14 男女の推し方
「お疲れさまです」
「うわっ・・・・」
大学の食堂で仮眠をとっていると、結城さんがエネルギードリンクの缶を置いてきた。
「あ、すみません。驚かせてしまって」
「いや、全然。ありがとう、起きなきゃいけなかったし。あと、敬語使わなくていいよ」
こくんと頷く。
メガネを触りながら、前の席に座っていた。
「昨日も夜遅くまでやってたの?」
「まぁね。一応、りこたんのHPをベースに作ってるから、大分つかめてきたかな。前は手こずってたけど」
慣れてないせいかもしれないけど、PHPのコーディングって疲れるんだよな。
プログラム書いてる夢まで見るし・・・。
エナジードリンクの蓋を開ける。
「すごいね。こんなに思ってくれる人がいるなら、あいみんも幸せだね。私もそんな風に推せてるかな」
「ん? そりゃそうだろ」
りこたんのアクリルキーホルダーの付いたバッグを指した。
「よかった」
窓のほうを見ながら笑っていた。
「そういえば、一昨日の4限、いなかったけどどうしたの?」
「元々、欠席の予定だったんだけど・・・。兄がゲームマーケットっていう幕張のイベントのチケット持ってて・・・将来のための偵察に」
将来の夢が、りこたんのためのゲームを作ることだもんな。
「そうゆうコネがあるっていいね」
「あはは・・・。兄はもともとガールズドールのファンで、握手会とかもたくさん行ってたんだけど、佐倉みいなが結婚してから、ゲームにのめりこんでいったから・・・最近なんだけどね」
「へ・・・へぇ・・・・」
癒えてきた傷を、的確に突かれたようだった。
もしかしたら、今、お兄さんとめちゃくちゃ話が合いそうなんだけど・・・。
「さ、さ、佐倉みいな推しだったの?」
「ううん。単推しじゃなかったんだけど、一人結婚するとみんな男の影が見えるとか言ってて・・・可愛いんだからみんな彼氏いるに決まってるじゃんって言ってたんだけど。そんなことはないって言ってきて」
「はは・・・はははは・・・」
「握手会もチェキもたくさん積んでたから・・・あ、あまりわからないよね?」
「そ、そうゆうのがあるのは知ってるよ。お兄さん大変だったね」
ひきつった笑いをする。
単推しじゃなかったなら、傷も浅いだろうけどな。
「え、と、話は変わるけど、りこたんが、結城さんの家に行きたいって言ってたんだ・・・・」
「えぇ?」
びくっとして大声を出していた。
周囲の注目を浴びてしまったので、すぐに肩をすくめていた。
「あ、あの、りこたんがうちに来るって・・・?」
「データ分析のときの環境が、口頭では説明しにくいんだって。セキュリティ上、学校のパソコンからはいけないらしくて」
「そっか。そうだよね。データはマスキングするって言ってたけど、慎重に扱わなきゃいけないもんね」
「結城さんって一人暮らしだっけ?」
「うん。でも、どうしよう・・・りこたんが来るなら掃除しなきゃ。今の部屋りこたんに見られたら・・・」
わたわたしていた。
俺は、引っ越ししてすぐにあいみんが現れたのが幸運だったよな。
もし、1週間後とかだったらやばかったかもしれない。
抱き枕は、絶対購入していたと思うし・・・。
「どうする? 何日くらいが都合いい?」
「来週の今日」
「了解、伝えておくよ」
「ありがとう。りこたんが・・・りこたんが来る・・・」
りこたんのステッカーの付いたスケジュール帳に書き込んでいた。
緊張と喜びからか、口がもにょもにょしていた。
俺はバイトのシフト入れちゃったから、代わってもらわなきゃな。
スケジュール帳を出して、線を引く。
「あれ? バイトの日だった?」
「あぁ、でも、この日店長が人数多いって言ってたから、代わり作らなくても大丈夫な日だ」
「そっか、何のバイトしてるの?」
「居酒屋だよ」
「居酒屋かぁ・・・。推し事ってお金かかるもんね。私もバイトしようかなって思ってるよ。勉強もしなきゃいけないけど、バイトしなきゃりこたんグッズ買えないし」
ペンを回しながら言う。
「はぁ・・・生のりこたん可愛かったな。どうしてあんなに可愛いんだろう・・・」
うっとりとしたような表情で、ペンを撫でていた。
「りこたんがコンサート開いてくれたら、全力でペンライト振るのにな。最前列は取れないと思うけど、思いっきり飛び跳ねて応援するのに」
「そうそう。この前、ゆいちゃってわかる? その子が家に来て」
「えぇっ!? ゆいちゃまで来たの?」
「・・・・・・」
シーっと、人差し指を口にあてる。
誰もこっちを見た人は・・・いないようだな。
ごめん、と口を塞いでいた。
「でも、な、なんでそんなVtuberばかりさとるくんの家に?」
「俺にもよくわからん」
ゆいちゃが来たのはマジでわけわからなかったな。
ゴリラ被って来たし・・・。
「ゆいちゃの夢って知ってる?」
「もちろん。武道館に行くことでしょ?」
「・・・・・・」
常識的なことを聞いたようだ。
「ゆいちゃ、歌もダンスも上手いもんね」
「・・・よく知ってるね」
「りこたん推しなんだから推しの周囲は調べて当然」
「・・・・・・」
3次元ショックを通ってない人の意見だな。
きっと、結城さんのお兄さんは俺の気持ちがわかると思う。推しの周辺環境の検索って緊張するんだよな。
「色々話したんだけど、目標があったほうがいいじゃん。抽象的なことじゃなく、明確な目標」
「そうね、人気Vtuberって言っても、たくさんいるしね」
「だから、みらーじゅプロジェクトの子たちで武道館ライブを成功させることを目標に頑張ろうってなったんだよ」
「あ、そっか。だから、今朝、りこたんのツイッターで武道館の話をしてたのね」
すぐにツイッターを確認していた。
「ん? あまり驚かないんだね?」
「だって、りこたんなら絶対いけると思うもの」
スケジュール帳をちょっと離して眺めていた。
「推しが武道館に行くなんて、そんなことできたら嬉しいね」
にこにこしていた。
「歌とダンスの練習するって言ってたよ」
「そうなの? りこたんのダンスって動画がないから楽しみ」
そういや、苦手だって言ってたな。
情報処理関連のことならすぐに理解できるのに。
ま、苦手って言っても、すぐにできちゃうんだろうけどさ。
「今時点で、どこの層に人気があるのか、配信時間帯とか・・・私もデータ分析頑張らなきゃ。りこたんのため」
「結城さんはみらーじゅプロジェクト以外のVtuberとか詳しいの?」
「うーん、調べる程度かな? ゲーム実況のVtuberさんとかよく見るよ。でも、今は時間があればりこたんに割きたい」
「へぇ・・・俺はまだあまり詳しくないから、とりあえず今はHPに専念しないと」
「うん。あっ・・・・」
スマホのツイッター画面を見て驚いていた。
「見て・・・りりりりりりこたんが、髪切ったって」
「えー」
黒髪ロングだった髪をバッサリ切って、セミロングになっていた。
新しい目標に向かって頑張ります、とコメントされている。
「セミロングのりこたんも可愛い。画像、保存っと・・・」
ふひひ、とちょっとオタクっぽい笑い方になっていた。
「私も髪切らなきゃ」
「りこたんに合わせてたの?」
「もちろん。あ、りこたんになれるなんてこれっぽっちも思ってないよ。でも、気持ち、気持ちだけ寄せたいの」
髪を触りながら言っていた。
「美容院予約しなきゃ。りこたんがうちに来る前までに、お揃いにしたいな。私の行きつけの美容院、安いんだけど、Vtuber推しに理解があって毎回同じ髪型にしてもらってるの」
「あ・・・そうなんだ・・・・」
結城さんって服も地味だし、お洒落に気を遣わないと思っていたけど・・・。
りこたんに関しては寄せていきたいのか。
エナジードリンクを飲み干す。
男の推し方もわかってもらえないのかもしれないけどさ。
女の推し方も、さっぱりわからないなと思っていた・・・。




