165 ブッシュドノエル
コンビニで買ったホットコーヒーを飲みながら、駅から家までの距離を歩いていた。
ツイッターを見ると、『VDPプロジェクト』が1時間前に配信をしていたようだ。
明日のライブや今日のリハについて話したんだろうな。
あいみんが楽しそうに話す様子が目に浮かぶ。
なんか、推しの配信をリアタイできないって、ダメージでかい。
明日もイベントなんだよな。『VDPプロジェクト』のライブに行けるなら体力も出てくるんだけどさ。明日は何も起こらないことを祈るしかない。
カナは電車の中で、仕事の話を一切することはなかった。
大学の課題の話や、レポートの提出を気にしていること、絶対落とせない授業の単位を話したりした。
アイドルが終わってマスクをしていたら、普通の大学生だ。
数時間前にステージにいた子とは、全く違う子と話しているみたいだった。
クリスマスイブだからか、電車の中はカップルだらけだったな。
カナも可愛いし、彼氏がいてもおかしくないのに。
佐倉みいなみたいに、どこからもリークされないよう、同棲しているって可能性もあるな。ゲームクリエーターとか、プロデューサーとか、会社社長役員、漫画家、芸能人いろんなところに人脈があるし、出会いも多い。彼氏ができないほうが不自然だ。
カナは徹底したアイドルだから、友達であっても言わないだろうけど。
ガタッ
「さとるくーん。お疲れ様ですー」
「!!」
家のドアを開けようとすると、隣の家からゆいちゃが出てきた。
髪の毛先がぴょんと跳ねている。
「ゆいちゃか・・・びっくりするな」
「あー、あいみさんかと思ったんですね? 残念、ゆいちゃですー」
「思ってないって」
もこもこの部屋着を着たゆいちゃがついてくる。
「つか、ついてくるのかよ。明日はライブ本番だろ?」
「今日の出来事を一通り話したら帰ります。面白いんですよ。他のアイドルとかも来ていて、Vtuberとも会っちゃったりしてとか、そんなエピソードを話したいです。あと重大な、重大なお話もあるんです」
「何? 重大って」
「まぁまぁ。ほら、今日作ったブッシュドノエルも持ってきましたので、中でゆっくり。ふわぁ・・・外はとっても寒いです」
ゆいちゃがぶるぶる震えながら入ってきた。
部屋は冷え切っていた。疲れた体にこたえる寒さだ。
「寒いな。すぐ暖かくなると思うけど」
「ブッシュドノエルは、今日の配信で4人で作ったのです。ほとんど食べちゃいましたが、さとるくんもどうぞ。って、お腹すいてます?」
「どうも。おにぎりくらいしか食べてないから、かなり腹減ってるよ。疲れた時には甘いものだしな。すごい、めちゃくちゃ美味しそうじゃん」
「へへ、よかったです」
ゆいちゃがお皿にケーキを切り分けていた。
チョコレートのスポンジ生地がふわふわしていて、サンタが描いてあるクッキーが載っていた。
これを、推しが作ったのか・・・尊いな。あとでセリフ暗記するほどアーカイブ見よう。
「さとるくんは、きっと今日の配信リアタイできなかったから、少しでも楽しかった気持ち分けてあげようと思いました」
「へぇ・・・そ」
「クッキーは最後がおすすめです。最後にサンタさん食べるのが、いいと思います」
「・・・・・・」
ゆいちゃは、クリスマスイブに男の家に来ることに抵抗ないのか?
しかも夜だし、何かあってもおかしくないだろ。
まぁ、俺を男として見ていないからだろうけどさ。
「明日のライブはいろんなアーティストが出演するので、ステージ裏もワイワイしていて楽しかったです。Vtuber兼歌い手の子とか、ネットでバズった女子高生ダンサーも出るみたいで、TikTokの振り付けしたりで、盛り上がりました」
「楽しそうだな」
「はい! 歌い手の人たちとは曲作りについても話したんです。いい刺激になりました。それに、前のイベントよりもずーっとずーっと、パワーアップしてるんですよ」
にこにこしながら説明していた。
『VDPプロジェクト』が出るのは、女性アイドルグループや駆け出しの声優、Vtuberなど、最近のツイッターのトレンドの上位を占める女性アーティストが出演するクリスマスライブだった。
注目度が高いらしく、チケットの倍率は10倍だったらしい。(結城さんは啓介さんの力を使って、なんとかチケットを購入できたと話していた)
「なんの曲歌うの?」
「ダメです! それはお楽しみです。ちゃんと配信アーカイブ見てくださいね。私のソロパートもすっごく上手くなってるので、期待しててください」
「はいはい」
「本当に上手くなってるんですからね。さとるくんがびっくりするくらい」
「ゆいちゃは上手いよ。高温が綺麗だしな」
「あっ、ありがとうございます。なんか、そういわれると照れます・・・」
「いつかゆいちゃもいい曲作れるといいな」
ケーキは甘くて美味しかった。
今日差し入れにあった、なんとかって有名なお店のお菓子よりも美味しいな。
「そういや、重大ニュースってなんだよ? またイベントの予定とか?」
「違います、えっと・・・絶対誰にも言っちゃだめですよ」
「ん?」
ゆいちゃがにやにやを抑えながら、口に人差し指を当てていた。
「なんと! ナツとのんのんがいい感じらしいです」
「えっ!? ・・・っごほ・・・」
喉が詰まりそうになって、慌ててお茶で流し込む。
「いい感じってどうゆうこと? 付き合うことになったの?」
「それはまだ確定していないのですが、ナツからかなり進展があったって聞きました」
「か・・・かなりの進展?」
息をのむ。かなりの進展って、どうゆうこと? まさか・・とか・・・・とかしたってこと?
「クリスマスマジックです」
「クリスマスマジック・・・」
クリスマス前にデートの約束を取り付けたって張り切っていたけど・・・。
マジで付き合うことになったのか。
お似合いって言えば、お似合いだけど、のんのんがよくOK出したな。ナツの粘り勝ちか。
「はぁー、話せてスッキリしました」
「誰にも言ってないの?」
「もちろんです。あいみさんとりこさんには内緒です。のんのんにも、直接は言えないし・・・ってナツに口止めされています」
「俺に言ってよかったの?」
「さとるくんはいいんです。ぜーったい、誰にも言わないでくださいね」
「あ、そ」
どうゆう意味だよ・・・ってつっこみたかった。
ま、いいけどさ。
「なるほど、それを言うのに、俺を待っていたと」
「えっと・・・半分はそんな感じです」
「じゃあ、もう半分は?」
「その、さとるくん・・・ちゃんと帰ってくるかな? とか・・・思ったり。だって、ななほしⅥと仕事ですし、今日はクリスマスイブですし。なんか予定入ったりして泊まりとかあったりして・・・とか」
髪を触って、もごもごしながら話していた。
「そりゃ、帰ってくるだろ。俺、そうゆうバカ騒ぎみたいなの苦手だし。明日も仕事だしな。何より、あぁゆうバカ騒ぎって、お酒が飲めないと意味ないんじゃないの?」
「・・・・・・・」
「一応、未成年だからなー」
ケーキのチョコレートの部分を口に放り込む。ちょっと、紅茶の味がした。
「ん? どうした? 食べたいのか?」
「いえいえ、えっと、そうですよね。そうですよね。これで安心して眠れます」
「?」
「私も帰らなきゃ。明日ぼうっとして、歌詞間違えたら大変です」
ゆいちゃがぱっと立ち上がって服の裾を伸ばした。
「メリークリスマスイブです。さとるくん」
「あ、あぁ・・・」
ちょっと屈んでほほ笑んでいた。
「真っ赤なお鼻の~ トナカイさんはー、いつもみんなの~んん・・んん~ん~」
「・・・・・・・」
鼻歌を歌いながら、機嫌よく帰っていった。
なんだったんだ? さっきの間は・・・。




