160 アイドルと過ごすクリスマスイブ①
クリスマスイブ。
多くのカップルがいちゃこらしたり、恋愛の駆け引きをしている中・・・・。
「磯崎君、こっちの荷物手伝って」
「はいっ」
俺はバイトだ。さっきからステージ裏を動き回っている。
最推しのあいみんにDMを送る暇すらない。
今までぼっちのクリスマスを嘆いてきたけど、ぼっちだと推しを応援したり、推しを画面に映してクリスマスケーキを食べたり、何気に充実していた気がする。
まぁ、高校の時の推し、佐倉みいなは結婚したけどな。
「この箱2つね」
「っと、結構重いですね、何入ってるんですか?」
「ファンからななほしⅥへのプレゼントだよ。まぁ、明日のほうが多いんだろうけど。あ、そっちはかななんね」
「マジですか・・・」
全部で20個近くある段ボールを、鬼塚さんとアルバイトスタッフと一生懸命移動させていた。
クリスマスイブに、こんなに貢物があるのか。ファンの熱量ってすごいな。
いや、俺だって推しへのプレゼントだったらこれくらいする。
「!?」
やばい。
クリスマスプレゼントとか、存在自体忘れてた。
もうクリスマスイブだし、明日もバイトだし、今から選んでクリスマス過ぎたプレゼントになってしまう。バイトと課題と失望感で、記憶の片隅にもなかった。
バイト以外は『VDPプロジェクト』を全力で推すっていう俺の信念が・・・。
「ん? どうしたの? 眩暈でもした?」
「すみません、ちょっと寝不足でぼうっとしてしまって」
「はは、今日から年末にかけてずっと忙しいからね。体力温存できるときにしておいて」
鬼塚さんが軽く笑いながらスマホを眺めていた。
「磯崎君が作ったスケジュール管理アプリ、本当に使いやすいよ。将来有望だね。もし、ななほしⅥが上手くいけば、いちごっ娘にも使いたいな」
「よかったです。でも、すみません。授業の一環で作ったので、微妙な部分もあるかもしれませんが・・・」
「いやいや、すごくいい。スケジュール見やすいし、メンバーとも連絡取りやすいし。次は・・・もう、ななほしⅥの楽屋入りだったか」
「そうですね。俺、スタッフさんからの差し入れ持っていきます」
箱をエレベーター前に置いて、テーブルに置いてあった袋を手に取った。
「あぁ、頼む。僕は先にステージ関係者に挨拶行ってから、向かうから」
「はい」
自分が作ったスケジュール管理アプリを褒めてもらえるのは嬉しかった。やっぱ、エンジニア志望していてよかったと思う。
ただ、ほとんどテストしてないからハラハラするんだよな。
同じ学部のカナも確認していたから、おそらく大丈夫だろう。
「わぁ・・・寒いね。りーのん、ホッカイロ貸して」
「自分で持ってきてよそれくらい。ほら、マネージャー来たから持ってるんじゃない?」
「磯崎君、ホッカイロ、ホッカイロ」
ツカサが手をこすりながら近づいてきた。小さいホッカイロを2つ渡す。
「1,2,3,4,5・・・なんで5人しかいないんだ?」
楽屋に行くと、カナ、リノ、ツカサ、ルカ、ミクしかいなかった。
マミがいない。優等生過ぎて気に留めたことのないマミがいない。
「マミは・・・」
「おはようございます」
マミが楽屋に入ってきた。差し入れの袋を持っている。
「すみません、磯崎君、荷物運ぶの大変そうだったので、手伝おうと思いまして。はい、これ、ファンからの差し入れらしいです。持ち帰ってもいいそうなのですが」
「あーそれ、原宿パンケーキのお店が出してるお菓子だ。限定もので、かなり並ばなきゃ買えないって言ってたのに・・・。写真、撮っておかなきゃ」
リノが俺を押しのけて、差し入れの袋を奪っていた。
「あ、ありがとう・・・わざわざ手伝ってくれて」
「こちらこそ、クリスマスイブなのにありがとうございます。大変なことがあったら、私もできる限り手伝いますね」
緩やかに巻いた髪を触りながら、にこっとほほ笑んだ。
この混沌としたメンバーの中に一人舞い降りた天使に見えた。
どうして今まで目に入らなかったんだろう。
「磯崎君、TikTokに載せる動画手伝って」
「TikTok? やってたの?」
「これから、始めるの。早く」
カナが急にスマホを渡してくる。
メイクはほとんどしていないけど、相変わらず顔だけは可愛かった。
「もうちょっと上。あ、動かさないで」
「はいはい」
「磯崎君、それが終わったら、私のSNSに上げる動画も手伝ってもらえるかな?」
「あぁ」
「ルカ、随分、磯崎君と仲良くしようとしてるね。急にどうしたの?」
「別にー。カナには関係ないでしょ」
「・・・・・・・・」
なんだかピリピリしてる。
性格と顔って比例しないんだな。ななほしⅥといて、アイドルの現実がだんだんわかってきた。
マミは一人話の輪から外れて、鏡の前に座っている。
唯一の味方かもしれないな。一人だけでも、まともな子がいるとありがたかった。
「はぁ・・・・・」
メンバーは直前の音合わせに行って、一人で楽屋を掃除していた。
嵐が去った跡みたいだった。
着替えの衣装を、皺を伸ばして並べていく。
ゲームのクリスマスイベントに合わせたものだ。かなり凝った衣装デザインになっていた。
鬼塚さんお墨付きだし、あとで、ななほしⅥの公式ツイッターアカウントでも宣伝しておかないとな。
時計に目を向ける。『VDPプロジェクト』も今頃リハしてるんだろうか。
羨ましいな。見に行きたい。
スマホを出して、あいみんのツイッターを開こうとしたときだった。
「失礼します。あの・・・磯崎君」
「ん? 何か忘れ物でもした?」
「ううん・・・・」
ミクがツインテールをくるくるいじりながら近づいてくる。
大人しくて、何考えてるかわからないんだよな。
ツカサとは違った意味で、つかみどころのない子だった。
「えっと・・・・・」
「これ、クリスマスプレゼント。磯崎君に」
可愛らしい袋に入ったものを渡してきた。甘い香りがする。
「え? 俺に?」
「そう、磯崎君に。美味しいお菓子、作ったの。家に帰ったら食べてみて」
ふわっとした笑みを浮かべた。
「・・・・ありがとう、でも、どうして急に?」
「だって、磯崎君、私推しなんでしょ?」
「へ?」
高速で俺が『VDPプロジェクト』以外を推すって言った記憶を思い出していた。
絶対ない。俺の推しは・・・。
「だって言ってたじゃん。ななほしⅥのゲームで、私を選ぶって。私推しなんでしょ?」
「・・・・・」
なんかそんなこと言った気がする。
実際、俺は今、ミクルートで攻略しようとしているし。でも、推しなわけじゃない。
「ごめん。あれはゲームの中の話で・・・選ぶとか、そうゆう意味じゃなくて。もちろん、ミクのことは応援してるんだけど、ななほしⅥには特定の推しがいるわけじゃ」
「照れちゃってるの? 大丈夫、みんなには内緒にするから。好きになってもいいよ? 私が認めよう」
ちょっとふんぞり返りながら言った。
思ってたキャラと違う。
「いやいや、好きって・・・・・」
「いいのいいの。私、ファンをとっても大切にするから。マネージャーだからとか気にしなくていいよ」
小悪魔っぽく笑う。てか、笑ったところ、初めて見た気がする。
「私を攻略するんでしょ? シークレットまでいくとすごいから、楽しみにしててね。シークレット解放出来たら教えて?」
「え・・・いや・・・」
「あー」
ミクが時計を見て、はっとしていた。
「もう休憩終わっちゃう。じゃあ、みんなに心配かけるから、リハの続き行ってくるね」
「ま・・・・・」
圧倒されているうちに、行ってしまった。
ミクがこんな性格だったとは思わなかった。しばらく、呆然としていた。
袋を開けると、クリスマスツリーやベルをモチーフにしたクッキーと、カップケーキが入っていた。
手作りか・・・。俺のために? どちらにしろ、どうやったら穏便に誤解が解けるんだろう。
スマホを出して、アイドルストーリーのゲームを起動する。
ミクを選んでしまったけど、マミを選んでおけばよかった気がした。
マミなら大人の対応を理解してくれる気がする。
もう、仲良しゲージも溜まってきたし、みんなの前で言ってしまった手前、今更選び直しはできないけどさ。




