15 夜の歌声
『浅水あいみこと、あいみんでしたー。みんな、今日の感想とかどんどん呟いてね。ハッシュタグは、え・・とえと・・・』
あいみんがプレートのようなものを持って説明していた。
『これ、これです。感想全部目を通してるよ。私のエゴサ能力すごいんだから。ご新規さんもぜひぜひ、呟いてください』
チャット欄のコメントが、追いきれないほどのスピードで流れていく。
応援メッセージと一緒に、赤スパチャも投げられていた。
『ありがとう。みんなも体に気を付けて。ファイトファイトだよ』
今日はショートパンツに大きめのTシャツを着ていた。
ダンスの練習ということで、音楽に合わせて動き回る配信だった。
DJはAIロボットがやってくれていた。
アップテンポの流行りの曲が多かった。
ちょっと、音とずれたりしていたけど、一生懸命で、一挙一動が可愛かった。
そろそろ、あいみんのグッズもほしくなるな。
佐倉みいなを追いかけていたときのグッズは全て処分したから、部屋がすごく殺風景になったように思えた。
タペストリーも、抱き枕カバーも、タオルも全部揃えたいけど・・・躊躇していた。
金が無いのもある。
でも、何よりもあいみんが来たときに気まずいから、ぽちっと購入をクリックできないんだよな。
あいみんのツイッターを確認する。
配信終了後、すぐに更新があった。
「今日はお酒は買わない代わりに、プリン買ってきまーす。練習頑張る」と、書いてあった。
応援のリプライがちらほら付いていく。
夢に向かって頑張ってるんだな。
俺も気合い入れてやらなきゃ。
HPのアクセス数を増やして、あいみんが有名になるようにするんだ。
動画を見ていたモニターを切り替えて、作りかけのHPを映す。
まっさらな状態に比べたら、やっと形になってきていた。
メニューのプログラムとか、細かいロジックはまだまだだけどな。
今は、HPの背景にこだわっていた。
あいみんのモーションが映えるような、明るめの色がいいと思っていた。
みらーじゅ都市で撮ってきたらしい画像フォルダから、いくつかシンプルなものを抜粋して差し替えてみて・・・と・・・・。
ガチャ・・・ガチャ・・・・
ピンポーンピンポーン
「・・・・・・・・」
「どうしたの? 今日はドア閉まってる。おーい、おーい」
「・・・・・・・・」
あいみんの声が聞こえた。
ふうっと深呼吸してからドアを開ける。
「あ、さとるくん。どうしてドア閉めてたの?」
「その・・・宗教の勧誘とか多くて・・・」
「そうなの? 一人暮らし危ないもんね。勝手に入ってきちゃう人とかいるかもしれないし」
「・・・・・」
普通、ドアを閉めるもんだけどな。
配信終わりはあいみんが来る可能性があるから、開けておこうかなと思い始めた。
「おっじゃましまーす」
靴を脱いで、元気よくあいみんが入ってきた。
ぶんぶん回していたコンビニの袋を置いて、ソファーに座る。
「ねぇねぇ、今日の配信ちゃんと見てくれた?」
「もちろんだよ。コメントしても、すぐに流れちゃったけどな」
「あはは、ダンスに夢中でコメントあまり見れなかったな。でも、まだまだ踊り足りない感じなんだよ」
軽く指を鳴らしてリズムを取っていた。
「さとるくんって、ダンスできるの?」
「いやいや、全然。高校の体育祭のよさこいでさえギリ・・・」
「よさこいって、漁師のやつだよね? 難しそうだもん。こんな感じだった?」
「・・・・・・」
網を引く真似をしていた。可愛くて死ぬかと思った。
あいみんがうちにいるって状況に慣れてることがすごいよな。
人生の運、使い果たしてるんじゃないだろうか。
「あ、HPできてきてる。すごいね、ハートマークがロード画面なんだ」
椅子に座って、画面を大きくする。
マウスをクリックして、簡単に動きを説明していくとおぉっと反応してくれた。
「すごいすごい」
「まぁ・・・この辺は、りこたんのおかげだよ。あいみんのモチーフはハートだもんね」
「うんうん」
モニターを見て嬉しそうにしていた。
「あと、結城さんが、水曜日、家に来ていいって」
「了解っ。りこたんに伝えておくね」
ぴしっと敬礼のポーズをした。
「そういえば、今日はりこたんとゆいちゃはいないの?」
「二人とも23時の配信前の特訓中だよ」
「へぇ・・・」
椅子を回して、ペットボトルの蓋を開ける。
「なんだか、本格的プロジェクト始動って感じなの。ダンスの反応もいいし、嬉しいな。新しいことに反応を貰えるって、なんかこう・・・むずむずするね」
あいみんがスマホをスクロールしながら、にんまりしていた。
「みらーじゅ都市で、三人の他に武道館ライブ目指してくれる人いそうなの?」
「今のところは、まだ三人だよ。あと、二人に声かけてるから今は反応待ちなの」
ソファーで寝転がりながら話す。
無防備すぎるけど、そこがまたいいよな。
「ねぇ、さとるくんはさ・・・りこたんとゆいちゃと私だったら誰を一番推す?」
「え・・・・?」
「だって、2人ともとびっきり可愛いでしょ?」
唐突な質問に背筋が伸びた。
「・・・そりゃ、あいみんに決まってるじゃん。最推しはあいみんなんだから」
「本当に? りこたんよりも? ゆいちゃよりも?」
「うん」
改めて言うと照れるな。
「もちろん、あいみん推しだって」
「ふふふ。ありがとう」
ちょっと照れながら言うと、あいみんが顔を隠しながら動いていた。
「私もさとるくん推しだよー」
「え、え、俺・・・・・・・?」
推しに推しって・・・・・。
「・・・からかうなって。おだてられなくても、ちゃんといいHP作るよ」
「本当のことだもん」
「・・・・・・・・」
パソコンをじっと見ているフリしていたけど、ソースコードが全く頭に入ってこなかった。
推しに推しって・・・・言われたよな。今。
「ゆ・・・結城さんも同じくらいりこたん推しだから、負けないように頑張るよ。結城さんの推し方もかなりだからな」
「うんうん、頑張れ頑張れー」
左のモニター越しに、手をぶんぶん振っているあいみんが見えた。
反則だろ。配信なら堂々と録画できるのに・・・。
「あ・・・・じゃあ、結城さんと私だったらどっち推し?」
「え? なんで結城さん?」
「ちょっと、気になったから、聞いてみただけだよー。結城さんはさとるくんと同じ世界の人だから」
「まぁ、そうだけど」
あいみんがぴょんと立ち上がって、コンビニの袋からプリンを出した。
「はい。差し入れだよ」
「あ・・・ありがとう」
スプーンと一緒に、キーボードの横に置いていた。
「じゃあ、私も戻って練習してこなきゃ。ちゃんとりこたんにも伝えておくね」
「うん・・・・」
「明日も配信だからちゃんと忘れないで見てね」
ぐぐっと伸びをしながら、玄関のほうへ向かう。
機嫌がよく、伸びのある声で歌い始めた。
何の曲だっただろう。
Youtubeで聞いた曲だったけど、あいみんが歌うとまた別の曲に聞こえた。
「あ、待って、あいみん。今の曲なんて曲だっけ?」
「YOASOBIの『夜に駆ける』だよ。好きな曲なんだ」
「そっか、受験の時聞いてた曲だ。やっぱり、あいみんって歌上手いね」
「へへへ。もっと上手くなるように頑張るよ」
「できれば、最後まで歌っていってほしいんだけど・・・・」
後ろを向こうとしたあいみんを引き留めた。
「しょうがないなー」
「・・・・・・・・・・・」
部屋の真ん中らへんに立って、軽く咳ばらいをした。
すっと、息を吸うと、柔らかい声で歌い始める。
アカペラだから、上手さがさらに引き立っていた。
不思議な気持ちで聞いていた。
4分くらいだろうか・・・。
あっという間に歌いきると、ぎこちなくお辞儀していた。
拍手する。
「ありがとう。あいみんの単独ライブでしたー。またね」
バイバイと手を振りながら、家のドアが閉まった。
武道館ライブか・・・。
この狭い部屋で、何の機械も無くても感動するんだ。
難しいのかもしれないけど、やり遂げられる気がする。
あいみんが出ていった後も、しばらく部屋に音が残っていた。
プリンの蓋を開ける。
スプーンを口にくわえて、javascriptをデバッグしながら、プログラムの動きを確認していった。




