166 クリスマスは特別な・・・。①
「はぁ!? ミクがいない?」
「そうなの。電話も繋がらなくて」
握手会会場の関係者口から入ってすぐのところで、待ち合わせしていたが、時間になってもミクだけが来なかった。
カナが不安そうにスマホを耳に当てている。
「全然ダメ。コールは鳴ってるんだけど、すぐに留守電になっちゃう」
「マジか」
「ねぇ、それより、どうして磯崎君は遅れてきたの? マネージャーは一番最初に着いてなきゃダメじゃない?」
リノが腕を組んで、こちらを見上げる。ちょっと怒っていた。
「それは」
「私がー、道に迷っちゃって磯崎君を呼んだの。だって、ここまで来る道が複雑なんだもん。駅から徒歩10分って書いてあったけど、40分くらいかかっちゃった」
「えっ、また? この会場初めてじゃないじゃん。年に4回は使ってる会場なのに・・・」
「何度行っても、難しいの。人も多いし、ジェラーちゃんで左手塞がってるし、上向いて歩いてるうちに知らない場所に着いちゃうの」
「・・・・ぬいぐるみ、持ってこなければいいでしょ」
「そうゆうわけにいかないでしょ。つーたんとジェラーちゃんはいつも一緒。ね、磯崎君。ジェラーちゃんあってのつーたんだよね?」
「・・・あぁ・・・まぁ・・・」
急に話を振られて咄嗟に頷いてしまった。
駅の南口って書いてあるのに北口から出ていたらしく、全然関係ないビルの間でやっと合流できた。朝っぱらから、すっげー疲れていた。
ぬいぐるみ連れているロリータ系の女の子とかめちゃくちゃ目立つから、すぐにわかったけどさ。
ファンに盗撮されていてもおかしくなかった。
むしろ、撮ってくれって言ってるような恰好だった。
「ねぇ、ここじゃ少し寒いし、先に楽屋入れてくれない?」
ルカがイヤホンを外してこちらを見た。
「あぁ、そうだな。鬼塚さんに連絡しておくから、カナは気にしなくていいよ。準備もあるだろうからさ」
「・・・わかった」
「おはようございまーす。メリークリスマスです!」
「?」
機材が運び込まれている向こうのほうで、明るい声が聞こえた。
「おはよう。みんな揃ってるかな?」
「はい、大丈夫です。メイクはまだですが、楽屋に行ったら速攻で準備しますね」
「元気いっぱいです」
ななほしⅥの姉妹グループ、いちごっ娘か。
明るくて仲良さそうだし羨ましい。平均年齢は16歳で、ななほしⅥよりも年下だ。
鬼塚さん曰く、年齢の割にすごく礼儀正しいメンバーが揃ったらしい。(普段、ななほしⅥを見ているからそう思うだけかもしれないけど)
「クリスマスプレゼント、なんか美味しいものあるといいなー限定お菓子とか」
「私は限定コスメがいいな。今年可愛いのばっかだし」
「ジェラーちゃん、寒かった? 寒かったよね。中に入ってお洋服着替えようね」
「・・・・・」
こっちは、一人いないっつーのに、カナしか気にしていないし。
ツカサはジェラーちゃんとなんか話し始めたし。
せめて、あっちのグループのマネージャーになりたかったな。
「んー・・・繋がらないね」
鬼塚さんが汗を拭きながら電話をかけていた。
「何かあったんでしょうか? まだ寝てる・・・とかですか?」
「いや、それはないな。朝、8時くらいに電話したときは電話に出たし、駅近くのカフェにいるって言ってたからこの辺にいることは確かなんだけど・・・・」
「え、そんな早くに? じゃあ・・・」
「逃げ出したんじゃない?」
ルカがスマホを見ながら言う。
「えっとね、ミクは前のこの会場でやった大規模握手会でファンから暴言吐かれたのよ。ブスだとか死ねだとか・・・・大勢の見ている前で罵倒されたって感じね」
マミが心配そうに近づいてきた。
「そうなんですか・・・?」
「あぁ、まぁね・・・変なファンはいるから」
「その後、楽屋裏で話してて、本人はもう平気って言ってたんだけど、やっぱり平気じゃいられないよね。私もびっくりしたし」
「私たち、悪口言われるのはしょっちゅうだけど・・・あのときのミクは怖そうだった。すごく怯えていたし。ね、ジェラーちゃん」
ツカサがぼそっと呟く。
「・・・近くにいたスタッフが止めに入って追い出したし、事前に個人情報記載しててもらったから出禁にしたんだけど・・・本人にとってはまだ怖いだろうな。無理はさせられないね」
鬼塚さんがため息をついていた。
「今回は、ファンに申し訳ないけど、ミクの精神状態優先だね。せめて、連絡さえつけば帰してあげられるんだけど・・・ダメだ。繋がらないな」
「だから、握手会なんてしなければよかったのに。しかもクリスマスにやるだなんて、絶対勘違いするファンも多いに決まってる。リアコの支配欲も怖い・・・」
ルカが顔をしかめながら言う。
「・・・ファンはみんながみんないい人じゃないし、私たちを同じ人と思ってないんだから。盗撮したり、ライブで歌っている途中の変な顔を上げたり、今まで受けてきた嫌なことを上げだしたらキリがない」
「でも、そんなことで、ぐちぐち騒いでたらアイドルなんてできないでしょ? 応援してくれるファンもたくさんいるんだから」
カナが強い口調で言う。
「1人のファンの影響で出られないって言ったら、今後同じことするファンも出てくるかもしれないよ。気に留めてないフリをしたほうが安全だと思う」
「みんながカナと同じ考えを持っていると思わないで。カナはいい子ぶってるだけでしょ」
「どうゆう意味?」
「みんなカナみたいに図太くないって言ってるの。綺麗ごとばかりじゃない。普通、女の子が大の大人に暴言吐かれたら怖いに決まってるでしょ」
「それは・・・・」
「まぁまぁ、2人とも。昨日の疲れも取れない中ごめんね。ステージ挨拶まで時間があるから、ゆっくり過ごしてて。寝ててもいいしさ、ね」
「はい・・・・」
鬼塚さんがなだめても、ルカは不機嫌なままだった。
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
重たい空気が流れていた。
ツカサですら、ジェラーちゃんを置いて静かにしている。
握手会か・・・。
佐倉みいなのファンだったとき、俺にとっては夢のイベントだったけどな。国宝級に可愛い女の子が話しかけてくれて、握手してくれるんだから。
間近で見る笑顔は、受験勉強の疲れが吹っ飛ぶほど癒しだった。
でも、ファンの中には直接嫌がらせしてくる人もいるよな。ななほしⅥはファンが多い分、母数も多いってことだから、いろんなファンがいるだろう。ルカの言うことはもっともだ。
さっきからなんとなく漂う、ライブとは違った緊張感は、みんな握手会に対して思うところがあるからなのだろうか。
「俺、ミクを探してきますよ。ここら辺はカフェも少ないし、30分もあれば全部回れると思います」
「あぁ、頼むよ。僕はこれからスタッフのところに挨拶に行かなきゃいけないから、何かあったら連絡して。電話に出れないこともあるから、メッセージ残してもらえると助かる」
「わかりました。すみません。もし、先にこっち着いたり、連絡がついたりしたら、LINEもらえますか?」
「もちろん。じゃあ、ミクのこと、よろしくね。気を付けて」
ダウンのファスナーを閉めて、ドアを開けた。
「待って」
「ん?」
「私も行く」
カナがコートを持って駆け寄ってくる。
「カナは挨拶があるから行けないよ。それに、ファンもこの辺にいるだろうから、気を付けないと囲まれちゃうしね」
「でも・・・・・」
鬼塚さんが止めると、カナが口をもごもごさせた。
「外のことは俺に任せて。もしかしたら、先にこっちに来るかもしれないしさ」
「・・・・・わかった・・・・お願いね」
カナが渋々引き下がる。
珍しく自信なさそうな表情を浮かべていた。
カナなりにクリスマスに握手会イベントを強行してしまったこと、責任を感じているのかもな。
でも、カナが落ち込む必要はないだろ。
悪いのは一部のファンなのに・・・。
とにかく、みんなを安心させるためにも、早くミクを見つけないとな。




