167 クリスマスは特別な・・・。②
ミクには何度電話をかけても出なかった。既読もつかず、時間が経過するほど焦っていた。
ミクにかなり入れ込んでいるファンがいるのも事実。
前にカナからミクファンは一番リアコが多いって聞いていた。
待ち合わせ時間から1時間以上経過している。ここまで連絡がつかないとはな。最悪、鬼塚さんに話してから交番に駆け込むことも考えていた。
何かされた可能性もゼロじゃないって、最悪の事態もありうると。
・・・・が・・・。
「ねぇねぇ、磯崎君、どうしてクッキー食べないの? ドトールのクリスマス限定クッキーだよ」
「・・・・・・・・」
「食べないなら食べちゃうけど。いい?」
「・・・どうぞ」
駅近くのカフェで、拍子抜けするほどあっさりと見つかった。
帽子を被ってマスクをしていたけど、ダンスレッスンに来るときと同じ服を着ていたし、長いツインテールが見えたからすぐにわかった。
俺が店内に入ってくると元気に手を振ってきたし、こっちがビビってしまった。
「やっぱり美味しい。明日から食べれなくなっちゃうの、寂しいな」
「あ、そう・・・」
なんかパッと見た感じ、元気そうなんだけど。
「って、そうじゃなくて。つか、なんでここにいるの?」
「だって、握手会怖いんだもん」
「鬼塚さんが、ミクの精神状態のほうが心配だから帰っていいって。握手会はミクを抜いた5人でやるから、大丈夫。昨日の疲れもあるだろうし、家でテレビでも見ながらごろごろするといいよ」
アイスコーヒーを一口飲みながら言う。
「・・・・・・・」
「鬼塚さんに連絡しておいて。ななほしⅥのメンバーも、かなり心配してるから。さっきからずっとスマホ鳴ってるだろ? 気まずかったら、俺から連絡するけど、どうする?」
「・・・・できない」
「は?」
ストローをいじりながら、周囲を気にしていた。
俺たちを気にかけている人たちなんていないが・・・。
「・・・だって、私アイドルだから、そう簡単に帰れない。せっかくの、ファンとの交流会だから、ちゃんと行かなきゃ」
「でも、怖いんだろ?」
「・・・・・・・」
びくっとしていた。
「聞いたよ。そんなことあったら、ミクが怖がるのも無理ないと思うし、今日は帰って好きなことをしたらいい。せっかくのクリスマスなんだから、ゲームしたりネットやったり」
「ううん・・・もう少ししたら、ちゃんと向かうから」
「でも」
「ちょっと震えちゃうだけ。本当に、あと数分休んだら行ける」
小さく首を振っていた。頑固だな。
普通、ここまで怯えてるなら帰っても問題ないだろ。
体調不良で握手会欠席したって言ったら、本当のファンは納得するに決まってるのに。
「どうしてそんなに握手会行こうとするの?」
「え? そ、それは、ファンがいるから。仕事だし・・・当然だよ。今日は特にクリスマスだもん、絶対休めない」
「他に理由があるんだろ? 普通こんな状況なら誰でも帰るって。会場に行けずに、連絡もできずに、帰れずに、近くのカフェでじっとしてるなんて異常だろ」
「・・・・どうしてそんなに帰らせようとするの?」
「ん?」
「ななほしⅥのイベントは5人でも問題ないってこと?」
「まさか、そうゆうわけじゃないって」
長いまつげをバサバサさせて、じっとこちらを見つめてきた。
「でも、遠回しにそうゆうことでしょ。わ・・・私の代わりにななほしⅥに新しいメンバーを入れるの・・・?」
「は?」
「そうなんでしょ。メンバーみんな新しい声優の仕事とかもらってるのに、私だけ何もないし・・・アイドルストーリー以外は脇役ばかりだし・・・」
「違うって。鬼塚さんはただミクのことを心配して」
「別にいい。わかってるもん」
ちろちろと、アイスティーを飲んで落ち込んでいた。
正直、ここまでメンタルがやられてると思わなかったな。昨日のライブは普通だったし、病んでる様子もなかったのに。
「ちゃんと行かなきゃ・・・仕事無くなっちゃう・・・」
ミクは良くも悪くも人形みたいに可愛いから、ファンの理想の押し付けも半端ないんだよな。
「ミクにはミクの良さがあるんだから、代わりなんているわけないだろ?」
「そんなことない・・・声優アイドルなんて、たくさん出てきて、私だけが特別じゃない・・・私の場所なんて、誰に取られてもおかしくない」
「んなわけないだろ。ミクのこと大事だから、鬼塚さんも帰そうとしてるんだよ。俺だって、同じ思いだし、今日休んだからって何か変わるわけじゃないって」
「でも、アイドルって代わりがたくさんいるし。いちごっ娘だって、人気出てきたし・・・ファンはみんな新しいほうに目がいっちゃうんだから」
「強情だな・・・んなこと、気にしなくていいのに」
頭を掻く。
典型的なブラック企業労働者の考えじゃねぇか。
鬼塚さんも、ななほしⅥのメンバーも、そんなつもりないのに。
「んー」
「あと少ししたら行くから、待ってて。待てなかったら、先に行ってていいから。私もすぐに行くから」
「待っててって言ったって、手が震えてるじゃん」
「違うの・・・ただ、少し寒かっただけで」
ばっと、右手を抑えていた。
重症だな。でも、これは・・・どうしようもないよな・・・。
「わかった。じゃあ、今からさぼってどこか行ってくるといいよ。友達とでも一人でもいいし、アイドルってこと忘れてさ。別に誰かにバレたっていいって。噂なんてすぐに無くなるから」
「え・・・? で、できないって」
「やるんだよ。休息も仕事だと思って」
目を丸くして顔を上げた。
「だって、どうしようもないじゃん。俺も受験期で追い込んでたとき、今のミクみたいに何もかも怖くなったあってさ・・・・いや、全然状況違うかもしれないけど、似たような状況になったんだよ。逃げ出したいけど、逃げられない、体が動かない、みたいな」
「・・・・・・・」
「そうゆうときは思いっきり違うことをするんだ。映画見たり、本屋寄ったり、景色眺めたり、いったん受験生だってこと忘れて過ごしてたんだ。そうすると、徐々に楽になっていって、次の日から普通に勉強に迎えるようになったんだ」
「そう・・・なの?」
「そうそう。とりあえず、鬼塚さんには俺から連絡しておくよ」
「え・・と・・・・・」
「強制だ。帽子もマスクも取って、ぱーっと遊びに行きなよ。鬼塚さんには、俺から今のミクの状況伝えておくから。じゃ・・・」
「ま、待って」
グラスを置いて立ち上がろうとすると、ミクが引き留めてきた。
「わかった。今日の握手会は休む。でも、じょ・・・条件があるの」
「ん? まぁ、伝えてみるけど、何?」
「今日一日オフにできたら、磯崎君も私と一緒に行動して」
「は?」
スマホを落としかけた。冗談かと思ったけど、ミクの目は真剣だった。
「いやいや・・・俺は一応、仕事があるし」
「だって、私今すごくネガティブになってるし、友達もいないし、一人になると悪いほうに悪いほうに考えちゃうから」
「でも・・・・・・」
「一人になると、死にたいって思っちゃうかもしれない。自分がダメな奴だって、本当にダメなアイドルだから」
「わかったわかったって。聞いてみるよ」
ミクがここまでメンヘラになるとは思わなかった。ツカサと話してるみたいだ。
ぶっちゃけメンバーに任せたいところだけど、ななほしⅥはクリスマスイベントだ。仕方ない。
今日は何も起こらないと思ってたんだけどな。なんか、この前の『VDPプロジェクト』のライブチケットで、全ての運を使い果たした気がする。俺、この先どんな不幸が待ち受けてるんだろ。
「ありがと。よろしく」
「・・・・・・」
少し明るくなって、残りのアイスティーを飲み干していた。
なんかほうっておいても問題ないとも思ったけど・・・。さっきまでの精神状態を見るとな。
まぁ、鬼塚さんに相談してみるか。
 




