152 ゲームショーの楽屋
「クリスマスに予定が入るとか最悪なんだけどー」
「別に予定ないでしょ?」
「勝手に決めつけないでくれない?」
リノが機嫌悪そうにカナと話していた。
アイドルストーリーのゲーム発売前イベント会場に来ていた。
珍しく6人そろっての現場だから、全員、出番まで楽屋で待っていた。
かなり大きな会場でのゲームショーだ。
正直、こいつらの面倒なんてどうでもよくて、ゲームを見に行きたい。
事前情報だと、Vtuberとコラボしてるゲームも一足早く展示されているらしい。ライブ会場にいるような臨場感を味わえるそうだ。
結城さんとか、啓介さんとかいたら興奮するだろうな。
ため息をつきながら、データベースモデルの資料を読んでいた。
唯一このバイトでありがたいのは、空き時間に勉強できることだ。
バイトばっかで単位落としたってなるとシャレにならないからな。
「ねぇ、磯崎君、2階の23番にある、どうぶつといっしょのゲームのTシャツ買ってきてよ」
「え・・・」
急にルカが話を振ってきた。
「な、なんで俺が・・・・」
「ダメだよ。磯崎君には鬼塚さんが来るまで、ここで関係者対応してもらうって言ってたでしょ。たまに変な人もいるんだから」
カナが割って入ってくる。髪が片方だけくるんと巻いてあった。
「あ! どうぶつといっしょのグッズ買うなら私のも買ってきて。行きたくても行けなかったんだよね。コレクションに入れたいし」
「ちょっと、ツカサまで。ダメって言ってるでしょ」
「走って行けばいい。ね? 行ってくれるでしょ?」
ルカが意地悪く微笑んだ。
スマホをちらつかせている。
こいつ、大人しいと思ったら、ガチで性格悪いな。
でも、ただでさえ険悪なリノがいるここで、文化祭の画像をばらまかれるのはまずい。
バイトできなくなったら、あいみんのグッズ買えないし、ライブにも行けない。
最終的に推しを推せなくなってしまう。
「・・・わかったよ」
腹は立つが、今は大人しく従うしかない。
「ありがと」
「え? 磯崎君、仕事は? 楽屋にいなきゃいけないんでしょ?」
「鬼塚さんに連絡して、すぐ戻るよ」
カナが驚いていた。
ミクは完全無視だ。話にも入ってこないし、どんなに騒がしくても、本を読んだまま顔を上げない。声もほとんど聞いたことなかった。
でも、大人しいってだけで、他のメンバーより好感度が上がっていくな。
「・・・Tシャツ買ってくればいいんだな?」
「そう。限定品だから、よろしく」
ルカがピアスを揺らして椅子に座り直していた。
鬼塚さんにLINEをして、楽屋から出ていく。
ゲームショーは賑わっていた。最新VRのゲームの体験コーナーには長蛇の列ができている。
あークソー。俺だってプライベートで来たかった。
人垣をかき分けるようにして、どうぶつといっしょのTシャツを2枚買ってくる。
流行ってるらしく、どうぶつといっしょの展示コーナーにいるのも、女子や子供ばかりだった。男が一人で列に並ぶのも気まずかった。どうぶつといっしょのイラストが描いてる紙袋を持ってるのなんて俺くらいだ。
VRゲームで盛り上がってる人たちを横目に、駆け足で戻っていく。
「失礼します」
楽屋に戻ってくると、鬼塚さんがゲーム関係者の偉い人を連れてきていた。
少し禿げかかった、小太りのおじさんだ。
「ななほしⅥは声だけじゃなくて、見た目も可愛いね。実物はテレビの何倍も可愛い」
「ありがとうございます」
全員きちんと座って、にこっとしていた。
背筋がぞわっとするほど、猫を被っている。
「さすが声優のトップアイドルだ。あれ、君は?」
「僕はななほしⅥのマネージャー補佐をしています。磯崎です。よろしくお願いします」
「よく働いてくれるんだよ。僕だけじゃ見れなくてね」
鬼塚さんが肩をぽんと叩いてきた。2枚のTシャツが、紙袋の中でさっと音を立てる。
「いいなぁ、こんな可愛い子たちと仕事できるなんて。みんな仲良くて、君も仕事しやすいだろう?」
「はぁ・・・・」
どこをどう見たら仲良く見えるんだろう。
ずっと、にこにこしてる6人が奇妙で仕方がない。
リノなんて、画面越しにしか笑顔を見たことなかった、さらに不気味だった。
「彼はVtuberのファンらしいんですよ」
「なるほど。Vtuberか、いいね。うちのゲームもVtuberみたいな要素を取り入れようと思ってるんだよ。そうだな、アイドルストーリーはファンも多いから、バージョンアップでななほしⅥを立体化させても楽しいかもね」
「ははは、さすが柊さんです」
「私も、自分のキャラが立体化したら感動しちゃいますね。これからもっともっとユーザーが増えるように、アイドルストーリーの宣伝、頑張りますね」
「私の演じるつぅたんも、人気出たらいいな。ちょっと緊張しますけど」
「ありがとう。君たちならそのままでも人気出るよ」
「柊さん、今後のことを相談したいので、こちらへ」
「あぁ」
鬼塚さんと柊さんが、奥のほうのソファーに座って何かを話していた。
アイドルストーリーはアニメで人気だから、ユーザーのゲームへの期待値も高いらしい。
鬼塚さんに、スマホ版を軽く見せてもらっていた。あまりやったことはないが、アイドル育成ゲームに恋愛要素が入った感じだ。
キャラはもちろん可愛いかった。でも、声を聴いたらこいつらの顔が浮かぶんだよな。
興ざめして、ゲームが頭に入ってこなかった。
その点、『VDPプロジェクト』は裏表ないし、神だな。
『VDPプロジェクト』のゲームが出ればいいのに。
「買ってきてくれた?」
「あぁ、ほら、これでいいんだろ? つか、これしか無かったからな。文句言うなよ」
「わーい、ありがと」
Tシャツをルカとツカサに渡す。リノがつまらなそうに、スマホを眺めていた。
「別に、そんなの断ってよかったのに。どうして、ルカの言うこと聞いたの?」
「どうして・・・って」
カナが短く息をついて、足を組んでいた。
ルカにあの写真を撮られたのを言うべきか・・・。
否、でも体調壊したところを偶然撮られただけだし、カナはプロ意識が高いから、変に自分を責めそうだ。
ルカが自分からSNSで広めるとは考えにくいし、今は黙ってたほうがいいか。
「磯崎君は私の言うことを聞いてくれるから」
「は?」
「そうなの? 磯崎君、私のLINEとかずっと無視してるのに。ななほしⅥのマネージャーなのに、贔屓するんだ、贔屓とかあるんだ」
「違う違う」
ツカサがどんどん暗くなっていく。カバンからジェラーちゃんを出していた。
「どうせ私なんてうっとうしいと思ってるんでしょ。言ってくれてもいいのに、言ってくれないから連絡したりするだけで。あー、今までのマネージャーも私のことうっとうしかったんだろうな」
「そ・・・そ・・そんなことないって」
「ジェラーちゃんはどう思う? そうだよね、ジェラーちゃんもそう思うよね」
「・・・・・・・・」
「ジェラーちゃんはやっぱり私の味方だよ。いつも一緒だよ」
こっわ。めちゃくちゃ怖い。ジェラーちゃんしゃべるの?
なんか、突然、会話し始めたんだけど。
「カナ、ビューラー貸して」
「はい」
「さんきゅ。あ、これ資〇堂の、上がりやすいんだよね」
どうして他のメンバーが平然としてるのか疑問だ。夜中にこんなの見てたら帰れなくなるだろ。
「磯崎君、ルカと何かあったの?」
カナが睨みつけてくる。
「えっ・・・と」
「カナには関係ない。磯崎君と、私、2人だけの秘密だから」
「!?!?」
リノがぴくっと反応して、一瞬、顔を上げた。
「っ・・・なんでそう変な言い方するんだよ」
「だってそうじゃん。嘘は言ってない」
「・・・・・・・」
ルカが金髪の髪を触りながら、勝ち誇ったように言った。
カナが呆れて「あ、そ」と呟くと、自分の爪を眺めていた。
いつまで揺さぶられるんだ? こいつ何考えてるんだ?
ルカがどうぶつといっしょのTシャツを袋から出して、スマホで撮影していた。
「はははは、いいですね。今度飲みに行きましょうか」
「是非、僕もゲームは中々詳しいんですよ。仕事の合間にやってるんで」
鬼塚さんと柊さんは、盛り上がっているらしく、たまに笑い声が響いていた。
時折、引退した佐倉みいなの話とかが聞こえてくる。
俺もそっちに混ざりたかった。
 




