150 金髪美少女ルカは策略家
20時15分、今日はダンスレッスンメインだ。
24日のクリスマスライブで発表する新曲のダンスだった。
(25日は今のところオフだから、『VDPプロジェクト』のライブには行ける予定だ。このためにバイトを頑張っている。鬼塚さんにも話して了承を得ている)
鬼塚さんとツカサはアイドルストーリーのフィギュア発売の撮影に行っていて、もうすぐこちらに来るらしい。
車の免許・・・俺も高校卒業して取ったんだけど、ペーパードライバーだ。
あまり運転したくないけど、鬼塚さんには次の握手会移動の時は俺が運転するように言われていた。
東京の道路なんて入り組んでるし、運転できる自信がない。
「5,6の振りはこう。こう、わかる? はい、2カウント目から一人ずつやってみて」
「はい」
「そこもう一回。はい、ちゃんと私の動き見て、もうっ、何度も言ってるでしょ」
鏡に向かいながらダンスの練習をしていた。
ダンスの先生はニューハーフの男の先生だ。
かなり有名な振付師らしく、日本のTOPアイドルのMVには、彼の振り付けがよく使われている。確かに特徴的な振り付けで、サビの部分だけ誰でも踊れるように簡単に作られていた。
SNSで流行りそうだと思う。鬼塚さんは、彼に絶大な信頼を寄せてるらしい。
「こう、腕の力を抜いて、回るの。ちゃんとお客さんのほうを見てからね」
水とお菓子を並べながら、ちらちらダンスの先生を見ていた。
最初は曲を流していたけど、細かい部分は先生の特徴的なカウントだ。
「ダメ、そこ全然ダメ。体が動いてないでしょ? リノ、ちゃんと私のステップ見て、5,6,7,8・・・」
「はい、すみません」
「もう一度やって。全然できてないから、自分でもわかるでしょ?」
「はい・・・」
怖い。いつも生意気なリノが大人しくなっている。
男には優しいと聞いたが、真相はわからない。
ただ、俺には妙に優しい気がした。生徒じゃないからだろうけど。
「はぁ・・・ちょっと、給水」
「お疲れ、はい」
「ありがと」
先生がリノとミクに集中している間、カナがタオルで汗をぬぐいながら水を取りに来た。
ライブでは完璧に踊っていたけど、ダンスは苦手なほうらしい。
なかなか、カウントが上手く取れないらしく、先生に注意されまくっていた。
「・・・・・・・」
気まずいのは俺だけなのか?
カナはツイッターで俺たちが隠し撮りされていたことについて、全く触れてこなかった。
気づいていないのか? ツイッター見ないって言ってたし、エゴサしないならわからないのか。
まぁ、知らないなら知らないでいいんだけどさ。
「カナ、いつまでそこにいるの? あんたもできてないでしょ?」
「すみません」
「男とばっか話してるんじゃないの。まったく・・・」
先生がぎろっと睨んできた。マジで怖い。
俺よりも身長が高く、筋肉質で目の化粧が濃くて、見た目だけでも迫力がある。
石化するかと思った。
「じゃあ、もう1度一人ずつやって。できなければここに残って」
「はい」
「カナからね。はいっ」
カナがタオルとペットボトルを置いて、先生の前に立った。
先生が手を叩いて、カウントを口にしている。なんかトゲトゲしていて、口調が強くなっているような気がした。
当たり前だが、先生は素人目に見ても、ダンスがめちゃくちゃ上手い。
たぶん、彼一人でもステージに立てるくらいの迫力があった。
「ふぅ・・・」
「お疲れ」
結局合格したのは、ルカだけだった。
あとのメンバーは適度に水分を取りながら、先生の熱血指導を受けていた。
俺には無理だな。
ここで、あの奇妙なダンスを踊ったら殺されるんじゃないかと思った。それくらい、殺伐としている。
「ルカはダンス、上手いんだね」
「簡単だから」
短く言って、水を飲んでいた。
ルカとはあまり話したことなかった。
金髪のボブで、スラっとして大人っぽく、声優アイドルって雰囲気ではなかった。
アイドルストーリーの声も、クールな美少女役だったらしい。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
会話も続かない。
他のメンバーと仲良くしているところも見てないから、何を話せばいいのかわからない。
無理して仲良くする必要もないか。
スマホを確認する。鬼塚さんたちは渋滞に巻き込まれているらしい。
ツカサはこのまま帰りたいとごねているようだった。この先生と、ツカサは合う気がしないし当然だろうな。
「ねぇ、磯崎君」
「ん?」
「カナの同棲疑惑画像で写ってたのって、磯崎君でしょ?」
表情一つ変えずに突いてきた。
「そうだけど、あれは文化祭のやつで」
「知ってる、同じパーカー着てたの見たし、大学近くのスーパーみたいだし」
「・・・・・・・」
なんか、変にうろたえてしまった。
ルカは髪を耳にかけて、チョコレートを一つ口に放り込んでいた。
「文化祭、来てたんだな」
「ツカサに誘われた。オフだったし、暇だったから」
「楽しかった?」
「まぁ」
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
会話が続かない。
何考えてるのかわからない。いいんだけどさ。
ダンスを必死に練習するメンバーを眺めていた。
ん? 文化祭の日、ツカサのLINEは無視し続けていたし、ルカとは会ってない。
どこかで、すれ違っていたのか?
「・・・・カナと付き合ってるの?」
「は?」
「あの同棲疑惑の画像は勘違いってわかるんだけど、私見ちゃったんだ。カナと磯崎君が寄り添うようにして、医務室から出てくるところ」
「えっ」
びくっとして、スマホを落としかけた。
「マジで違うって。あの日はカナがライブ後に倒れて、医務室に運んで・・・それに、あの時は先生もいたから2人ではないし、体調壊してふらついたカナを支えてただけだ」
「そ、私には見えなかったけど」
チョコレートの包み紙を開けながら淡々と言う。
「・・・つか、どうして文化祭関係者じゃないのに入れたんだよ」
「私、ななほしⅥのメンバーだもん。入れて当然でしょ」
「そ、そうだけどさ」
「安心して。誰にも言わないでおいてあげる」
にやりと口角を上げた。初めて見た笑顔なんだけど。
「マジで違うからな・・・」
万が一、ルカが誰かに言っても信じないだろう。
同じ学校に通ってるわけじゃないし、他のメンバーと仲いいわけでもない。
「あーそうそう、撮ったんだよね。その時の様子を」
「!?」
「ほら・・・」
ルカが自分のスマホで、医務室から出てくる俺たちの画像を見せてきた。
ちょうど先生が映っていない。って、俺たちが先に出たからか。
こんなの想定してないだろ。
カナだってふらふらだったし、文化祭も終わって生徒も帰ってたし、安心しきっていた。
「マネージャーがアイドルに手を出しちゃだめだと思う」
「だから・・・・」
「どんなに言い訳しても、これを最初に見た人はどう思うかな? 磯崎君の言ってること、全部嘘にしか聞こえないんじゃない?」
「っ・・・・」
正論だ。撮ったのがメンバーじゃなければ大惨事だった。
いや、今でも大惨事だな。
「ほかのメンバーも見てたの?」
「ううん。カナがステージで具合悪そうにしてるのに気づいたの私だけだし。みんな帰った後、ベンチに座って残ってたんだよね。まさか、医務室から磯崎君と出てくると思わなかったけど」
じゃあ、どうして俺と一緒に医務室入らなかったんだよって言いたかったけど、10倍にして返されそうだから飲み込んだ。
「内緒にしておいてあげる。今はね」
「・・・・・・・」
「私、気まぐれだから、何かの拍子に誰かに言っちゃうかもしれないし約束できないけど。今は、内緒にしておいてあげるよ」
今はってどうゆうことだよ。
ものすごい弱みを握られてしまった気がする。
周囲への注意を怠った自分が悪いんだけど、まさかルカが撮ってるなんて。
ルカって何考えてるかわからないし、嫌な予感しかしない。




