162 アイドルと過ごすクリスマスイブ③
「鬼塚さんには事情を説明したから。みんな、そのままスタッフさんのところで談笑してるって」
「余計なことしなくていいのに。私も行くから」
「とりあえず、その泣きはらした顔どうにかしないとな。ほら、ホットタオルとかあてるといいんだろ?」
リノにお湯で濡らしたタオルを渡した。
メイクもボロボロだ。カナに見つかれば、何か言われるだろうか。
「・・・・・・どうしよう、ファンに泣いてたってばれたら」
珍しく弱気になっていた。
「まぁ、確かにリノのコアなファンもいるからな。でも、少し腫れが引いて、メイクを直せば気づかないから、あまり気にすんな。ライブで感動して泣いたことにすれば、ファンだって変に探らないって」
「そんなの・・・言われないでもわかってるからっ」
「はいはい」
ソファーに座って、顔にタオルを押し当てていた。
握手会の日じゃなくてよかったかもな。
どんなにメイクしても、至近距離だったら泣いていたことバレるだろ。
ファンはそれくらい、推しの変化に敏感だ。
「・・・・・・・」
「本番まで2時間くらいあるんだから、しばらく休んでろ。ヘアセットは崩さないようにな、ヘアメイクさん、別の現場に行ったらしいから」
「・・・・・・・・」
リノが小さく頷いていた。
「・・・見たでしょ。私、学校で外されてるんだ」
「ん?」
「声優アイドルになる前までは仲良かったはずなのに、テレビに出たり、ななほしⅥのSNSがバズったりすると、急に学校に居場所が無くなって・・・ツイッターの裏垢で悪口も言われてるみたいで」
ぽつりぽつりと話し始めた。
「いじめっていうのかな、クラス中に無視されて、すれ違うとアレでアイドル?ってバカにされたり・・・ブスなのによくファンがいるねって言われたり・・・」
「嫉妬だろ。そんなん」
リノの性格はともかく、見た目は誰がどう見ても美少女に入る。
たまにいるんだよな。自分をアイドルよりも可愛いと思ってる奴。
佐倉みいなを推していたときも、ツイッターで自撮り画像を上げて、佐倉みいなよりも可愛いってちやほやされている女を何人も見てきた。
「もちろんそう思ってる。学校なんて嫉妬ばっか。いつきちゃんは幼馴染で、いじめられてからは疎遠になっちゃったけど、この前、友達連れてライブに来てみたいって言ってくれて・・・」
「へぇ・・・あんな奴がねぇ・・・」
さっきの態度を見ただけで、鳥肌が立つようなクズだったが。
「高校は義務教育じゃないんだし、別にこだわらなくていいだろ。アイドルって職業があるんだから」
「でも、高校は出ておきたくて・・・頭は良くないけど」
「大学目指してんの?」
「そうゆうわけじゃないけど、せっかく入学したから高校は出ておきたいっていうか」
タオルを膝にのせていじっていた。
いつも噛みついてきていたけど、意外と普通に話せるんだな。
「高卒の認定資格なら、学校行かなくても取れる方法あるから別に無理していく必要ないよ。友達だって、高校にいい人がいなければ無理に作る必要ない。まず、嫉妬ばかりする奴らとは友達になれないだろ?」
「・・・・・・・・」
「自信持てって。アイドルグループななほしⅥのメンバーなんだからさ。高校なんて狭い世界だし、ななほしⅥがいるから別にあんな奴ら切り捨てていいだろ」
「ななほしⅥは別に友達じゃない・・・」
「・・・・・・」
頭を掻く。確かに友達ってよりは、仕事仲間ってほうが近いかもしれないけど。
カナもそんなこと言ってたし・・・あいみんたちと違って、こっちの関係はドライだよな。
「なんでもいいけどさ。そうだ、友達がほしいなら、何か推しとか作れば? 推し仲間なら自然と友達ができたりするだろ」
「は? 推し・・・なんて」
「推しがいると生活潤うよ。俺は高校で友達とかあんまできなかったけど、推しがいたから充実してたし。とりあえず、高卒認定試験受けたかったら、数学くらいなら教えてやれる・・・」
「推し・・・・推しかぁ・・・」
リノの表情が少し変わっていた。
ふと、リノに推しなんているのか? って思ったけど、アイドルだって表に出さない推しくらいいるか。
リノのことはわがままだと思っていたし、あまり関わりたくないと思っていたけど、こうして話してみると色々悩みを抱えてるんだな。学校でも、もっとリア充側にいると思っていた。
ただでさえ、仕事のスケジュールで埋まってるんだから、プライベートくらいは充実していてほしいな。
「お疲れー、ふわぁ、なんだか疲れちゃった」
「別アニメの主題歌かぁ。まさか、ななほしⅥで来ると思わなかったけど」
「本番まであと少しだからね。ちゃんとストレッチしておいて」
「はぁい」
ソファーであいみんの動画を見ていると、ななほしⅥの5人と鬼塚さんが楽屋に戻ってきた。
「・・・・・・・・」
それぞれの、会話がない。
カナはすぐにメイク直しに入ってるし、ツカサはお菓子を食べてるし、ルカはスマホいじってるし、なんか協調性ないっつーか、本番前なのに自由だよな。
ツカサはなんかよくわからないぬいぐるみ出して撫で始めたし。
ストレッチしておけって言われたのに、誰も動こうとしない。
アイドルの楽屋裏とか、円陣組んだり、ダンスを合わせたり、SNSに載せる写真を撮ったり和気あいあいとするものだと思っていたけど、ななほしⅥはマジでそうゆうのがない。
アニメのアイドルストーリーと現実がだいぶかけ離れている。
「リノ、大丈夫かい?」
「はい・・・すみませんでした」
「いいっていいって。あ、やっぱり少し腫れてるね」
「え?」
「これくらい、誰も気づかないけどね」
鬼塚さんがリノを真っ先に気にしていた。
目は腫れていたけど、メイクでだいぶ隠れていた。遠目ではわからないだろう。
「リノ? どうしたの? ずっと楽屋にいたの?」
「ちょっと、貧血で。ま、もう全然問題ないけど」
「言われてみれば顔色悪いような・・・・」
「平気平気、なんでもないから」
マミが心配そうにリノを覗き込んでいた。マミだけが、この中で唯一まともだと思う。むしろ、まともすぎて存在が霞む。
「磯崎君も楽屋にいたの?」
「あぁ、休憩もらってたからさ」
「ふうん、2人きりだったんだー」
カナが鏡越しに睨んでくる。ルカがスマホから視線を外して、こちらを見た。
「えっ、磯崎君、リノと2人きりで何話してたの? 意外だね。何も共通点なさそうだけど」
「た・・・ただいただけだし、別に何も話してないし」
「・・・・・・・・」
リノがツンとしながら答えていた。
正直に言えばいいのに・・・って思ったけど、あんな友達の話なんてしたくないか。
「リノ、ちょっといいかな?」
「はい?」
「終わったら詳しく話すんだけど・・・」
鬼塚さんがリノを連れて、端のほうで何か話していた。
表情を見る限り、明るい話っぽいな。鬼塚さんもにこやかに話しているし。
「怪しい、絶対怪しい」
「は?」
ツカサがクマのぬいぐるみを持って歩いてきた。
大きな目をぱちぱちさせながら、隣に座る。イヤホンを取って、ポケットに入れた。
「るるたんも、怪しいって言ってる」
「るるたんって、何だよ。俺は普通にここで推しの動画を見てただけだって」
「ううん、るるたんの言うことは絶対」
今日はジェラーちゃんじゃないらしい。
るるたんっていう、ボロボロのぬいぐるみをこっちに向けてきた。
マジでホラーだ。本番前なのに、るるたんと話してるし、このメンヘラ具合はやばいだろ。
コンコン
「ななほしⅥさん、ちょっと早いのですが、そろそろ移動してください」
「はーい」
「もうそんな時間か」
鬼塚さんが腕まくりしてドアのほうへ向かう。
さっきまで、ぐだぐだしていたみんなの表情が、急に変わった。
ぬいぐるみを動かしていたツカサでさえ、最後のポージングを確認していた。
やっとライブ本番だな。
鬼塚さんが楽屋を出ていくと、みんなが続いていった。
忘れ物がないかを確認して、楽屋のドアを閉める。




