入力したりしてるわ」
「そんなのあるんですね・・・どうして、情報を集めてるんですか?」
「みらーじゅ都市のみんなは、こっちの世界の人たちに興味深々なの。だって、情報の伝達は早いのに、実際に来てみると電車乗って移動しなきゃいけなかったり、ネットではたくさん発言してても、実際は無口な人だったり、不思議なことばかりなんだもの」
りこたんが横に髪を流しながら言う。
「でも、情報を集めたはいいけど。AIロボットくんも興味のあること何でも集めちゃうから、めちゃくちゃで・・・整理しなきゃ使えないかもしれないけど大丈夫?」
「任せてください。頑張ります」
結城さんがはりきった声で言う。
「データベースはMy SQLを使ってるんだけどわかる?」
「いえ、名前は知ってますけど、まだ使ったことは・・・」
「じゃあ・・・・えっと、ER図っていうの見たことある?」
「確か、情報処理の教科書に・・・」
結城さんが付箋の張られた教科書をめくっていた。
「なんだか、向こうも上手くいきそうでよかったな」
頬杖を付きながら、二人の様子を眺めていた。
「さとるくん、りこたんのほうばっか見てる」
「そんなことないって」
あいみんがちょっとムッとしていた。
「ねぇ、ノートにさっきのプロジェクト名の候補上げてみたの」
「ん、なんかいいのあった?」
「え・・・とね・・・」
あいみんがアイパッドで名前の候補を書いていた。
女子の家に来たのって、初めてなんだけど、なんかいい匂いするんだよな。
俺の家より少し広くて、片付いた部屋って感じだ。
棚には情報処理関連の本や、漫画、ラノベがちらほらあった。
カーテンや絨毯も大体ピンクで統一されていて、Vtuberオタクの要素はどこにもない。
勝手に、りこたんのグッズで埋め尽くされてると思ってたんだけどな。
意外というか・・・キッチングッズも綺麗に整頓されているし、やっぱり大学生の女の子なんだって思った。
当然なんだけどさ・・・。
「さとるくん、聞いてる? また、ぼーっとしてる」
「わっ・・・」
「ちゃんと、さとるくんの最推しを見てよ。今日のさとるくんの推し活ポイントは10点満点中3点だからね」
あいみんが顔を近づけて覗き込んできた。
「き、聞いてるって、名前の候補でしょ?」
「ふふん、どれがいいと思う」
あいみんの文字って、よく見ると丸っこくて可愛いな。
HPの字体に使うか。
「どれがいい? どれがいいかな?」
「え・・・と・・・・」
ぶっちゃけ、名前なんてどれでもいいんだが・・・。
「じゃあこれで・・・・」
適当に一番上にあったのを指した。
見ていなかったけど、あいみんがいいならどれでもいいと思う。
「私もこれがいいと思ってた」
あいみんが立ち上がって、りこたんと結城さんの間に入っていく。
「ねぇ、みらーじゅプロジェクトの武道館ライブへのプロジェクト名が決まりました。さっき、さとるくんもこれがいいって」
「え? なになに?」
結城さんとりこたんがうきうきしながら聞き返すと、あいみんが少しもったいぶりながら口を開く。
「『みんなのVちゅーばー、異世界からピースを届けるプロジェクト』です」
「え・・・?」
大変だ。
ヤバい名前になってしまった。
いや、俺が選んじゃったんだけどさ。
最初に話してたみらーじゅとかアイドルとかいう要素、どこいったんだよ。
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
結城さんとりこたんが硬直していた。
「あーごめん、やっぱり2人の意見も聞かなきゃ・・」
「いいわね。ピースを届けるって素敵じゃない。ピースってポーズも作れそうだし」
「私もいいと思います。斬新で目を引くなって」
二つ返事で同意していた。
マジかよ。
「やったね」
すんなりと通ってしまった。
「長すぎて言いにくいから、普段は『VDPプロジェクト』って呼ぼう。頭文字取って」
「かっこいい。そうしよ、そうしよ」
大学で異世界からピースとかいうワードが飛び出す状況は避けられたな。
危なかったと思う。
「せっかくなので、少し休憩しましょ」
「ちょっと待っててくださいね。紅茶淹れます。お菓子もあるんで」
結城さんが小さなキッチンに立った。
意識してるつもりないんだけど、変にドキドキするな。
挙動不審な態度とると、あいみんに突っ込まれるし・・・。
「確かこの辺に・・・お菓子を・・・」
棚を開けた瞬間、りこたんの枕カバーとタオルが詰め込まれているのが目に飛び込んできた。
あれだけりこたんグッズ持ち歩いていて、家に何もないわけないよな。
見間違いじゃなければ、ちょっとエッチなポーズのりこたんタオルだった気がするんけど・・・。
枕カバーも・・・それなりに・・・。
女子でもそうゆうの持つんだな。
あまり、きょろきょろしないでおこう。
こうゆうときは、お互い様だ。
「はい、実家から送ってきたクッキーです。ぜひ食べてください。うちの実家、イタリアンレストランなんです」
「わー、ビスコッティだ、美味しそう。結城さんありがとう」
「頭使ったあとの甘い物は嬉しいね」
あいみんがアイパッドを置いて楽しそうに揺れていた。




